世は乱世。
戦など珍しくもない時代。
貧富の差が激しく、戦孤児とて大して珍しくもない。
城の主は如何にして領地を増やそうかと模索し、力の誇示の為にですら戦を起こし、武士達は刀を持ち、忍が暗躍する。
農民達とて、甲冑を着込み、鍬や鎌ではなく刀や弓を持つ事もあるそんな時代。
そんな中、今名を馳せているフリーの忍がいた。
任務により見目を変える忍は、中肉中背でその本来の性別はおろか、本来の声すら知られておらず、女にしては少しばかり背が高く、男にしては幾らか背が低いという風情で、性別不明の忍として名を上げている。
仕事は失敗知らずで、請け負った任務は必ずやり遂げる為、売れっ子フリー忍者の山田利吉に次ぐ人気の忍者だ。
彼の山田利吉も、噂の性別不明の忍には注目していた。
そんな中、利吉は、双忍で成される任務のオファーを請けた。
そして、相方の忍者の名に目を見張る。

「相方の千里という方は、もしかして…」
「ほう。そなたも知っておったか」

依頼人の城主は、興味を示した利吉にニヤリと笑う。

「知っておるなら話は早い。今回の依頼の他に、ついでにそなたに調べて貰いたい事がある」

利吉は、城主の言葉に、その先に言わんとしていることが推測出来て、本命の依頼はこちらなのではと考える。
そして、それは続けられた内容に確信へと変わる。

「畏まりました。ですが、一筋縄ではいかぬ相手と見ます。満足する結果はお持ち出来ぬやも知れません」
「良い良い、構わぬ。ほんの戯れじゃ。じゃが、儂がそなたに依頼した事を千里に悟られてはならん。他の城の城主が興味本意で調べたのが千里に露見し、以来、その城からの仕事はどんなものでも請け負わぬようになったと聞いた。それは困るのでな」
「畏まりました」

利吉は、城主に頭を垂れ、そのまま彼の者と落ち合う手筈となっている茶屋へ向かうべく、退室した。

今回利吉が請けたのは、とある城に奪われたという巻物の奪還。
一人でも遂行出来そうな程簡単そうな任務なのだが、先程ついでという名で請けた任務の方が、余程難しそうだ。
大体、こんな簡単な任務に双忍であたるだなんて、彼の噂の忍は不審に思ってはいないだろうか。
自分だったら、それはもう盛大に疑い、請けない…そう考えるも、噂の忍は仕事を請けた。
利吉は、自分で考えているよりも、噂よりも、噂の忍……千里は、大したことがない忍なのではないかと考えに至る。
噂が一人歩きしているだけなのかも知れない、とそんな事を考えていたら、件の茶屋に着いてしまった。
暖簾を潜れば、この店の看板娘だと思われる可愛らしい娘の元気な声が響く。

「いらっしゃいませー!」

空いてる席へ座り、お品書きを見てから少女へと向き直る。

「みたらし団子を一つ」
「畏まりました」

お茶を運んで来た少女は笑顔で応じ、厨房へ注文を伝達する。
クルクルよく動く少女は、自然と視線を集めていた。
利吉もまた、少女を何とは無しに見てしまう。

「お待たせしました」
「ありがとう。元気がいいね」
「…ありがとうございます」

みたらし団子を運んで来た少女は、利吉の言葉に驚いた後、嬉しそうにはにかむように微笑み、新しく来た客の接待へ向かった。
利吉がそれを見送って、みたらし団子を食べていると、ザワザワと店の表が騒がしくなる。
怪訝に耳を澄ませてみれば、澄ませる必要もない程の大声が響いた。

「グダグダ言ってんじゃねぇ!!」
「きゃぁあああっ」

悲鳴に混じり、ガツ、という鈍い音が聞こえた。
利吉は思わず動きを止めた。
白髪混じりの店主が、何事だと厨房から姿を現し、表へ飛び出す。

「放して下さい!」
「お客さん! あんた何してんだい!」

先程の少女の声が、悲痛な声音で響き、続いて店主と思われる声と荒々しい男の怒号が鼓膜を震わす。

「客に少し位サービスしたってバチはあたんねぇだろ! こっちは金払ってやってんだ! オラ、こっちに来い!」
「や、やめて下さい!」
「馬鹿言え、お前こそ無駄な抵抗はやめるこった」
「お客さん!!」
「店主はすっこんでろ!」
「ぐあっ」

怒号と共にガシャンという音が聞こえた。
店主の名を呼ぶ少女の声が耳に届く。
どうやら店主が何かされたらしい。
ザワザワという声に混じり、下卑た男達の笑い声が耳障りで利吉はその秀麗な顔を歪める。

「ほら、嬢ちゃんこっち座れよ」
「嫌です。やめて、放して下さい!」

(やれやれ…騒動はおこしたくなかったんだけどな)

これからの任務を思い、利吉は嘆息して立ち上がったその時、男達の笑い声がピタリと止んだ。

「……ッ、な、何だ!?」
「あ……さ……い……」

それは、男達の声とは真逆な落ち着いた小さな声で、なんと言ったのか聞き取れなかった。

「……かはっ」
「なっ…!」
「テメェやんのか、ゴラァ!」

ドサッと何かが倒れた音が聞こえた。
続いて驚く男達の声と、怒声に、また倒れる音が聞こえる。

(なんだ?)

利吉は眉を寄せて、表へ向かう。

「―――これは……」

利吉の声は、男達の最後の一人が倒される音に掻き消された。
男を伸したのは、先程利吉に笑顔で接待をしていた…男達に絡まれていたであろう少女だった。

「………………」

気配を感じたのか、少女は利吉を見た。
そして、興味がないとばかりにそのまま逸らす。
利吉は、先程の少女の笑顔と今目の前にいる少女のあまりの相違に目を瞠る。
少女は、ス、と唖然として固まって見ていた店主に、手を差し出す。

「え? あ、おまえ……一体…」

店主は最初困惑していたようだったが、すぐに差し出された手の真意に気付き、怖ず怖ずとその手に自らの手を重ね、立ち上がった。
表にいた客や店主、それから騒ぎに集まっていた者達は、信じられないようなものを見るような目で、怪訝な表情で少女を見ている。

「……店主、お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫だ……けど…」
「バイト代は結構です。修理費に回して下さい。そこの下衆共をつき出せば、多少お金も入るでしょうし」

冷めた目で伸びて気絶した男達を見下ろし、少女は先程見たにこやかな笑顔を店主に見せた。

「お世話になりました」
「えぇ? ちょっと待…」

ちょっと待て、と店主がいう前に、少女は歩き出していた。
利吉とすれ違い様に、少女は口から風を切るような音を出した。
それに目を瞠った利吉は、慌てて少女の後を追おうと店主にお代を手渡しし、走り出した。
だが、少女の姿がない。

(どこに行ったんだ?)

利吉がキョロキョロと辺りを見回していると、頭上から静かな声が降り注がれた。

「私は此方におります」

バッと振り仰げば、木の上の太めの枝に座る無表情な少女がいた。

「お待ちしておりました、山田利吉殿」
「! では、やはり貴女が…」

木から飛び降り、静かに着地した少女に目を瞠り、告げれば、少女は無表情を変える事なく頷く。先程少女の口から洩れた風を切るような音は、忍者が使う矢羽根という暗号の一種であり、常人には聞き取れない。
暗号なので、少女が何と言ったのかは解らなかったが、少女が忍だという事に気付き、もしやと利吉は後を追って来たのだ。

「千里と申します。この度は、宜しくお願い致します」

利吉は、寸の間声が出ず、数拍おいてこちらこそと答えた。
噂の忍は、やはり相当な手練れなのだと、虚をついたとはいえ大の男三人を一瞬で伸してしまった先程の光景を思い浮かべて利吉は思った。

(―――それにしても…)

利吉は、目の前の少女、千里を見て思考を馳せる。
茶屋で接客する明るく元気な様子とは大分違う。
無表情で淡々として落ち着いた物言い、先程のが演技だったとするなら、やはり変装しているのだろう。
全く気付かなかった。
利吉の父である山田伝蔵が教師として勤める忍術学園に在学している変装名人と名高い、鉢屋三郎にも匹敵するのではないかという程だと考える。

「山田殿、私の顔に何か?」
「はッ、あ…いえ。これは不躾に…失礼しました」

無言でジッと凝視され、千里はやはり無表情を崩す事なく問いた。
その声にハッと意識を取り戻した利吉は、慌てて無礼を詫びる。

「素晴らしい変装だと思い、思わず…すみません」
「いえ、名高いフリー忍者である山田殿にお褒めに預かり恐縮です」
「名高いだなんてそんな…私などまだまだ未熟な若輩者でして、お恥ずかしい」
「ご謙遜なさらずとも、山田殿のお噂は常日頃から耳にしております。今回は、勉強させていただきます」
「い、いえ、こちらこそ」

千里の口から発せられる流れるような言葉に、利吉は喜車の術だと思いながらも照れてしまった。
寡黙だと噂では聞いていたが、そんな事はなく、千里はよく喋る。
まぁ、普段は単独任務ばかりな為のせいでなのか、それとも双忍という今回の仕事の為なのかは利吉には解らない。
ただ、落ち着いた声はひどく耳に馴染み、心地好かった。

「では、作戦をたてましょう」

千里に促され、利吉は頷いた。















(仕事とあれば、老若男女変わってみせましょう)

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