千里は新野と保健委員のおかげか一命を取り止めた。
だが、傷を付けられた刃物に毒が塗られてあったらしく、千里は三日間高熱を出した。
熱が下がり、ニ日経ったが、千里は目を覚まさない。
新野の見立てでは、怪我による大量の出血に加え毒による発熱で体力が落ち、体が回復の為に昏睡状態が続いているとのことで、まだ暫くはこの状態が続くだろうとの事。
傷の方は、左腕、右足とも出血の割には深くなく、一番酷い胸の傷は何かで刃が逸れ、致命傷には成らなかったのが幸いし、千里は生き延びた。
利吉には、その“何か”に心当たりがあった。

「もしかして、これのおかげでしょうか?」

懐から取り出したのは、千里が握り締めていた巾着袋。
切られたような破れ痕から、小銭が見える。
新野は利吉の掌から巾着袋を受け取ると、その中身を取り出して目を瞬かせた。

「―――小銭…。うん、恐らく千里殿は此を首から下げていたのでしょう」

巾着の紐は長く、一つに繋がれてあったが、途中で切られていた。
胸を刺された時に切っ先が巾着の小銭で滑り、急所を避けられたのではないかという利吉の考えに新野も同調した。

「やっぱり、これは千里さんの御守りなんだ…」

新野から巾着を受け取った利吉は、掌の御守りを、そっと千里の手に握らせた。
その時千里の手に力が入った気がして、利吉は目を瞠る。

「!、まさか意識が!?」
「―――いいえ、反射行動です」

意識が戻った訳ではありません、と千里の様子を見て新野が眉を下げると、利吉がはぁ、と息を吐いた。

「それから利吉君、もう一つ、君に話す事があるんだが」
「…はい」

利吉が新野のどこか畏まった声に、落としていた視線を上げる。

「千里殿の性別の事なんだが…」
「!」

利吉はハッと息を飲んだ。

(そうだ、すっかり忘れていたけど、千里さんを診た新野先生は、知ってるんだ)

思わぬ形で年齢性別不詳の忍の性別を知ることになり、利吉は続きを促した。



一方、忍術学園の生徒達の間ではある噂が広まっていた。
山田伝蔵の息子である利吉が、天女を連れて来たというものだ。
千里を診た保健委員会の面々は、各々本当なのかと同級生達に問い質されたが、首を振るばかり。
先日天へ帰った天女は、最初突然空から舞い降りて来た。
そしてニッコリと微笑むと、その場に居た上級生を不可思議な力で魅了したのだ。
それから学園はおかしくなった。
だが、千里は違う。

「あの人は、天女じゃないよ」

天女は南蛮のような服を身に纏い、穢れを知らぬ白い肌に柔らかな手足で、どこぞの姫君のような容姿だった。
だが、千里は女中のような着物に、傷だらけの姿だ。
しかもその怪我は、利吉と成した任務が原因だという。
目を覚ましていない故にその声や表情を知ることは出来なかったが、その手足は、この時代での生活感が窺えた。
そもそも、千里はフリーの忍者だと言うのだ。
だが、己の目でそれを見ていない同級生や後輩達は信じない。
千里は面会謝絶であり、常に利吉が側に控えている故に保健委員と先生方以外は会える事は出来ない。
忍び見る事も難しい。

「学園長先生が怪我が癒えるまでの間保護すると仰ったからには、手出しは許されないよ」

同級生は、そう言った伊作に、ギリリと歯を食い縛る。
伊作には、同級生達の気持ちが手に取るようにわかった。
何故なら自分もそうだからだ。
もう二度と同じ過ちは繰り返さない、そう誓った。

「新野先生のお話だと、目が覚めるにはまだかかるらしいし、取り敢えずは、目を覚ますまで保留にしない?」

そう問えば、同級生の中で最も頭のきれる立花仙蔵が、口を開く。

「…それしかないようだな」

彼の絹のような髪が風にサラリと揺れるが、その美しさとは変わり、表情は険しく歪んでいた。















(早く目を覚まして欲しいけれど、覚まさない方が良いのかも知れない)


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