神仙魔伝−紅の節 | ナノ


▼ とある山で

 閑散とした山に、少女特有の甲高い声が響く。地元の人間でも名前を知らないような小さな山だったが紅葉はなかなかのものであり、秋にはそれなりに人が集まる。そのため一応山道は作られており、子供でも体力と気力があれば登り切ることは容易だ。そんな場所も、今の季節では人もまばらだった。わざわざ山まで涼みに来ずとも、もっと娯楽はあるのだ。ただ涼みたいだけなら、体には悪いが家でクーラーでもかけていればいい。にも関わらず、今日は人の気配がふたつ。
 彼女たちは今日、夏休みを利用しピクニックに来ていた。というのに
「はい?ちょっと待って。嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ〜」
のんきに笑うツインテールの少女に、一緒にいた黒髪の少女は頭を抱えため息をつく。
「なんでピクニックに来て、弁当を忘れるかな」
笑い事じゃないぞ、と横目で見るがそこには相も変わらずのんびりとした笑顔があるのみだ。今に始まったことではない。昔からの付き合いで、なんとなく分かっていた。ともあれ自分だけ食べるのも気分が悪いと、仕方なく提案する。
「じゃあ春陽はるひ、私の弁当分けてあげるから。次は忘れないでよ」
「いいの!?」
「たべないと帰りまで保たないでしょ」
とため息半分に言えば、
「ありがと月乃つきの!」
と満面の笑みが返ってくる。同い年とは思えない無邪気な表情。それを見て「仕方無いかな」と許してしまう自分がいる。彼女のせいで苦労することも多いが、救われてきたことのほうが大きいから。

 とはいえ、本来ひとり分の食事をふたりで分ければ当然のことながら保つわけがない。帰りに、山道沿いの広場で遊んでいく予定だったのだが、もうそんな気は起こらなかった。
 空腹気味ではあったが、彼女たちも元気有り余る学生。楽しそうな声をあげながら山を下る。思っていたより早いが仕方無いだろう。春陽の家でなにかしようかと、賑やかに話す。今日という日はそれで終わるはずだった。
ーーーこのときまだふたりは、”彼女”と共に近づく不穏な空気に気がつけないでいたのだ。

/

[ back to top ]