「千里さんは、先輩に似てる気がする」

夕食の最中、突然、六年は組の不運大魔王こと保健委員会委員長、善法寺伊作がそんなことを言い出した。

「千里って、今医務室で軟禁されてるやつだろう?」
「な! ち、違うよ、軟禁なんかじゃないよ! 小平太ったらなんてこと言うの!」

伊作の真向かいで食べていた六年ろ組の暴君こと体育委員会委員長、七松小平太が、伊作の言葉に不思議そうに小首を傾げた。

「だって医務室のあの部屋から出られないんだろ? 保健委員はアイツの世話をしながら監視しているんじゃないのか?」
「違うよ! 千里さんは天女じゃないって、僕らは散々言ったし、小平太だって皆と同じように忍び込んで確かめに来たじゃないか」

千里が目を覚まして、すぐに六年生達は、その姿を窺いに行った。
六年生達の気配に、千里はすぐに気付いたようだったが、何も話さなかったらしい。

「天女ではないのかも知れない。だが、忍術学園を狙うどこぞの城の間者かも知れん」
「文次郎! 千里さんは、目が見えないんだ。それでどうやって学園の情報を探り出すって言うの!」

六年い組の会計委員会委員長、潮江文次郎が咀嚼していた焼き魚の身を飲み込んで言えば、伊作がキッと睨み付けて反論する。

「新野先生が初見した当時は本当に見えていなかったのかも知れないが、今は見えている可能性もある。今も見えていないにしろ、保健委員から何か聞き出している可能性は高い。やり手のフリー忍者ならお手の物だろう」
「千里さんはそんなことしてないよ。包帯も常に巻いているし、見えているにしろ、包帯で見えやしないよ。というか、薬も塗っているし、毎日新野先生が診てるんだ。目は治ってない。それに千里さん、必要最低限な話しかしないもの」
「伊作や先生方に隠れてやっているかもしれないだろう」
「………………疑い出せば、キリが…ない」

もそり、と小さな声で呟いたのは、小平太と同じ六年ろ組の図書委員会委員長、中在家長次だ。

「長次の言う通りだ。私達が目を光らせていれば問題ないだろう」

優雅な所作で焼き魚の身をほぐしながら、六年い組の作法委員会委員長、立花仙蔵が言えば、伊作以外の皆がそれもそうだと頷く。

「………それで?」

そこで、それまで珍しく黙っていた伊作と同組、同室である用具委員会委員長の食満留三郎が伊作を窺うように見ながら口を開いた。
伊作は、留三郎の視線に困惑したように首を傾げ、留三郎に促された内容について考えてみる。

「? 何がだい?」
「その千里さんて奴が、先輩に似てるとか何とか言わなかったか?」
「ああ! そうだった!」

きょとんとしていた顔が、思い出した!とコロリと変わった。

(忍たま最上級生が、コロコロ表情変えて……相変わらずだな)

忍者に不向きだ不向きだと言われる伊作と、留三郎は学園に入学してからの仲だ。
しかも、ずっと同室だった。
伊作が、自分は忍者に不向きなのだと思い悩んでいた時も知っていたし、そこから立ち直ったのも知っている。
そして、立ち直る切っ掛けをくれたという人物について、伊作が嬉しそうに話していたのを覚えていた。

「先輩って例の、お前の憧れの先輩の事だろう?」
「そう! よく覚えてたね、留さん。三年前の事で、しかも相手はくのたまで、留さんは会った事がないってあの時話していたのに」

驚く伊作に、まあな、と留三郎は苦笑いで答えた。

(お前の初恋の相手だろうが。忘れるかよ……っても、名前は忘れたけど)

「三年前のくのたま……まさか、例の行方不明になったという……?」
「学園長が言ってたという生徒の事か?」

仙蔵と文次郎が伊作を見れば、伊作は頷く。

「情報早いね―――そうだよ。学園長先生が仰っていた行方不明になった生徒を僕は知ってる。女性なのに口があまり良くなかったけど、くのたまでも忍たまの僕らに優しくて、それでいて優秀な、将来を期待されていたくのたまだった」

伊作は、懐かしそうに目を細めて口角を上げ話す。
だが、続いて口を開いた伊作の表情は柔らかなものではなかった。

「僕が三年生の長期休暇に、先輩の故郷の村が戦で焼失したんだ。先輩は、長期休暇が終わっても学園に戻って来なかった。長期休暇が終わったら、一緒に薬草を摘みに行こうって……秘密の場所を教えてくれるってそう約束していたのに…………先輩は、戻って来なかった」
「………伊作…」

留三郎が気遣わし気に伊作の名を紡ぐと、伊作はそれに力なく笑って見せる。

「先生方も、くのたま達も、勿論僕も……探したんだ。だけど、先輩は見付からなかった。そして、学園では先輩は死んだのだと処理された。―――裏々々々山に、小さな慰霊碑があるのを知っているかい? 今まで学園で亡くなり、遺体の引き取り手が誰も居ない生徒や先生の為に建てられた石碑に、先輩の名前が刻まれているよ」

あ、私、その石碑を知ってる、と小平太がポツリと呟いた声は小さかったが、それでも六年生全員がその声を聞き取っていた。
留三郎も、石碑の事は知っていた。
伊作が、今でも定期的に花を手向けに行っているのを知っているからだ。

「千里さんが言うように、他人の空似なのかも知れない。千里さんは先輩みたいに明るく声をあげて笑わないし、僕を“伊作”と呼ばない」

そもそも、千里は無駄な話をしないし、笑いもしない。
ただ、いつも同じ表情と落ち着いた声で、伊作を名字で呼び、ありがとうとすまない、を繰り返す。

「だけど、似ているんだ。千里さんが、先輩と重なるんだ……どうしようもなく、ここが、切なくなるんだ」

胸をトン、と叩いて伊作は、俯いた。
留三郎達は、俯いて黙ってしまった伊作に顔を見合わせる。
留三郎と長次は、伊作を気にしていたようだが、仙蔵と文次郎は、思うことがあるらしく険しい表情だ。
小平太に至っては、伊作、食べないなら私が食べてあげよう!、と伊作のおかずに箸を伸ばし、長次に止められていた。

「―――伊作、話は分かったから、飯をちゃんと食え。小平太に食われるぞ」
「…………うん」

はぁ、と息を吐いた留三郎に促され、伊作は箸を持つ。
小平太の、ちぇっという声を聞き、一同は食事を再開した。

そんな六年生達をチラリと見て、面白そうに口角をあげる生徒が一人いた。

(へぇ、慰霊碑か。知らなかったな)

彼は、食べ終わった食器を手に席を立つと、食堂から出ていった。















(情報収集は、忍者の必須)


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