- ナノ -

33

目が覚めたとき、状況は打って変わっていた。手枷はつけられたままだったが、傷の手当をされて清潔な状態でソファに寝かされていた。窓のない部屋ではどんな状況か把握出来ない。ぶちゃらてぃはおらず、ゲンさんも出てこない。蝿を作ろうとしても上手くいかず、ただぼうっと時間の経過を待っていた。
うつらうつらと頭が揺れ、かくんっと倒れかけて体勢を立て直すこと13回。ガチャリと唐突に扉が開いた。上等な革靴の磨きたての匂いに鼻がつられる。

「起きたか、カファロの」

気絶する前に私に名を聞いた男だ。老人というには荒々しさが残っており、初老というには存在感がどっしりと重い。差し出された指のシグネットリングのマークには見覚えがあった。

「わしがわかるか」
「…………ペリーコロ」

リーダーに注意しろと言われていた。完全に私のミスだ、いくらゲンさんが気にしていたって介入していい範囲は越えている。チームに迷惑をかけてしまった。既に連絡はいっているだろう。──このまま処刑されるのか?
覚悟があるとは言えないが、仕事上死は常に想定していた。ぐ、と奥歯を噛み締めペリーコロに拘束を解いてもらう。私の様子を見て、彼はふ、と息を吐くように笑った。

「あのcucciolaが随分と丸くなった」
「……」
「以前一度会合で会っている。カファロが存命の頃だ。……いや、お前は覚えておらんだろうな」

ペリーコロの言う通りだった。おじさんに連れられて行った先は色々とあるが、どれも曖昧だ。そもそも、ギャングの言うことの大半は嘘だし、本当のことかも怪しい。
自由になった手をぐにぐにと動かし異常がないことを確かめる。腹部に痛みはあるが折れてはいない。口の中は血の味がして喉に痛みがある、どこかを切ったようだが問題は無さそうだ。
ペリーコロはついてこいと指で合図をして部屋を出た。一瞬迷ったが、このままここにいても仕方がなく、移動先で殺されるのも仕方がなく、このまま帰るという選択肢はどうせ選べない。また膜に捕まって終わりだろう。廊下へ出て階段を降りると、更に大きな廊下に出た。奥の大きな扉の中にペリーコロは入っていく。その背に続くと、中は執務室のようだった。中央には大きなソファが設置されており、そこにぶちゃらてぃが横たわっている。包帯が巻かれ手当はされているようだが、この分だとぶちゃらてぃのほうが重傷だろう。まあ当然だ、だって今回は100%やつが悪い。それがどんなに正しい理由であれ、他人のシマで暴れたらいけないことなのだ。 私が閉める前に扉は勝手に閉まる。中には意識のないぶちゃらてぃと私、それからペリーコロの3人になった。手薄すぎる。ここで私がペリーコロを殺すとは思わないのだろうか。しかしそんな疑問もふつりと消える。壁際にあの膜が張り付いているのがわかった。
ペリーコロはザッと私に書類の束を投げた。床に散らばる紙に何が書いてあるのかわからないが、リングの印がいくつも押されており何かの契約書であることは把握出来る。

「ポルポの元ではその小僧は手に余る。それをポルポに届けろ。おつかいは出来るな?」
「…………ペルケ?」
「ほう、理由を聞きたいのか」

興味深そうに言われる。私を子犬というのだから、発言権は渡していないと言いたいのだろうけれど、私は問いに頷いた。ペリーコロはいいだろう、と一呼吸置いてからぶちゃらてぃのことを話した。
曰く、ぶちゃらてぃは若い身空にして随分な大義と目標を掲げてパッショーネにやってきたらしい。その目標のために最近焦っており、こうしてポカをしてしまったのだと。相次ぐ事件を見ればその歴がわかると言われ、思い返すと心当たりがあり眉間に皺を寄せた。このままでは他のギャングたちの反感を買う。暗殺チームの仕事にはすでに影響してきているため、ぶちゃらてぃは危ない橋の上を裸足走っているようなものだ。だから、ペリーコロが貰うらしい。

「……ペルケ?」
「悪くない筋だ」
「…………」
「わからん、という顔だな。巣立ちは成功したらしい。なに、ポルポに貸しを作りたいだけだ」

それならばわからなくはないが。話はここまでだと切り上げられれば、私に追及する手立てはない。散らばった紙をかき集めて懐にしまう。ぶちゃらてぃはこのままペリーコロに引き取られるようだが、このぶんだと殺されるわけでは無いのだろう。むしろ危ないのは戻った私の方だ。