ぼふん、と煙が辺りに立ち込める。
その中で、げっほげっほと噎せかえる一人の老人。
目が見えずとも、千里には現れた者が誰か分かった。

「御初にお目にかかります。この度は寛大な対応、誠にありがとうございます」
「はて、御初に、とな。さようか? わしは御主を知っておるような気がするのじゃがな」

頭を垂れた千里の言葉に、老人は眉を上げる。

「いえ、お会いした事は御座いません。ですが、そのお噂は他方より聞き及んでいます」
「そーか、そーか。さすがは巷で名を馳せている千里殿じゃ!」
「恐縮です」

カッカッカッと笑う老人に、千里は頭を垂れたまま頷く。
そんな様子に、新野が呆れたように息を吐いた。

「学園長先生、お話が逸れています」
「おぉっ、そうじゃった」

コホン、と一つ咳をして、老人……忍術学園の学園長、大川平次渦正は顔つきを変えた。
利吉と新野の手で、千里は元の布団の上へと導かれるまま腰をおろす。

「幾つか質問に答えて貰いたい…。目が見えないというのは本当かのう?」
「私が診ました故、事実です」

最初の問いに答えたのは千里ではなく、新野だった。
だが構わずに学園長は問いを投げ掛ける。

「治るか否かはまだ分からぬらしいが、治らぬ時は、どうするかのう?」
「……まだ、考えていませんが、顔の広い知人が居ります故、そちらを頼る事になるかと。学園にご迷惑はお掛けしませんのでご安心下さい」
「! 千里さん!!」

千里の返答に、利吉が咎めるように口を挟むが、千里は改めるような事はしなかった。
代わりに、新野が利吉の肩を優しく叩き、利吉は口を噤んだ。

「あくまでもここから出て行くと言う訳じゃな」
「はい」
「何故じゃ?」

学園長は窺うような視線を千里に向ける。

「先程も申しましたが、私は此方では百害あって一利無しの存在です。お世話になった身で、これ以上のご迷惑は掛けられません」

目が見えない千里は、そんな視線には気付かず告げる。

「そうではない。わしが聞きたいのは、御主が何故、天女の事を知っておるのかと言う点じゃ」
「……………」

学園長の問いに、利吉は眉を上げた。
千里がこの状況で出て行く、ということでそこまで気が回らなかった。

(父上に会いに来るまで学園の惨状を知らなかった。正気だった先生方が天女の存在をひた隠しにしていたというのに……彼女は何故、知っているんだ?)

ここにきて、初めて利吉は千里を疑い出した。
視線をやるが、千里はやはり無表情で、何を考えているのか分からない。

「嘘を吐いても、いずれ露見しそうですね」

千里は、ふ、と息を吐くと口火を切った。

「学園に度々お邪魔している曲者から話を聞きました」
「タソガレドキの雑渡昆奈門、ですか」

新野の呟きに、千里はコクリと頷く。

「あの……どういった関係ですか?」
「ただの得意先です」

利吉の問いに、さらりと答え、千里はス、と目を細める。

「他に何も無いのであれば、私は失礼してもよろしいでしょうか」

千里の問いかけに、学園長も目を細めた。

「もう一つ、質問がある」

「はい。何でしょう」
「御主がそこまでこの学園に長居したくない理由じゃ」
「……それは先程申し上げました」
「いや、わしには天女だけが理由とは思えんのじゃ。何か、隠しておる」
「………………」

学園長は、千里の反応を窺うように言葉を続ける。

「御主によく似た者をわしは知っておる」
「………………」
「その者は、数年前、この学園の生徒であった」
「………………」
「長期休暇の折、故郷が戦で焼かれたその者は、学園に帰って来なかった」
「………………」
「先生方やその者を慕っていた生徒達が方方探したが、行方知れず……死んだのだと思っておったが…」
「………私が、その居なくなった生徒だと?」
「違うかのう?」

学園長の話を聞きながらも、千里はやはり無表情だった。

「この世に、自分に似た者が三人はいると聞きます。他人の空似でしょう」
「そうかの。じゃが、居なくなった生徒にそっくりな御主を、そのような状態で学園から追い出すような真似は出来ん。怪我が癒え、その目での生活に慣れるまで学園に居なさい」
「!?、ですが…」


千里は目を見開く。

「御主が早々に出て行こうとする理由が先の天女の件だけならば、問題ない。御主は天女ではないのじゃから」

「ですが、私には追手もいる筈です」
「それならば尚更ここに居た方が良いじゃろう。学園を出て行くということは、殺されに行くと同じじゃ。学園には優秀な先生方、忍者のたまごがおる。追手も下手な手出しは出来んじゃろう……生徒達の勉強にもなる。よし、わしはそう決めた!」
「……………………」

千里は唖然として、にこやかに笑っているだろう学園長を見えない目で見つめた。

「また、学園長のご病気が出ましたか…」

新野の呆れたような呟きが聞こえた千里は、ソッと息を吐く。
厄介な学園長の病気には、何を言っても無駄だと言うことを知っているからだ。

「―――暫く、お世話になります」

頭を下げる千里に、学園長は朗らかに笑って頷いた。















(思いがけない強敵)

← →