いつものように、美味しいご飯を食べながら友人達と談笑して。
いつものように、授業中に居眠りして先生に叱られて。
いつものように、山で鍛練して。
いつものように、友人達との他愛もない話に花を咲かせて。
いつものように、図書室から借りてきた本を読み耽って寝坊して同室の友人に叩き起こされて。
そんな風に目まぐるしく過ぎていく、忙しく騒がしく愛しい日々。
そして、いつものように、久し振りに会う家族と長期休暇を楽しむ…はずだった。

それが、どうしてこうなったのだろう?

自分の村の付近で、戦が始まったというのは風の噂で知っていた。
そんな噂を耳にして、すぐにでも帰ろうとした矢先に両親から届いた文には、自分達も村も心配は要らないから、しっかりと学び、夏休みになってから帰って来なさい、と書かれてあった。
不安や心配はあったが、それでも両親の言いつけ通り、長期休暇まで学園で過ごした。
自分の心配は杞憂であると信じ、両親と弟に会えるのを楽しみにして来たというのに。

襲われた後に火を放たれたのか、辺りには鉄ときな臭い匂いが漂っている。
焼けて崩れ落ちた家や小屋、家具等の残骸がある他には何もなく、何の音もしない。
生きている人の気配はなかった。

ここは、果たして本当に自分の住む村なのだろうか?

目の前に広がる惨劇に、全てを拒絶し、叫び出したくなるのを必死に抑え、震えて縺れそうになる足を叱咤し、自分の長屋の建っていた方へと向かう。
辺りの焼け落ちた家の、炭になった木材に混じり、焼け焦げた腕や足等の身体の一部が見え、目をぎゅっと瞑って顔ごとそれから逸らす。
だが、逸らした先の道端には半分焼けた遺体が転がっており、その人の顔を見て口から小さく声が洩れた。
それは、弟の友達の少年だった。
濁った二つの眼が、こちらを恨めしそうに見据えている。
口を手で覆い、溢れる嗚咽を堪える。
恐怖で震える体を、なんとか抑えて足を進めていく。
脳裏に浮かぶのは大好きな家族の笑顔。
頭を巡るのは最悪の状況。
大丈夫、大丈夫、きっと皆はどこかへ逃げている筈、無事に決まってる、と自分に言い聞かせる。

だが、目に入ってきたのは、非情な現実だった。

「…ああ……っ」

焦げた片腕が、助けを求めるかのように炭と化した木材の隙間から天に向かって伸びていた。

「父さんっ、母さんっ…?」

形振り構わず、飛び出した。折り重なるように焼け落ちた重たい木や家財の残骸を、手や着物が黒く汚れるのも気にも留めず、退かしていく。
そうしてやがて姿を現したのは、重なるようにして焼けた二体の遺体だった。
大柄な身体が、庇うように小柄な身体に覆い被さっている。
その様子から、父が最期まで母を守ろうとしたのであろうということが窺えた。
その背には、焼けて煤にまみれ刃毀れした刀が突き刺さり、二人を縫い付けていた。
母は左腕を父の首に回し、右手は天に向かって伸ばしていた。
まるで、自分達はここにいると知らせているようで、助けを求めているようで……愕然とした。

「……っ、……ぁあ……」

口から洩れる嗚咽と、不明瞭になった視界、それから頬を滑り落ちる熱。
悲痛な叫び声が静かな村の跡地に響いた。


それから、持っていた苦無で穴を掘り、村人の遺体を埋めた。
身体は煤まみれで泥だらけになってしまったが、気になどしない。
食事も摂ることも休むこともなく、ひたすらに身体を動かした。
動かしている間は、無心でいられた。
村人全員を埋葬し終えたのに、一体どれ程の刻を要したのかわからなかった。
だが、この経験を生涯忘れることはないだろう。
近くの森から摘んできた花を手向け、涸れることなく流れ落ちる涙を拭うこともせず父と母の眠る墓標の前に正座をし、背筋を伸ばして深々と頭を下げる。

「――父さん、母さん、今まで有難う御座いました。御二人に頂いた愛情を、私は生涯決して忘れません。どうか―――どうか安らかにお眠り下さい」

幾何かの後、下げていた頭をゆっくりと上げると、立ち上がり、踵を返し、そのまま村を後にした。

そして、消息はそこからプツリと途絶える。















(愛しき日常に別れを告げる)

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