深呼吸を一つしてから、##NAME1#は扉を潜った。

「ルキア、来たよー!」
「ぼたん! お前、まだ謹慎中だろ!?」

理吉が快く開けてくれたので、鍵が無くとも今回は楽に中へ入れた。
笑顔でルキアの元へ駆け寄れば、返事を返したのはルキアではなく恋次の怒鳴り声だった。

「げ、居たんだ…」
「オレの隊にオレが居て、なんでテメーに顔を顰められなきゃなんねーんだ!?」
「はいはい、ごめんねー。貴重なルキアとの語らい邪魔してごめんなさいねー」
「テメー殺す!!」

今にもぼたんに殴りかからんばかりの勢いの恋次を、理吉が慌てて止める。

「れ、恋次さん、抑えて! 騒いだらバレちゃいます!」
「理吉────…テメーもテメーだ…何故コイツを中へ入れた!?」

怒りの矛先がぼたんから理吉に移り、理吉はヒッと息を呑む。

「ちょっと!! 後輩虐めちゃダメだって言ったでしょ!」
「誰の所為だ、誰の!!」
「もうっ、少し大人しくしてなよ、面白イレズミ眉毛様!」
「 !? 」
「そうだ、短気は損気だぞ、面白イレズミ眉毛殿!」
「 !! 」

それまで黙っていたルキアまでもがぼたんに加わり、恋次は怒鳴り散らしたいのを必死で堪えた。
理吉の言う通り、この場に白哉でも来たら大事になる。
それに加えて、ぼたんが現れた瞬間にルキアの目に負の感情以外が宿った。
ぼたんの存在でルキアの心が和らいでいる…その事実が、恋次は嬉しかったのだ。

「…今日はどうしたのだ? そんな…大きな風呂敷まで持って……何処かへ運ぶ途中に立ち寄ってくれたのか?」
「よくぞ気付いてくれました! 実はね、良いもの持ってきたんだ!」
「良いもの?」

幾分か心境が落ち着いてきた恋次は、黙って二人を眺めていたが、ぼたんがルキアの前で風呂敷包みを開いた瞬間、口を大きく開けた。

「じゃーん! お弁当作ってきましたー!」
「馬鹿野郎!!」

ゴツン、と大きな声と音が同時に響いた。

「イッタ!! 痛い!! 何するの、恋次!!」
「テメーぼたん馬鹿野郎!! 囚人に弁当なんざ持ってくる奴がいるか!! ピクニックか!?」
「え……ダメなの?」
「ダメに決まってるだろーが!!」

殴られた頭が余程痛かったのか、うっすら涙を湛えた目で、きょとんと目を瞬かせるぼたんに、恋次は頭痛がしてきた。

「だって、理吉くんからルキアが全然ご飯食べないって聞いたから……ルキアの好きなものいっぱい作ってきたのに………皆で食べたら、ルキアも食欲出ると思って…張り切って作ってきたのに………ダメなの??」
「う…」

恋次は、その言い方は卑怯だと思った。
正論を言っているのは自分であるのに、今の空気は、まるで恋次が悪者となっている。

(…見ろ、あのルキアと理吉の顔。何だよ、オレが悪いのか? 明らかに悪いのはコイツだろ!?)

ルキアは恋次を睨んでいたし、理吉は非難するような目で恋次見ている。
だがしかし、ルキアが食事を摂らない事を恋次自身も気にしていた。
加えて、開いた弁当から見えるおかずは確かにルキアの好物ばかりで……恋次は旗を上げた。

「オレの分もあるんだろーな?」
「え…」
「ねーのかよ!?」

皆で、と言ったくせにオレの分がないとはどういう了見だ!?、と恋次が突っ込めば、可笑しそうに笑ってぼたんが、濡れた手拭いを差し出した。

「あるに決まってるでしょ。手拭いて。はい、ルキアも。…理吉くんも、こっち来て座って?」

ぼたんはルキアにも濡れた手拭いを渡し、理吉に座るよう促すと、お重を開いて並べだす。
その中身にルキアが目を輝かせば、ぼたんは嬉しそうに笑って、小皿に取り分け始めた。

「おにぎりもあるし、あったかいほうじ茶もあるよ。いっぱい食べてね、ルキア」
「ぼたん、ありがとう…」
「理吉くんも、遠慮しないで食べてね。あ、でも口に合わなかったらごめん…残してもいいからね」
「そんなっ、どれも凄く美味しそうです! お言葉に甘えていただきます」
「どーぞ、どーぞ。いつも恋次が迷惑かけてごめんね。ほら、恋次もさっさと食べなよ」
「……………おう」

もう何も突っ込むまい、と恋次は僅かな間を置いて頷くと、箸をとる。

「…いただきます」

ルキアはぼたんから皿を受け取り、そう行儀よく述べてから箸をつけた。
ぼたんは、ほうじ茶の入った魔法瓶を人数分の湯呑みへ注ぎながら、ちらりとルキアを見る。

「……おいしい」

ルキアの声に、ぼたんは周りに悟られないように小さくホッと息を吐いた。

「良かった。たくさんあるから、いっぱい食べてね」

ルキアの座る脇に湯呑みを置きながらいえば、ルキアは眉を下げながら笑った。

「…ああ、ありがとうぼたん」
「どう致しまして。明日も作ってくるね!」
「ブハーーーッ」

おにぎりを口に入れた瞬間のぼたんの言葉に、恋次は噴き出した。

「汚ッ!!」
「…っ、オメーは何考えてんだ!!」

突っ込まずにはいられなかった。
部屋に笑い声が響く。
ぼたんは恋次をからかいながら、ルキアと顔を合わせて笑う。

(笑っていて、ルキア。…あたしが、そこから出してあげる…)

空になったお重等を風呂敷に包み、牢から退出したぼたんはルキアのいる六番隊舎を見上げる。

「…大丈夫、もう少し待っていてね」

にっこり微笑んで、ぼたんは自室とは別の方向へと足を進めた。
背には斬魄刀を携え、ぼたんは駆ける。
その背が遠くなるのを、恋次が隠れて見ていた事には気付かなかった。





(───さあ、始めましょう)

聞こえる声にぼたんは頷き、斬魄刀を抜く。

「……卍解…!」

戦わないで済むのであれば、どんなに良いだろう。
だが、土台不可能な話なのは解っている。
傷付けずに、など甘い話なのは解っている。

戦う覚悟を、相手を傷付ける覚悟を決めた。





2004.11.17
加筆修正2017.1.29