「さて、どうしようかねぇ」

先程千里と別れた雑渡は、予め用意していた山奥にある廃寺の本堂に天女を無造作に降ろし、息を吐く。
千里が来るのはもう少し後で、暫し待たねばならないし、かといって天女を起こして話す気など更々ない。
要するに暇だった。

「…取り敢えず、暴れられたら面倒だし縛っておくか」

懐から取り出した縄で美鈴の手足を縛る。
最後の仕上げでぎゅ、と力を込めると美鈴が呻き声を洩らす。

「おや、起こしてしまったか?」

これは失敗した、と思いつつ、雑渡は数歩美鈴から離れる。

「ん…、あれ。私……」

ゆっくりと目を開けた美鈴は、見知らぬ部屋にきょとんと瞬きする。
次いで起き上がろうとして、自分の手足が縛られていることに気付き、ぎょっと目を丸くさせる。

「何これ? どういう事?」
「どうもこうも、そのまんまの意味だよ」
「! 雑渡さん!!」

喜色満面というように美鈴の顔が明るくなる。
その様子に、自分が置かれている状況がまるで解っていないようだと、雑渡は嘆息する。

「ここはどこ? 私、何で縛られてるの?」
「暴れられたら面倒だから縛ったんだよ」
「え?」

きょとん、と美鈴は目を瞬かせる。

「君に、聞きたい事がある。私の問いに答えてもらうよ」
「え? え?」

随分頭が悪い子だ、と雑渡は再度息を吐く。

「私、もしかして拉致された?」
「…そうだよ」
「なんで!? あ、もしかして私が好きになっちゃったからとか?」
「……………………」

美鈴のとんでもない発言に頭が痛くなり、額を手で覆うと、なにを勘違いしたのか美鈴は調子にのって続ける。

「私にいつでも会えるようにタソガレドキに連れていくの? そうだなぁ、タソガレドキの人達にも会いたいし、暫くだったら居てあげてもいいよ!」
「……君、本当に天女なの?」

この状況で、どうすればそのような強気で余裕な態度で居られるのかが不可解だった。
不思議な力を持っている故に、いつでもどうとでも出来るという余裕なのか、それともただの頭のイカれた女なのか…雑渡は見極めようと問う。

「またその話? さっき千里君にも聞かれたけど、私はただの女子高生。トリップしてきた時に、空から落ちてきたから忍たまの皆がそう呼び出しただけで、私は何の力もない、か弱い普通の女の子」

突っ込み処がありすぎて、雑渡は口を噤んだ。

(取り敢えず、普通ではないね)

そして、どうやら不思議な力を持っていないらしい天女に、千里の探しものを見付ける事は不可能だということも解った。
雑渡は、これは千里の怒りをかうだろうなと苦笑いを浮かべる。

「あれ、そういえば千里君は?」
「――あの子ならもうすぐ来るよ」
「そうなんだ。ねぇ、千里君もタソガレドキの忍者なの?」

これから自分の身に何が起こるのか知らず、不安がることもせず、ただ無邪気に笑う美鈴に、雑渡はやはり頭の弱い子だと認識を強める。

(何があっても、自分は大丈夫だとでも思っているのかね)

「…あの子はフリーの忍者だ。うちの者じゃないよ」
「フリーの忍者! じゃぁ利吉さんと同じなんだ。雑渡さんがお師匠さんなんだから、スッゴい優秀なんでしょう?」
「そうだね。あの子も今では利吉君に次いでの売れっ子だよ」
「きゃー、やっぱり! …じゃぁ、モブキャラってのはおかしいわよね。私が知らないだけ? ――それともまさか、千里君が……傍観主…?」

ぶつぶつ呟く美鈴に、雑渡が首を傾げていると、見知った気配を感じ、ようやく来たかと目元を和らげる。

「お待たせ致しました」
「ちゃんとばらまいて来たかい?」
「はい。今頃は、天女を探し回っていた生徒達の耳にも入っている事でしょう」
「そうか、それなら早々に済ませてしまわなくちゃね」

天井から降りて来た千里の姿に驚いて、ただ目を白黒させながら二人の会話を聞いていた美鈴だったが、その話の内容が、なんだか良くない事のように思えて眉を顰める。
加えて、冷たい三つの瞳に見据えられ、背筋が寒くなった。

「なに? 何の話?? 私を探し回っていた生徒達って六年生達の事よね? 千里君…何してきたの?」
「若い女が光り輝く衣を纏ったと思ったら、突然空に舞い上がり天まで飛んで行った」
「え?」
「そういう噂話を、町人に流して来ました」

美鈴は、何故千里がそんな話を町人に流して来たのか解らず、怪訝な顔で首を傾げる。

「私はここに居るのに…どうしてそんな嘘の話を?」
「解りませんか?」

千里はにっこりと穏やかに微笑む。
それはとても綺麗で、今日何度か見て頬を朱色に染めた美鈴だったが、今は違った。
ゾクリと背筋が粟立ち、ガタガタと訳もわからないままに体が震える。

「貴女が死んだことを生徒達に悟られぬようにするためですよ」

美鈴は、目を見開いた。















(ここは、貴女が考えているような生温い世界ではない)

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