明くる日、忍術学園では不可思議な現象が起きた。
それまで鍛練を怠り、委員会活動を疎かにし、口を開けば天女様天女様という状態だった上級生達が、正気に戻ったのだ。
また、天女に傾倒していた一部の先生方も同じく正気に戻り、下級生達は、自分の失態に顔を青冷めた先輩達が頭を下げる様子に困惑したが、やがて嬉しそうに笑みを溢した。
そうして、やがて風の噂で天女が天へ帰ったらしいということを聞いて成程と声を洩らす。
昨日、六年生達と町で毎月催されている市へ出掛けていって、六年生達だけが帰ってきたのにはそんな理由があったからなのか、と下級生達は喜んだ。
今までの分を取り返そうと、上級生達も先生達も天女の事など考えている余裕がない。
後悔や、懺悔、天女に対する恨みばかりが各々の胸を占める。
天女が居なくなって、悲しんだ者は誰一人としていなかった。

「自業自得ですよ」

千里が無表情でポツリと呟く。
天女の事なのか、上級生達の事なのか、それとも両者の事なのか…雑渡には解らなかった。

「それより報酬は? 早く下さい」
「はいはい。君は相変わらずお金の事になると厳しいよね」

雑渡は苦笑いして懐から取りだした報酬を渡す。
受け取ったそれを数えだした千里に雑渡は再度笑みを浮かべ、そういえば、と話を切り出した。

「気になる事をね、天女が言っていたよ」
「――すぐに始末したのではなかったのですか?」
「だって、あの子の話に興味深い点があったんだもの」

三十路を過ぎた男には相応しくない言葉使いに、若干体を引かせながらもやはり表情は変えずに、千里は内心呆れながら、続きを促す。

「忍術学園にも、君と同じような戦孤児がいるらしいよ」

千里は雑渡の言葉に一瞬目を瞠ったが、すぐに肩を竦める。

「…このご時世ですから、珍しい事ではありません」
「でも、可能性はあるでしょ」
「それはそうですが――…」

千里は歯切れ悪く言葉を区切り、口ごもった。

「バレるのが嫌?」

雑渡の問いに、千里は寸の間押し黙り、少しだけ表情を歪める。

「縁を一方的に切った手前、行き辛いのは確かですが」
「一緒に行ってあげるよ」
「……………仕事をサボる口実に、私を使われるのは御免です」
「失敬な。私はちゃんと仕事してるよ」
「嘘吐きは舌を切られて地獄に落とされますよ」
「嘘なんか吐かなくても、私は地獄行き確定されてるから」
「…それを言われてしまうと、私も地獄落ち確定じゃないですか」

忍者を生業にしている者にならば、多かれ少なかれ命の駆引きがなされる場面に遭遇することがある。
暗殺を依頼されることもある。
そういった類の仕事は基本的に引き受けることはない千里だが、人を殺めた事がないのかと問われれば、答は否だ。

「―――それで? どうするんだい?」

雑渡の問いに、千里は押し黙る。
浮かぶのは懐かしい幼いあの子の笑顔。
忍術学園に通っていた事は両親も千里も話してはいなかったので、千里を探して、会いに学園を訪ねる事はまずない筈だ。
第一、きっと学園では千里は死んだものとして処理されているだろう。
名乗り出れば、騒ぎになること受け合いだ。

(変装して行けば良いことなんだろうけど…)

へまをしてぼろが出ないとは言い切れない。忍術学園には、優秀な教師陣がいるし、忍者の卵達が大勢いるのだ。
その中には、千里を知っている者もいるだろう。まだ天女の騒動で、落ち着きを取り戻しかけてきたばかりの場所をまた騒がせるのは気が引ける。
だがしかし、可能性が少しでもあるのならば、千里は行くべきなのだ。
行かなくては、ならない。

「有益な情報ありがとうございます」

思考に区切りをつけた千里が、雑渡に向き直り頭を下げれば、雑渡は右目を細める。

「いやいや、構わないよ。可愛い君の為なら一肌でも二肌でも脱ぐから」
「大変嬉しいのですが、本当に脱ぐのはやめて下さいね」

何なら今脱ごうか、と雑渡が口にする前に、千里が無表情で言い放てば、雑渡はつまらなさそうに声を洩らした。

「――今、受けている任務があるので、それが終わってから……行こうかと思います」
「そうかい。君の探している子だといいね」

千里は、雑渡の言葉に珍しくうっすらと微笑みを浮かべた。















(君とまた笑いあえる日を夢見てる)

← →