- ナノ -

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今日、ぶちゃらてぃを連れていった仕事の報酬がいつもよりもたんと多く、温かい懐具合につい食料をたくさん買ってしまった。パンとかピザとかフルーツとか。フルーツはオレンジ、これはゲンさんが選び抜いたものだ。家に帰ると、ギアッチョはいなかった。とりあえずパンを冷凍庫に入れて、ピザは夕食と、明日の朝食だ。その前にお風呂に入らないとギアッチョに怒られてしまう。……いや、いないのだから構わないのでは。ゲンさんと顔を見合わせて、頷いた。
血のついてしまった靴は車の中に脱ぎ捨ててきたから、湿ったズボンだけ脱いで洗面所に置いておく。プロシュートのシャツはどうしようかと悩んで、とりあえず食べてから決めようとワンピース状態のままに冷蔵庫からオレンジジュースを出して食卓に置く。まだ少し温かいピザにかぶりついた。チーズは固まっていて重たい。質量は変わらないがこちらのほうがお腹にたまる気がする。
ゲンさんにオレンジジュースのおかわりを注いでいると、突然ゲンさんがふっと消えてしまい、すぐあとにカチャリと音がしてギアッチョが帰ってきた。

「…………おう、いるわ」

少し濡れた肩口の水滴を払いながら、耳元に当てた携帯で電話をしている。ぶつぶつと通話しながら、ギアッチョは片手で器用にシャツを脱いで洗面所に放り込む。その頃には私のピザは最後の一口だった、が、ギアッチョは電話を切らないまま私の首根っこを掴んだ。慌てて最後の一口を飲み込む。プロシュートのシャツが伸びてしまうが、ギアッチョは気にせずに私を先程の上着と同じように洗面所に放り込んだ。そういえば、ギアッチョは帰ってきていないからとお風呂に入っていないのだった。

「ああ、わかった、おう、じゃあなリーダー。…………わかってるな?」

ギアッチョが電話を切り、そして私を見下ろす。私は黙って自らバスタブに入った。シャワーのコックが捻られる。そして、無事ギアッチョに怒られながら丸洗いされた。



大きいバスタオルで髪を拭きながら、ソファに身を預ける。タオルで毛先を軽く叩き水気を吸わせている私の向かいで、ギアッチョが上半身裸のまま冷めたピザをあっという間に平らげていく。歯並びのいい大きな口がピザ生地を噛み切っていく様子に、ふとぶちゃらてぃを思い出した。
銃を握る手もなっていなくて、かなり待ったけれどついには銃を落として膝をついた青年の顔を覗けば、顔色は青ざめ震えて歯がカチカチと軽く音を立てていた。恐怖、怯え、そういった類の表情だった。だから、つい手を出してしまったが、ぶちゃらてぃは大丈夫だろうか。
きっと彼はギャングに向いていないのだと思う。殺すことを躊躇するくらいならきっと大丈夫だが、殺すことに怯えていたらこの先仕事が何も出来ない。なぜならギャングはどんな役職でも間接的に人を殺すことに繋がるからだ。それくらいは私だって理解している。だから、私が直接的にやったってぶちゃらてぃはただ見ていたのなら見殺しにしたという形で人殺しの一端をすでに担っているし、あの受付のお姉さんだって知らないだけで遠く回って回ったら殺しに関与したことになる。でも、そちらのほうがまだ戻れるのだ、きっと。まだ十字架は小さいから、いくらでも隠すことも、人によっては捨てることだって出来るはずだ。──今思うと、この前のイルーゾォも、怖がっていたのかな。
ただ躊躇していただけなのかも、どちらにせよ酷なことをしてしまったかもしれない。イルーゾォに初めての十字架を背負わせてしまった。しかし、このチームに所属していて殺さないなんて選択肢はない。……いや、もしかしたらあるのかも。私の頭が小さく硬いだけで、可能性は、それこそゲンさんくらいあるはずだ。私は一人の青年の運命を悪い方向に曲げてしまったのか、そう思うとなんだかやるせない気分だ。でも、たった一人殺しただけだから、イルーゾォもまだ戻れるかも。ネアポリスやローマあたりなら、その辺にいる不良だって殺しのひとつやふたつしているようだから、やろうと思えばきっと更生できる。イルーゾォが、やる気を出せばの話だけれど。
ついつい色々なことを考え込んでいたらしい。自分のくしゃみで気がついた。そして、ピンッとおでこを弾かれソファの背もたれにぶつかる。そのまま背中に手を回されて、ギアッチョに抱えあげられた。成行きを黙って見ていると、ギアッチョは私を抱えたまま寝室に移動してベッドに私を下ろした。髪がまだ濡れている、と思ったが、考え込んでいる間に水気はかなり無くなっていた。窓から入る風で乾きそうだ。

「何を考えてんだかは知らねーがな、ガキは大人しくしとけ」
「……ここでねる?」
「うるせえ、bouleの代わりくらいやれ」

湯たんぽと言うのなら、ギアッチョはちゃんと服を着た方がいい。強引な理由には呆れたけれど、後ろから抱えられて本物の湯たんぽになった気分で、ギアッチョの体温は心地よかった。買ってきたオレンジが台所から仄かに香る。窓の外では、雨がしとしとと降っていた。