計画、変更だ。

ぼたんは、本来ならルキアが殲罪宮四深牢へ移送される際に事を興す算段でいた。
だが、旅禍の騒ぎで瀞霊廷内は警戒を強めている。
移送には、恐らく副隊長以上の者が先導として付き添うだろう。
ルキアは六番隊の牢に居ることからして、恐らくは恋次が。
もしくは白哉となるかも知れない。
恋次であるならばまだ手はある。
だが、可能性は極めて低いが白哉だった際は一筋縄ではいかないだろう。
さらに、二人が揃っていた場合は、最悪だ。
決行して上手くルキアを連れ出せたとしても、一護を残したまま尸魂界から現世へ行くことは出来ない。
行くときは一護も一緒でなくてはならないのだ。
声は風が運んでくれたが、居場所までは分からなかった。
では、一護を探す方が先か?
否、此処でぼたんが動くのは得策ではない。
追い払われた一護は、別の手段でまた瀞霊廷に来る筈だ。
それを待ち、旅禍の侵入に混乱状態の瀞霊廷の中で、ルキアを連れ出し、一護を回収して逃げる……そうするしかないだろう。
ただ、一護が一人で何も知らない尸魂界へ来たとは思えない。
更に目撃証人によれば旅禍の数は5。
ルキアの処刑までそう日はない。
迅速に事を進めるためには先導する者が必要不可欠だ。
喜助は尸魂界へは来れないだろう。
だとすれば……そう考えて思い浮かんだ姿にぼたんは天を仰ぐ。
一護が生きていた事に関しては喜んだぼたんだったが、当初の計画に支障が出てきてしまったのは確かであり、深く息を吐く。

「───喜助さん、どうして止めてくれなかったんですか……」

一護があれからどれほど強くなったのか計り知る術のないぼたんには分からないが、それでも、斬魄刀の真の力を扱うまでには至っていないだろう。
それならば、その域に達している隊長が十三…いや、十二人いる瀞霊廷では、危険だ。
一護についているであろう人を考えれば多少は良いかも知れないが、それでも不安は付きまとう。
残りの三人の旅禍も気掛かりの種ではあるし、一護の仲間であれば無論庇護対象だ。
ぼたんは、ルキアと一護、そして一護の仲間の三人…少なくとも五人の命を背負う事になった己自身を奮い立たせ、決意を更に強めた。

(ルキアも、一護も、決して死なせない!)





NUMBER, 8 花火





翌日、刑まで14日を切ったルキアは、殲罪宮へ移送された。
先導したのは、ぼたんが予想していた通り恋次だった。
白で統一された建物は、霊圧を遮断する希少な鉱石、殺気石でできている。
その格子越しの窓からは、処刑道具の『双極』が見える。
処刑の時にのみ封印を解かれ、矛の方には斬魄刀百万本に値する破壊能力が、磔架の方には同等の斬魄刀を防ぎきる防御能力が備わっている。
ルキアの移送を終えた恋次は、頭をかきながら息を吐く。
廊下を歩いていると、前方の壁に寄りかかっている人影に気付き、目を瞠った。

「ぼたん、何してんだお前」
「……お疲れ様、恋次」

ぎこちなく笑うぼたんに、恋次は眉を顰める。

「ルキア…どうだった?」

伏せた睫の影で暗く見えるぼたんの問いに、恋次は寸の間口籠り、口を開く。

「…旅禍の話をしたら瞳に光が一瞬戻った」
「!、……話したんだ」
「迎撃したのがあの市丸のヤロウだってことは言ってねぇ………多分もうあのガキは死「生きてるよ」

恋次は言葉を遮られ、視線を向ければ、ぼたんの瞳にルキアと同じように光が宿っていた。
心から嬉しそうに笑うぼたんの力強い瞳に恋次は目を奪われる。
真央霊術院時代からの友人であり、その笑顔を幾度となく見てきたが、こんな顔は初めて見た。
チクリと、胸が微かに痛む。

「一護は生きてる」

疑ってすらいないとばかりに言いきるぼたんの髪を風が肯定するかのように優しく揺らす。

「……ぼたん…」
「?、なに?」

恋次の口が自然と言葉を紡いでいた。
呼ばれたぼたんは恋次を見る。

「お前、あのガキのこと「お〜〜〜〜〜い」

遠くからの声に遮られ、恋次達は振り向く。

「や!」
「……藍染さん」
「藍染隊長…」
「久しぶり、阿散井くん椿木くん」

驚く二人の前に現れたのは穏やかな物腰で信頼の厚い、五番隊隊長・藍染 惣右介だった。
彼の柔らかい笑みは春の木漏れ日のように暖かい雰囲気を醸し出す。

「ちょっと話できるかな?」
「あたしも…ですか?」

藍染はにっこりと笑って頷く。
ぼたんと恋次は顔を見合わせて首を傾げた。

「────あの…話って何すか?」

個室に入り、昔を懐かしんで話す藍染に恋次は声をかけた。
恋次の隣に立ち、ぼたんは藍染の動向を黙って見つめる。
藍染は笑って戸に向かい、開いていた戸代わりのカーテンを締めた。
人目を避けるような行動に、ぼたんは眉を顰める。

「…阿散井くん椿木くんは、朽木ルキアさんとは親しいんだったね?」
「え、あ…えっと……」
「……………」

口籠もる恋次の横でぼたんは口
を閉ざしたままだ。

「隠さなくていい。阿散井くんとは流魂街の頃から…椿木くんとは真央霊術院の頃からの…良く知った仲間だと聞いているよ…。先日の椿木くんの件では、僕も微力ながら助力させてもらったし…親友なんだろう?」
「……その節はありがとうございました…」
「いやいや、お礼を強要した訳じゃないんだ。──そうだね、単刀直入に聞こうか」

と穏やかな声音で話す藍染を見ながら、ぼたんは自分の心臓が大きく脈打っているのを感じていた。

(何を言われるのだろう…。まさか、バレた…? だとしたら恋次は関係ない…その時は、はっきりと言わなければ…)

だが、まだバレたと決まった訳ではない。
ぼたんは藍染の次の言葉を固唾を飲み、待つ。

「きみ達の目から見て…彼女は死ぬべきか?」
「「 !? 」」

そうして藍染の口から出た言葉に、ぼたんと恋次は目を見開いた。
藍染の柔らかい微笑みが消える。

「いえ、質問の意味がよく…」
「どういう…意味ですか?」

ぼたんの声は、掠れていた。

「妙だと思わないか? 彼女の罪状は霊力の無断貸与及び喪失・そして滞外超過だ…その程度の罪での極刑など僕は聞いたこともない」
「…え?」

思わず口から零れた声に、藍染はぼたんに視線を移す。

「加えてそれに続く義骸の即時返却・破棄命令。三十五日から二十五日への猶予期間の短縮……隊長格以外への双極の使用…どれも異例づくめだ」

藍染はぼたんを見つめたまま告げると、その視線をそっと逸らした。

「僕にはこれが…全て一つの意志に寄って動いているような気がしてならない」

ぼたんは藍染の言葉を信じられない面持ちでただ呆然と聞いていた。

(────何…? それってどういうこと? ルキアは……誰かの意志で…誰かの意図で極囚になって処刑される…そういうこと? それじゃ、ルキアは……その誰かのせいで死ぬってこと!?)

高ぶる感情と霊圧を必死で押し殺すぼたん。
握りしめた拳に爪が食い込み、皮を千切る寸前だった。

「厭な予感がするんだ…」

藍染の表情が曇る。

「もしかしたら僕は────」

藍染の声を消し、突然警鐘音が鳴り響く。

「隊長各位に通達!」
「「!」」

そこへ流れる伝令に恋次と藍染は顔を強ばらせた。
ぼたんも俯いていた顔を上げ、伝令に耳を傾ける。

「只今より緊急隊首会を召集!!」

(────…隊首会?)

「悪りぃ、ぼたん!」

恋次はそう言い、藍染と顔を見合わせると急いで駆けて行った。
一人部屋に残ったぼたんの耳に、再度隊首会を通達するべく伝令が響く。

「………うるさい…」

ガンガンと響く警鐘に、ぼたんは呟く。

「五月蝿い!!」

力任せに殴った壁に軽いヒビが入る。
壁から離した拳が切れて血がうっすらと滲む。

「───いったい誰が…っ」

忌々しそうに毒吐くぼたんは、ギリリと歯を噛み締める。

「…赦せない……」

藍染が言ったことが真実ならば、ルキアの処刑は誰かに仕組まれた事となる。
誰も犠牲にすることなくして目的物を得ることなど出来ないと…そんなことはぼたんもわかっている。
力のある者が上へ行き、力のない者は上へは行けない。
死神の世界は実力社会だが、他を蹴落として上へ這い上がろうとする者もいる。
ぼたんも知っている。
だが、こればかりは赦しがたい事だ。

「絶対に赦さない!!」

珍しく叫んだ後、ぼたんは個室を飛び出した。
冷たい風を身体に纏い、高ぶる身体の熱を冷ます。

「────……ルキアは殺させない。誰が相手であろうと…」

低く呟き、冷めた瞳を宿すぼたんは駆ける。
冷めた瞳の奥には、触れれば発火してしまいそうな程の熱を隠し、ぼたんは自室へと向かった。





恋次は、副官章を付けるのはこれが初めてだった。
六番隊の隊花である椿の入った副官章を左腕につけ、二番測臣室の入り口へ向かう。
その隣には道中で一緒になった七番隊副隊長・射場 鉄左衛門の姿があった。

「副隊長は副官章をつけて二番測臣室に待機せよ……っと、雛森、何だよまだオマエだけか?」
「阿散井くん、射場さん……うん、そうみたい」

部屋の中を覗いた恋次は、五番隊副隊長・雛森 桃の姿を見つけ、声をかけた。
雛森は真央霊術院からの同回生である。
部屋には雛森しか居なかった。

「隊長・副隊長なんてのは尸魂界中に散らばって忙しくしてるような連中ばっかだからねェ」

そこへ、髪を掻き上げながら十番隊副隊長・松本 乱菊が部屋へ入ってきた。

「全員集まるのには半日位かかるんじゃない? ウチの隊長もサッパリ連絡つかないのよ、困るわァ…」
「乱菊サンとこの隊長って、天才児…日番谷隊長でしたね」
「そーよ、今日はぼたん非番だし、あの子が居たら風で捜して貰うんだけど…」
「 ! 」

乱菊から、ぼたんが今日非番だと聞かされ、恋次は先程まで一緒に居たぼたんを思い出す。

(アイツ、非番だったのか…死覇装着てるからてっきり───………なんで、非番の奴が死覇装であんな所に居たんだ?)

ふと気付いたぼたんへの違和感に、恋次は眉を顰める。

「…阿散井くん、うちの藍染隊長……見てない?」

そっと雛森に問い掛けられ、先程の藍染隊長との話を思い出す。
だが、否定を返すと雛森は体育座りの膝の上に置いた両手を握り、目に涙を浮かべる。

「…………ずっと様子がおかしいの…。今朝もずっとおかしくて…でも、聞いても何も答えてくれなくて……あたし…どうしたらいいか…」
「…心配すんな、何もねえよ。この召集だってすぐ解かれるにきまってるさ」

雛森には何でもない風を装いそう告げた恋次だったが、その心境では何が起きてるのか解らずに、混乱していた。
とっくに夜が更けた頃、漸く隊長が集まり、隊首会が始まった。
欠席者は十三番隊長・浮竹十四郎…病欠だった。

「今回のおぬしの命令なしの単独行動。そして、標的を取り逃がすという隊長としてあるまじき失態! それについておぬしからの説明を貰おうと思っての! その為の隊首会じゃ」

浮竹以外の隊長、十二人が勢揃いしている中、最後に入室して来たギンは、一番隊隊長こと、総隊長・山本元柳斎重國の説明に、左右に整列している隊長達を順に眺める。

「どうじゃ、何ぞ弁明でもあるかの」
「ありません」
「…何じゃと?」

ギンは飄々と言ってのけた。
山本が訝しげに顔を強ばらせる。

「弁明なんてありませんよ、ボクの凡ミス。言い訳のしようもないですわ」

心裏の掴めない顔をして言うギンを藍染は真摯な眼で見る。

「さぁどんな罰でも「ちょっと待て、市丸…」

ギンのセリフを遮り、近寄りながら藍染は口を挟む。
そこへ───…警鐘がなった。

「「「「 !! 」」」」

突然の警鐘に皆がはっとする。

「緊急警報!! 緊急警報!! 瀞霊廷内に侵入者有り!! 各隊守護配置について下さい!!」

耳に痛いくらいに響く警鐘と共に流れる伝令。
慌て騒ぐ隊長達に混じって一人、顔色を変えずにいるギン。
一番隊の会議室の外では他の死神達が警鐘に慌て、各々の持ち場へと急ぐ。
隊長達の中、真っ先に飛び出したのは十一番隊隊長・更木 剣八

彼はギンと斬り合って生き延びた一護と戦いたくてうずうずしていた。
隊首会はひとまず解散となり、ギンの処置については追って通達されることとなった。
各隊即時に廷内守護配置につけという山本の言葉に、次々と各隊隊長達は出入口へ向かう。

「随分と都合良く警鐘が鳴るものだな」

そんな中、立ち止まったままのギンの横を通り過ぎる際、藍染が言葉を紡ぐ。

「…ようわかりませんな、言わはってる意味が」
「…それで通ると思っているのか? 僕をあまり甘く見ない事だ」

通り過ぎて行った藍染にギンは何も答えなかった。
その二人の会話を、たまたま傍にいた日番谷だけが聞いていた。





ぼたんはこの警鐘を自室で聞いていた。

「……この部屋ともお別れね…」

ぼたんは片付け終えた部屋の中を一瞥し、相棒を背帯に差し込む。

「…行くよ、風華」

指先で斬魄刀に触れ、部屋の戸を開ける。
見上げた空に、花火が見えた。
それは暫く空に留まっていたがやがて四つに分かれて爆ぜる。

「一護……来たのね」

それを見てぼたんは優しく微笑んだが、すぐに表情を引き締め、自室の戸を閉め駆け出す。
これから先、もう戻ることは出来ない。
戻らない。
風が彼女の背を後押しするように吹き、楽しそうに語りかける。
その声に軽く笑い、四つの花火の欠片目掛けて走る。

「あたしが行くまで死ぬんじゃないよ、一護!!」

幼くなっていた時、手を繋いで見上げた夏の夜に咲く花。
初めて見た花火はキラキラと夜空に煌めいて、夢中で見上げた。
綺麗だね、と言って笑い合った夏祭り。
もう一度、君と。
もう一度、あなたと。
一緒に見上げたい。





2004.12.7
加筆修正2017.2.9


← →