- ナノ -

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ぶちゃらてぃをペリーコロの元へ置いたまま帰路に着く。帰路といっても、目的地は家ではなくデブのところだ。ゲンさんはもうぶちゃらてぃのことを気にすることはなく、水溜まりを覗いて回る遊びに夢中だ。
巣立ち、というペリーコロの言葉が頭のどこかに引っかかったまま、真夜中の明かりのない住宅街の先、デブの事務所にも明かりはなかった。玄関から中へ入るとポツリと立っていたのは人間ではなかった。重たそうな帽子に全身を隠す黒いマント、顔は爬虫類のような人形のような。確か、ブラック・サバスといったっけ。デブのスタンドを見るのは珍しい。しかしこいつが出ているということは、誰か死んだのだろう。ブラック・サバスは何も言わずそそそと動き私の影に入った。暗闇の中だから影など出ないはずだが、はっきりと私の中に入ったと、ぞわりと全身の産毛が逆立ち知覚する。ゲンさんが嫌そうに私の影をげしげしと踏んだが、特に何もないようだ。
階段を上がり、いつもの部屋へ入ろうとすると影からくいくいと引っ張られる。手が触れているわけではないが、全身がぐいぐいと引かれる感覚は奇妙だ。指示された方向へ足を勧め、普段は行かない奥の部屋へ入る。部屋な中央に置かれたベッドの上に、寝巻き姿のテブが横たわっていた。

「……ナマエか、遅いぞこのグズめ……」

巨体から掠れてむくんだ声がした。ブラック・サバスがすうっと私の影から出ていった。
ペリーコロから渡された書類をベッドの上へ乗せると、デブは寝転んだまま片手でそれを落とす。部屋に紙が舞った。一から拾い直すが、どの順番かもわからない。デブはチッと舌打ちをしたが、私を殴るために動くのは億劫らしい。起き上がる気配すらない。

「ブチャラティはやりおった……面倒な……この私が気にかけてやったというのに……しかしペリーコロのことだ、わざわざ死体を返すような下品な真似もするまい。掃除が捗ってよかった。あのガキも少し油を注いでやったらじわじわと引火しやがって、興にもならん」

まるで矛盾したことを言っているように聞こえるが、その通りなのだろうと思った。そもそも、ぶちゃらてぃは怯えていたのだから向いていないのだ。ペリーコロがどう扱うかはわからないが、彼は外から来たのだから外で生きていたほうがいいと思う。ゲンさんがブラック・サバスの真似をするように私の影の上に立ったが、彼は影には入れないらしい。

「……ン?ああ、お前はブチャラティを気に入っていたな……あいつはあんなナリをして虎視眈々とギャングで這い上がることを願っていたらしい。全く馬鹿なことだ、なんの後ろ盾もなく雑用さえ出来ないガキがいつまで夢の中にいるつもりだろうか。──ナマエ、なぜ何も言わない?悲しんでいるのか?」

ノ、と短く否定する。すると、デブはクククと笑いだした。最近気づいたのだが、デブは私が感情を表すことが傑作らしい。人間のふりが上手くなってきたと言われ首を傾げた。私はもとより人間だし、感情も豊かなはずだ。それに、そもそもデブはぶちゃらてぃが今頃死体になっていると思っているようだが、おそらくそんなことはない。内心でそう呟くと、後ろにいるゲンさんがウンウンと頷いていた。

「さて──夜中に騒ぐのは紳士のやることではないが、我々はギャングなのでな。ナマエ、貴様も余計な首を突っ込みおって、少し放し飼いにしてやろうと思ったが……それはまだ早かったようだ」

ブフゥー、ため息が聞こえたと同時に全身から汗が吹き出し、私の体がガタガタと震え出す。私の腹から何かが出ていた。
ゲンさんを視界に入れる前に、すべてが暗闇に沈んだ。