千里は、此度の依頼人の城を一望出来る木の上で、木の葉に紛れ、利吉の動向をそっと見ていた。
城主から、何か別口で依頼でもされていたのだろう事が別れた後、再度城を訪れた利吉の行動から窺える。
その依頼の内容が何かまでは解らないが、もしかしてと思い当たる事がないわけでもない。
千里は、自分が『性別年齢不詳の忍』と呼ばれている事を知っている。
最初は、素性を隠さざるを得ない理由があって性別を偽り、年齢を偽り、顔を偽り、表情を感情を押し隠し、任務を受けた。
だが、任務によっては男より女、女より男の方がやり易い時がある。
それに寄って性別を変え、年齢を変え、顔を変えた……それだけだったのだが、周りの評価は違ったようで、千里はまだまだ未熟な新米忍者なだけなのだが、どうにも噂が一人歩きしていて、小さな溜め息が零れた。

(女装も男装も変装も、忍者なら当たり前の事だと思うんだけどな)

恐らく、利吉が受けたのも自分の正体がどうだこうだとかそういった類だろうと千里は予想をたてている。
利吉の提案した作戦には、衣服の着脱を余儀なくされる箇所が含まれており、その時から怪しいと疑っていたのだ。
結果、利吉に着替えを覗かれたり口頭で探られたりという決定打は掴めなかったので、憶測の域を出なかったが。

(やれやれ、やはり請けるべきではなかったか…)

面倒な事になったかも知れない、と利吉が去って行った方角を見て眉を寄せる。

「相変わらずの色男だねぇ、山田利吉くんは」
「…そうですね、貴方と違って」

音もなく千里の隣に現れた黒い忍び装束に身を包んだ者に、千里は目もくれずに淡々と返す。

「相変わらず君は私につれないね。反抗期かい?」

おじさん悲しい、と嘆いてみせる男に、千里は呆れたように息を吐く。

「覗きが趣味の殿方に、何故私が優しくしなければならないのでしょうか」
「おや、気づいていたのかい」

男は、包帯で隠されていない唯一の右目を軽く瞠り、面白そうに細める。

「わざとらしい。隠してなどいなかったでしょう」
「当たり」

益々愉快そうに細まる右目を、うんざりしたように見つめ、それで?、と促す。

「ん?」
「また何か依頼があって私の所へいらしたんでしょう?」
「…君は本当に優秀だねえ。うちに来る気はないかい?」
「しつこい殿方は嫌われますよ」
「押しても駄目なら引いてみろって事かい? 引けば、君は来てくれるのかい?」
「引き際を見抜いてこそ一流の忍だと仰ってたのは誰でしたっけ」
「……やれやれ、本当につれないな」

ピシャリと言い放った千里に、その言葉とは裏腹に右目を楽しそうに細めて男は言う。

「ふざけるのも大概にして、依頼内容を早く話して下さい」
「請けてくれるのかい?」
「お得意様ですから」
「……義理堅い子だね」

千里はまた無表情を貼り付けて、喉を鳴らして笑っている男から視線を剥がし、利吉が去って行った方を見やる。

「気になるんだろう? 何せ彼が去って行った方角には……」
「私にはもう関係のない場所です」
「そうかい?」

でも、と男は千里の反応を楽しそうに窺いながら勿体振って続ける。

「彼らはそう思っていないかもよ?」
「………………」

千里は、ス、と目を細め男を見る。
途端にゾクリとした寒気が男を襲い、口布の下で思わず口角が上がった。
だがすぐに収ってしまった殺気に、男は残念そうに口角を下げる。

「…あまり虐めないで下さい」
「君は本当に、つれないねぇ」

それじゃあ仕事の話をしようか、と男はニッコリと笑った。















(懐かしい笑顔が、脳裏に浮かんで消えた)

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