千里の学園での生活が始まった。
取り敢えず、足の怪我が治るまで、今まで寝ていた部屋にいることになり、目は新野が調合した薬を染み込ませた布を宛て、覆うように包帯が巻かれてある。
部屋を出ることは禁じられ、厠には当番の保健委員が連れていく。
食事もまた、保健委員が届けてくれる。
目が見えないので、食べるのも一苦労で、保健委員の手を借りた。
風呂には傷口に悪いからと入れていないが、自分で体を濡れた手拭いで拭いている。
その水も、保健委員の子達が持ってきてくれた。
保健委員の生徒達は皆優しく、文句や不平など言わなかったが、尚更申し訳なさが募った。
早く一人で何でも出来るようにならなければと、一人の時間は部屋をの中を歩く練習をして潰した。
体を動かせねば、鈍ってしまうというのもその理由にあったが、初めは部屋の物をひっくり返したり、棚や壁にぶつかって痣を作ったりして、保健委員に怒られた。
利吉はと言うと、仕事を休んでいる事があの日の内に千里にバレてしまい、その日の内に学園を出るはめになった。
だが、それでも仕事の合間合間に、訪ねてくる。
保健委員以外の生徒はといえば、視力を失った千里の噂があっという間に広がり、面会謝絶ではなくなり、利吉も居なくなったとあって、待ってましたとばかりに部屋に忍び込んだ。
だが千里は、その気配や殺気に気付きつつもあえて反応を示さなかった。
やがて、学園長から話があったのか、はたまた先生方から聞いたのかは分からないが、千里を監視する気配はグッと減った。
完全に無くなったわけではないので、やはりまだ警戒されているらしい。
そんな生活を始めて一週間程が経った頃、千里の部屋に来訪者が現れた。

「驚いた。本当にここに居たんだね」
「…驚いた。本当に忍び込んでるんですね」
「私は曲者だからね」

ニヤリ、と雑渡は右目を歪めた。

「随分派手にやられたようだねぇ。調子はどう?」
「足と腕の怪我は、もう殆ど治ってきています。胸はもう少しかかりますね」
「そう。目は? 見えないんだって?」
「暗闇の世界です。将来的に治るのかどうかは分からないそうです」
「そう。じゃあ、あの子は探せていないわけだね」
「………目も見えない、部屋から一人で出ることも許されない身で、人探しなど出来ませんよ」
「随分窮屈な生活をしているわけだ。君が甘んじて受け入れているなんて珍しい……何があったんだい?」

千里は、興味津々な様子の雑渡に息を吐きつつも、依頼の話から順に話して聞かせた。

「成程ね。確かに学園長殿の突然の思い付きには勝てないよね。君はここの生徒だった訳だし……だけど、なんで言わなかったの?」
「何をですか」
「君が、学園長殿が言った学園に戻らなかったその生徒だって事」
「あぁ、その事ですか」

雑渡の言葉に、千里は面倒そうに息を吐く。

「そうだって認めれば、今と待遇変わるよ。君を慕ってた後輩達は喜ぶし、監視する生徒も居なくなる」
「私は、打ち明けるつもりはありません」
「何故?」

不思議そうな雑渡の声に、千里はきゅ、と下唇を噛む。

「私は弟を探しに来たのであって、学園に帰ってきた訳ではありません。もうここの生徒ではないし、名前も違う。ここにあの子が居なければ、そのまま立ち去るのです。変な縁を持ちたくありません」
「ふぅん。まぁ、君が考えた故の行動なんだったら私は別に関与しないけど。でも、あの子が見付からなくて、目も治らないままに学園を出ることになったらウチにおいで。目が見えなくても、君なら十分に役に立つし」
「そうですね。その時は、そうします」
「……………」

笑うのを止めた雑渡は、そっと千里の頭を撫でた。

「!?」
「お前、また無理してるね。泣いてないだろう?」
「……無理などしておりません」
「嘘だね。君が私に素直に返事をする時は、決まって落ちている時だ。おじさんの前で、強がるのはやめなさい」
「………………」

暖かい大きな手が、頭を撫でる。
少しゴツゴツと骨張った手は、酷く落ち着いて……千里は包帯をしているにも関わらず、熱い雫が頬を滑り落ちる感触に気付いた。















(急に暗くなった世界と将来に、ずっと一人で恐怖していた)

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