結果から言って、利吉の思っていた通り、呆気ない程簡単に仕事は終わった。
タイミング良く件の城が女中を募集しているという情報を掴んでいた千里が、丁度良いとそのまま少女の姿で城へ面接を受けに行き、茶屋で見せた笑顔と明るさで難なく採用され、潜入に成功した。
女中の仕事をこなしながら隙をみて城の見取り図や内部情報を収集し、巻物が保管されている場所を突き止めた。
保管されている倉は、鍵は掛けられていたが、警備はあまり厳しくなく、利吉の手を借りるまでもなく千里は奪還に成功した。
予め決めていた合図を受けた利吉は警備の薄い箇所から城に潜入し、巻物を持った千里と合流。
敵兵から衣服と甲冑を奪い、それを着込み、敵兵には自分らの着てた服を着せる。
そうして、慌てた様子で門番に「曲者が侵入して、逃げた。私達で今から追うが、まだ城内には曲者が居るので決して門は開けぬように」と告げ、利吉と千里は難なく城を脱出した。
追手もない事を確認した二人は、利吉が用意していた着物に着替えるとそのまま依頼人の元へと駆けた。
この作戦では、衣服の着脱が二度ある。
千里の性別を知るために利吉が提案したのだが、千里は利吉と合流する前に既に敵兵から衣服を奪い着替えてしまっていたし、利吉が用意していた着物は、利吉とは少し離れた草影で着替えた為、性別はやはり分からず終いだった。
性別が解らないのは不便で、女人であったなら男である利吉と一緒に着替えれば良いとも言えず、かと言って男でも男色と間違えられては堪らない。
利吉は、何も言わずに千里が着替えて戻って来るのを待った。
気配を消して覗きに行っても、相手は千里。
見付かってしまう恐れが高く、探っている事を気付かれてはいけない利吉には、そんな高いリスクをおかすことは出来なかったのだ。そんなこんなで、利吉は、城主に報告出来る情報を得る事が出来ていない。

(―――これはまずい…)

利吉は、枝から枝を飛ぶ様にして駆ける千里をチロリと見やる。
自分も同じ様に駆けながら、利吉は一度きゅ、と口を引き結び、それから口を開いた。

『千里さんは、何故今回の仕事を引き受けたんですか?』

利吉の口から洩れた矢羽根に、千里は利吉を一瞥して寸の間黙った後、矢羽根を送ってきた。

『……確かに、単独任務でも充分可能な簡単な任務でした。何か裏があるのではと疑いもしました』

だが、と千里は続けた。

『双忍の相方が、山田殿であると聞かされたので、私はお請けしました』
「え」

利吉は千里の返答に驚き、思わず声に出していた。
口布をしていたため、然程響きはしなかったが、利吉はすみません、と千里に矢羽根を送る。

『いえ、追手の気配はありませんし、大丈夫でしょう。―――山田殿は?』
『はい?』
『山田殿は、何故この仕事を?』

先程の問いは、利吉にも当てはまる。
利吉は、恥ずかしそうに笑って、本心を矢羽根で送った。

『千里さんに興味があったんです。一度、お会いして実力を身近で拝見したかったし、噂の真相も知りたかった』
『成程。忍者らしい理由ですね』

雰囲気だけだが、千里の纏う空気が柔らかくなり、一瞬笑んだ気がして利吉は目を瞠った。
任務の為以外の千里は決して無表情を変える事が無かった為、驚いたのだ。

(今、笑った? 一瞬だったけど…笑ってたよな?)

利吉は思考に耽っていたため、聞き逃した。
千里がポツリと呟いた独り言を。

そうして、利吉と千里は依頼人である城主へ奪還した巻物を渡し、報酬を得た。

「山田殿、今回はありがとうございました。勉強させていただきました」
「あぁ、いえ。私の方こそありがとうございました。貴方とでしたら、もっと難しい依頼もこなせそうです。その際は、依頼しても構いませんか?」

利吉の問いに、千里は一つ頷き、「私からお願いする事もあるかもしれません。その際は是非とも宜しくお願いします」と、やはり無表情で言うと、会釈をして去って行った。
利吉は、千里が城を去った後再度城主へ謁見し、千里の事を報告した。

「やはり、そなたでも千里の正体は暴けなかったか…仕方あるまい。千里に儂が探っていると感付かれなかっただけでも良しとするかの」

城主はそう言ったが、やはり不服そうな面持ちだったのは否めなかった。
利吉は、千里の事を話そうかと城を後にし、父が教師を勤める忍術学園へと足を向ける事にした。















(流石、山田先生のご子息だ…)


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