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「おい!そこで何してんだ!」

いつも通る道を歩いていると、後ろから声と共に肩を掴まれた。足音はしていたし、気配も感じていたから警戒はしていなかったものの、まさか接触されるとは思っておらず驚きびくりと男の手が触れている肩が跳ねる。危ねえだろ、と男は言い、なんとそのまま私の両脇に手を入れて持ち上げ、自分の片腕に乗せるようにして私を抱き上げた。そのまま、私が今来た道を戻っていく。まるで親猫に運ばれる子猫のように無抵抗でされるがままになってしまったが、この場合どうすればいいのだろう。蹴り上げて逃げてもよし、人通りが少ないから多少乱雑にしても問題は無いだろう。だが、悪意を全く感じないというのが不思議だ。
色素の薄い髪はキャップを被っていても、はみ出た部分が太陽光の反射でキラキラとしていた。柑橘系の香りがふわりとする、コロンをつけているらしい。

「ったくよォ、追いかけてきてよかったぜ。ほら、あれが見えるだろ」

道に入るためのT字路の通りまで戻ると、男は道の入口の中央に置いてある看板を指さした。確かに普段は無いが、あれがどういう意味かわからないもので。赤い丸のマークの下に、マジックでイタリア語が書いてある。少し斜めっていて、急いで書いたというように文字が崩れていた。看板は確かに見えるが、意味がよく分からない。それよりも降ろして欲しい。じっと男を見ると、彼はため息をついて私を降ろした。

「愛想の悪ィ……次からは気をつけろよ、危ねえから──おい!待て!なんで入ろうとする!?」

よくわからない輩だったなとまた道を通ろうとすると、またもや男に抱き上げられてしまった。胡乱げに見やると、男は看板を指さす。だからなんなのだ。首を傾げると、男もまた首を傾げた。

「もしかして、字が読めねえのか?」

頷くと、彼は合点がいったというようにハッと表情を引きしめた。その瞳は私を通してどこか大きいものを見ているようだった。まだ若そうなのに立派に野望を持っているらしい。
男は私を抱き上げたまま、看板に近づいた。

「事故により通行止め、って書いてんだよ」
「……いるとらふぃーこ」
「発音下手くそだな。はあ、あのマーク、見たことあるだろ。赤い丸があればダメってことだ」

通行止め。歩行者もダメらしい。確かにこの赤い丸は見たことがあるけど、ギアッチョも普通に通っていた。なるほど、ギャングに法律は関係ないから、そういうことだろう。私は頷いた。仕方ないから遠回りしよう。事故ってことは、警察とかがいるんだろう。いくら私の見た目がただの子供でも下手に接触するのは避けた方がいい。
男は今度こそ私を地面に降ろし、気をつけろよと言った。頷き、グラッツェとお礼を言って迂回ルートを通ろうと足を踏み出す。すると、すぐに待て、と呼び止められた。今度はなんだろう。

「家はどこだ?親はどうした?ここらは治安があまり良くねえ、子供が一人で歩いてたら攫われるぜ。送ってやる。…………おい、嫌そうな顔すんな」

いらない、と首を振ると、いいからと強めに言われおでこを指でピン、と軽く叩かれる。所謂デコピン。何をするんだと額を抑えてじっと見ると、男は愛想の悪ィ、とまた言った。

「ちょっと話したガキが悪いことに巻き込まれてたら後味悪いだろうが。せめて人通りの多いところまで送らせろ」
「ノ」
「クソガキ……」
「おい、子供に何してやがる」

突然後ろから現れた声に驚き振り向く。こちらは気配が無く、私も油断していた。バッと警戒を含めて振り向いてすぐに目が合い、また驚いた。赤い眼鏡のフレームが逆光で眩しい。

「とっとと帰んぞ」
「あ?なんだよ、保護者か?」
「だったらなんだっつーんだよ、アァ?」

ギアッチョの睨みに男はそうかよ、と馴れ馴れしく私の頭を撫でてきた。そして、看板の方を指さして話し出す。

「保護者ならちゃんと教育しとけ、俺が止めなかったらあのまま現場に入ってた」
「たかが事故だろうが」
「知らねえのか?事件があったんだよ」
「……事件だァ?」
「殺人事件だ、現場は悲惨でまだ片付いてねえらしい。ガキに見せるもんじゃあねえ」
「…………」

男がそう言うと、ギアッチョは黙って私を見た。私も彼を見つめ返す。おそらく今ギアッチョはこう思っているだろう、暗殺者に悲惨も何もないと。ギアッチョの後ろに隠れるように移動する。しかし、首根っこを掴まれるようにして持ち上げられ、腕に乗せられた。仕方あるまいと首を手を回す。ギアッチョの抱っこスタイルにも慣れてきてしまった、もうそこそこ大きいのに疲れないのだろうか。
男はその様子にふっと息を吐くように笑う。

「兄弟──にしちゃあ、人種が違えな。どんな関係だ?」
「フクザツなんだよ、他人の家を詮索すんなクソガキ」
「テメェも同じくらいじゃねえか!」

男の額に青筋の立った怒鳴り声を無視してギアッチョはスタスタを歩き出す。肩越しにバイバイと手を振ると、男はイライラした表情ながらも手を振り返してくれた。見えなくなったあたりでぽんぽんと背中を叩き降ろしてもらおうとしたが、ギアッチョは私の訴えを無視してそのまま歩き、停めてあったらしい車の中に降ろした。初めて見る車だった。ボンネットが少し凹んでいたり角に傷がついていたり、それにしては車体は塗りたてのようにピカピカしている。またどこかから拾ってきたようだ。
ブオン、というエンジン音が鳴りすぐに車は走り出す。途中、確かに赤い丸のマークが書かれた看板があったが、ギアッチョは気にせず道に侵入して行った。やはり、そういうものらしい。

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