千里の話を聞いた新野は、暫く千里の目を診て、一つ頷いた。

「―――千里さんがうけた毒は、神経系のものでした。どうやら、その毒が視神経に影響を与えたようですね」
「治るんですか?」

利吉の焦ったような問いに、新野は険しい顔で寸の間黙り込み、言い辛そうに口を開いた。

「分かりません。私は内科と小児科が専門ですので、眼についてはそこまで詳しい訳ではありませんから。専門医なら、何とか出来るのでしょうが……私には、これ以上悪化しないようにする位の処置しか出来ません」
「こ、これ以上悪化って……?」
「視神経は脳神経と近いですから」
「脳に異常が出るかも知れないと?」
「可能性はあります」
「そんな……ッ」

利吉が息を呑んだのが気配で分かった。
申し訳なさそうな新野の声もそこで途切れ、部屋には沈黙が流れる。

「分かりました」

それまで黙ったままだった千里が沈黙を破るように口を開いた。
落ち着いた声で、焦点の定まらぬ双眸をス、と閉じる。
そしてそのまま布団から起き上がろうとする千里に、利吉も新野も目を瞬かせた。

「千里さん?」
「お世話になりました。此度の礼は、また日を改めてさせていただきたく存じます」

新野と利吉に向かい、頭を下げた千里は、そのまま立ち上がろうとした。
が、その手を利吉が掴む。

「な、何言ってるんですか? まさか学園から出て行くつもりですか?」
「はい」

利吉の問いに、至って冷静に頷く千里に、利吉は目眩を覚えた。

「あなたは十日間昏睡状態で、まだ体力も怪我も回復していないんですよ? おまけに目が見えない。そんな状態で出て行くとか……正気ですか!?」
「十日間もご厄介になっていたとは……尚更、私は出て行かねばなりません」
「はい!?」

利吉は、千里の言葉に声を荒げる。
理解不能だった。

「僭越ながら、此方では、つい先日まで天女様がいらしていたと聞いております。今、学園は漸く安定してきた最中なのではありませんか? そんな中で私は決して喜ばれている存在ではない筈です。早く居なくなって欲しいと思われてあれど、その逆はないのではありませんか?」
「そ、それは……」

千里の指摘は、図星だった。
図星故に、利吉は口ごもる。
それに千里は追い打ちをかけるように続く。

「命を助けて頂いた恩人にこれ以上のご迷惑は掛けられません。私は、既に独り立ちした身。己の事は、己で始末致します」
「で、ですが!」
「私の事は、どうぞ放っておいて下さい」

やんわりと利吉が掴む手を解き、千里は再度頭を下げると、覚束ない所作で医務室を出て行こうとする。
だが、目の見えない千里は、草履の場所も分からない。
戸の場所も分からない。
傷が痛むのか、足を庇いながらの動作は見ていて痛々しく、心苦しいものだった。
挙げ句、棚や壁にぶつかり、千里は派手に倒れた。

「千里さん!!」

利吉が心配そうに駆け寄り、千里を支えるように抱き起こせば、千里はやはり無表情で。

「すみません、何か壊してしまいましたか?」
「! 〜〜〜〜〜ッ、この大馬鹿者!!」

利吉の怒号が響いた。

「!?」

ビクリ、と千里の肩が震える。

「その怪我も、目も…辛いでしょう!? 一緒に仕事をした私の責任でもあるのに……どうして…どうして貴方は………」

利吉の声は震えて、掠れていた。

「大体、ここを出てどこへ行くつもりですか? そこへその体で辿り着けるんですか? この部屋の中すらまともに歩けないその体で!」
「…………何とかなります」
「何とかなるって……貴方は女人なんですよ!?」
「!」

千里は、ハッと顔を上げた。
見えない目が、見開かれたままゆらゆらと揺れる。

「千里殿、学園側の意見を聞いてくれますかな?」

ゆったりとした声は、その場の雰囲気を切り替えるように部屋に響いた。















(どこまで知られているのだろう?)


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