27.5

震える手では照準が定まらない。揺れ続ける銃口の先を必死に抑えようとして、手汗が滲み、ますますブレた。チッチッチッと進んでいく時計の針に背中を串刺しにされているような心地で、ただ荒い息を飲み込もうとして失敗する。ひゅ、ひゅ、と細い息が聞こえるのは、俺の喉か、目の前の子供の喉からか。

ブチャラティは、未だ任務で人を殺したことがない。下っ端の雑用は現場に連れていかれることさえ稀だった。集金、見張り、それらを繰り返して小さな人脈と人望の実を育ててきて今ここにいる。覚悟はしたつもりだった。仇を討つためには何人だって手にかけてやる、そう思っていたが──何故、子供なのだ。
麻薬漬けの身体はどちらにせよもう戻れないことは知っている。皮膚の色さえも変わってしまった、劇薬に依存した姿は哀れという他ない。さっさとナマエに足の骨を砕かれ、縛られ、横たえられた瞳はブチャラティを嘲笑っている。しかし、それでも子供なのだ。濁った青い瞳が何も写していなくても、ブチャラティにとって目の前の生き物は子供の姿をしている。それだけで今まで築き上げられてきた倫理観が牙を向く。クソ喰らえ。ギャングにそんな倫理観など必要ない、そんなものがあっては生き残れない、わかっている、麻薬をやったクソ野郎だ、スタンド使いで、子供の姿かたちをしているだけの悪魔だ、わかっている、麻薬を蔓延させ自らも戻れないほどに依存したこの世で一番憎い類のものだ、わかっている、頭ではわかっているのだ、だが身体が動かない。
はあ、とため息が聞こえてずるりと手から拳銃が落ちる。カツン、と床で音がして、目の前が一瞬故郷の海を写しゾッと背筋が凍る。足元から崩れ落ち、子供は無邪気に笑い声を上げる。

「パウーラ」

怖い。ナマエの声に頷いた。涙が溢れ鼻の奥がツキンと痛む。

「おれ、は、ころさなきゃ」
「ぶちゃらてぃ」

トン、と肩に手がおかれた。小さく細い指がブチャラティの涙をとり、そのまま拭わずにブチャラティの落とした拳銃を拾った。

「覚悟がないなら、ダメ」






充満する煙の匂いに鼻をつまみ、迷いなく進んでいく小さな背中を追いかける。ブチャラティよりうんと幼い少女は慣れたように口元を布で覆い、廃人の屍の間を縫うように歩き進んでいく。甘く心地よい香りがこの換気のされていない地下室中に充満しているが、少しでも吸い込めば脳髄に染み渡る快感は奈落の底の入口だ。ナマエが進むままについてきてしまったが、呼吸が持つかどうか。

「ぁ……あァ……へへ……」
「っ、ひ……」

やせ細った女の手がブチャラティの足を掴む。転んだ好きに鼻から手が離れ、一瞬で背筋が凍るような心地。やってしまった、まるで世界がスローモーションのように倒れていくが、それを支えたのは小さな手だった。思いっきり鼻を捕まれ、痛みに唸る。すると、すぐさま顔中がマスクのようなものに覆われ、次いでドカッと人を蹴り倒す音がした。ビニール越しの視界で、ブチャラティの足を掴んだ女が笑いながら血を流して倒れている。

「コメ、バ?」
「……はい、すみません」

以前にも一度聞いたことのある言葉に、情けなさがとぐろを巻いてブチャラティの頭の上にずしんと降る。見下ろしたナマエは先程と違い、布を外してガスマスクのようなものをつけていた。おそらく、ブチャラティにつけられたものも同じものだ。いつ装着されたのか、感触もなかったがそれが一流の暗殺者の手腕なのだろう。殺しも満足に出来ない俺は、三流以下の人間だ。父の仇を討つと豪語したくせに、こんな小さな子供に自尊心を守られた。

清涼とは言えないが、麻薬の煙に比べれば排気ガスの匂いの方がマシだ。車に乗りこみ、汗だくの上着を脱いだ。後部座席に座るナマエは血のついた靴を脱ぎ捨てている。

「ナマエさん」

ちらりと目線だけが寄越され、ミラー越しに目が合った。

「どうして、俺が殺さなければならなかったのに」
「出来なかった」
「そうですけど、でも!」
「帰れなくなる」

口の中がカラカラに乾いていて、むしろ良かったと思う。おええと嘔吐き目を閉じた裏にあった、もう二度と帰れない故郷の海は、幻だからこそ美しく恐ろしかった。

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