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埃の匂い、アルコールの匂い、木の匂い、煙草の匂い、それらを感知して目が覚めた。瞼の下は血の色が透けているから、明るい場所、電気のある場所。足音が複数、鈍いから部屋が違う。指先を動かしコツリと下を叩くと反響音があった。少なくとも2階以上の高所だ。気配は私ともうひとつ。ゲンさんはいるかいないかわからないが、私の下から蝿のような小さい生き物を造ることは出来た。そちらに視界を任せる。複眼の生き物は便利だ。
部屋の中には放置されている子供が2人、私とぶちゃらてぃだった。2人とも手足を縛られており、ぶちゃらてぃの意識はまだない。さほど広くない部屋だが何も置いておらず、窓は施錠されておりこの分だと扉も閉まっているはずだ。換気口の隙間から移動させ、別の部屋に出る。複数人、スーツの男がいた。酒を飲んでいるわけでもカードゲームをしているわけでもなく、ただ真面目そうにパソコンを叩き書類を見ている。しかし皆スーツは上物で、金のかかった時計や宝飾品を必ず身につけているところを見るにこちら側の人間だろう。ということは、朝の会話を思い出すにここはペリーコロの管轄下だろうか。書類にはなにやら文字が書いてあるが、私に読むことは出来ない。重要かもしれないが、わからないから仕方がないのだ。もう一度換気口から別の部屋へ移動する。と、私たちが寝ている部屋の扉が開いた。力を抜いて気絶しているふりをする。
ガツッと音がして、私の腹に足先が食いこみそのまま壁際まで吹っ飛ばされた。蹴られた腹部と壁にぶち当たった背中に痛みが走る。胃液がどちゃりと吐き出され、体が床に沈んだ。目の前がちかちかとひかる。この感覚は久しぶりだ。久しぶりだからか、以前よりも痛く感じる。げほ、ごほ、と胃液混じりの咳を吐いていると、物音で目覚めたのかぶちゃらてぃが目を開いた。寝起きに今の私は酷い目覚めだろう。

「ナマエさんッ!」
「クソガキが、寝たフリなんざしてんじゃねーよ。オラ、起きろクズ」
「ナマエさんに何を、ッ、」
「元はと言えばテメーのせいだろうが、あ? 生意気言ってんじゃあねえ、ガキ2人の面倒を見させられるこっちの身にもなれっつーんだよ」
「そこまでだフェオ、そのガキを離せ」

私を蹴り上げたおっさんはフェオと言うらしい。彼は起き上がろうとするぶちゃらてぃを踏みつける。そして、後ろから低くしゃがれた声がした。黙って静観していると、しゃがれた声の持ち主が姿を現す。コツコツと杖を鳴らしながら、彼は倒れている私の元へ来た。杖の先で私の顎を持ち上げる。髪が胃液とともにに頬に張り付いた。

「カファロの」
「カファロォ!?そいつが例のcagnaccioですか?」
「名は」

止まらない咳で名前を言うが、伝わらなかった。何度か話そうとするが、腹の中であちこちが痛み次から次へと咳が出る。杖の先は赤交じりの唾液でべちょべちょになっていく。
見かねたようにぶちゃらてぃが「ナマエ、です」と答えた。杖の男の視線がぶちゃらてぃへ向いた。

「ナマエ」
「ナマエ・ミョウジ」

正しく呼ばれた名前のはずが、何かを含んだような声色だった。それが何かわからず、杖は外され私の顎が床に激突した。くらくらと脳が揺れる。かふかふと本物の犬のような呼吸しか出来ず、私は男に持ち上げられると同時にまた気を失った。蝿はいつの間にか消えていた。

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