忍術学園で暮らし始めて、幾日か経ち、足の傷が回復した頃、そろそろ良いでしょうという新野の許可がおり、千里は長屋の部屋へと移動が決まった。
学園長から宛がわれたのはくのたま長屋の一角の部屋。
千里は女人であるのだから至極当然な部屋割なのだが、保健委員会委員長は不満を口にした。

「くのたま長屋では、千里さんのお手伝いができません! 包帯だって毎日変えなければならないし、薬だって……忍たま長屋とは言いません。せめて、先生方の長屋にではいけないのですか!?」
「い、伊作先輩、落ち着いて…」
「落ち着いてなんかいられないよ! 千里さん、医務室ですらまだ覚束ないのに、くのたま長屋で一人部屋になんてなったら慣れようとしてまた動き回るに決まってる! 全部自分でやろうとしてまたあちこちに痣作るんだ!」
「あ〜…それは確かに……」

一年生の保健委員、猪名寺乱太郎がおろおろとしながらも興奮した伊作を宥めようとするが、逆に伊作の言い分に納得してしまう。
千里が目覚めて、その生活の補助をしている乱太郎達は、その危うさにハラハラしっぱなしだった。
まだ癒えていない足で立ち上がり、見えていないというのにその感覚に慣れようと動き回り、棚や壁等に躓いたり、ぶつかって痣を作る。
しかも、誰も側に居ないときにそうして動き、棚や倒した薬品等の心配と謝罪だけして、痣や怪我の事は見付かるまで黙っているのだ。
その度に保健委員の面々に叱られるのだが、千里は淡々と謝罪をするだけで、また同じことを繰り返す。
注意しても聞き入れてはくれない千里に、乱太郎だけではなく伊作ですら手を焼いていた。

「ほう、良い厄介払いが出来るんじゃないか。良かったではないか、伊作」
「仙蔵は黙って!」

だいたい何で居るの!?、とキッと睨み付ければ、仙蔵はやれやれと肩を竦める。

「喜八郎の掘った穴に、お前のとこの下級生が例の如く不運を発揮して落ちて足を捻ったようだから連れて来てやったというのに、随分だな」
「え!?」

仙蔵の言葉に驚いた伊作が見れば、ひょっこりと仙蔵の後ろから三年の保健委員、三反田数馬が申し訳なさそうに眉を下げて顔を出した。

「数馬!」
「数馬先輩!」
「す、すいません…僕……」

左足をひきずるようにしながら仙蔵の横を通り医務室の中に入った数馬は、「足を診せて下さい」と告げた新野によって治療が始まった。
数馬の足首は、それほど酷く腫れてはいなかったが、それでも動かすと痛みが走るようで、数馬は顔を歪める。
新野は患部と数馬の様子を見て、先ずは患部を冷やして、それから薬を塗って包帯で固定すれば大丈夫でしょうと診断し、乱太郎に井戸で水を汲んで来るよう指示を出した。
新野の診断を聞き、必要になる薬や包帯等の準備を始めた伊作の背に新野はソッと口を開く。、

「――善法寺君、君の主張は分かるけれど、学園長先生がもう既に決められた事項なんだよ」
「ですが先生…っ」
「くのたま長屋の方にはもう指示が通っているし、すぐに迎えも来る事になっています。くのたま達は良い子達ばかりですし、山本シナ先生も優秀で頼りになる先生ですから、何も心配はいりません」
「え!?」

新野の言葉に、数馬は驚きの言葉をあげた。

(くのたま達が良い子?)

「あ〜…まぁ、忍たま達は多少標的にされているのは否めませんが、彼女達は同性には余程の事がなければ悪さはしませんよ」
「………私達にとっては多少ではありませんが…」

度々不運のせいも相俟って、くのたまの洗礼を受けている保健委員会の伊作達。
苦笑いで溢した声に、それを知っている新野も苦笑いを返す。

「それに、千里さんご本人も了承してくれましたし、毎日医務室で診察を受ける事にも同意してくれました」

他に何が心配なのですか、と言わんばかりの新野に、伊作はまだ不満たっぷりだったが、頷くより他なかった。

「新野先生、くのたま教室のユキちゃんとトモミちゃんが来ました」

その時、井戸で冷たい水を汲んできた乱太郎の声が医務室に響いた。

「あぁ、ほらちょうどお迎えが来たようです」

こんにちはー、と元気いっぱいなくのたま二人の挨拶に、新野が頷く。

「千里さんを迎えに来ました」
「はい、準備は出来ている筈ですよ」

善法寺君、三反田君を頼みます、と言って、新野はくのたま教室のユキとトモミを連れて、千里のいる部屋へと向かう。

「…………………」
「い、伊作先輩…?」

無言になり、動きを止めてしまった伊作に、水を持ってきたままの乱太郎が不審がり声をかける。
だが反応しない伊作に、それまで傍観していた仙蔵が息を吐く。

「伊作、怪我人を放っておいていいのか?」
「―――乱太郎、汲んできた水で手拭いを濡らして絞って、患部を冷やして」
「はい」
「数馬、ごめん。すぐに治療するから」
「はい、ありがとうございます」

動き出した保健委員の三人に、仙蔵は先程とは異なる種の息を吐く。
それに気付いた伊作は、チラリと仙蔵を一瞥すると、淀みなくキッパリと言い放った。

「仙蔵、用が済んだならさっさと帰って」

その言葉に、仙蔵は、やはり気付いていたかとニヤリと笑うと、「じゃぁな」と言って、医務室から出て行った。

「善法寺先輩、立花先輩は僕を助けてくれて――…」
「そうだね、数馬。それは感謝してる…けど、あいつは……」

それから口を噤んだ伊作に、数馬と乱太郎は揃って首を傾げた。

「良いんだ。さ、治療を始めるよ」
「はい」

乱太郎は、分からないままだったが、素直に頷き、少し温くなった手拭いをもう一度水に浸けて絞る。
数馬は、伊作の様子を窺うようにソッと見つめていた。














(厄介者がちゃんと此処から出て行くのか…何処へ行くのか…その目で確認)

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