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夕方の公園は子供に紛れて標的を監視しやすい。木を隠すなら森の中、子供を隠すなら子供の中だ。おそらく今頃標的のお仲間にメローネが種を植え付けているだろうから、大人しくベイビィ・フェイスが生まれ成長するまでベンチで待機中。子供たちはきゃっきゃと遊び、親は井戸端会議をしている。日本でもイタリアでもあまり変わらないらしい。

「アンネッタ?」

少し湿った風に雨が降ると予想しながら合図を待っていると、目の前で女性が立ち止まり、私を見てそう言った。

「あ、アンネッタ、アンネッタよね?」

今座っているベンチの辺りを見回すが、人はあまりいない。斜め後ろで日向ぼっこしてるおじいちゃくらいだろうか。女性は手を口に当て、わなわなと震えている。目からほろりと涙がこぼれ落ち、青い瞳が充血していく。

「アンネッタ、ああ……!」
「No.」
「……え?」
「ノントッカーレ。私はアンネッタじゃない」

私の手を握ろうとする細い手を避けて、首を振る。そもそも誰だ。うそよ、と震える声に、もう一度首を振った。人違いです。しかし、女性はなおも言う。

「あなたはアンネッタ、そうでしょう?混乱しているのだわ、ねえ、昔みたいにお母さんと、呼んで……」
「ちがう」
「アンネッタ!」
「さわるな」

話の通じない人だな。伸ばしてきた手を避けるためベンチから飛び退き、後退する。女性は私に避けられた手を見つめ、そしてまた涙をこぼす。アンネッタ、アンネッタと連呼する様子は気狂いのようだ。明らかに西洋の彫りの深い顔立ちだけど、母娘を主張するのであれば私が純アジア系の説明がつかないだろう。何かの事情で子を亡くし気が狂っているのか、私を狙ってきたかのどちらかだろうか。念の為ゲンさんは出さないようにして、周辺を警戒する。

「お父さんに酷い目にあわされたんでしょう、全部私のせいだわ、ごめんなさい……でも、私はずっとあなたを探していたわ。ああ愛するアンネッタ、私の天使」

一体何を言っているのか。ヤクでもやっているのか。ちょうど良く、向かいのアパートの窓で反射鏡がキラリと光った。準備完了の合図だ。今回の仕事は暗殺よりも情報を取ることが優先されている。このままベイビィ・フェイスを泳がせ標的周辺を炙り出すのが望ましい、が……持ち場を離れるわけにはいかない。ちらりと未だフラフラと近づいてこようとする女性から一定の距離を保ちつつ、思案する。そして、トントンと後ろから肩を叩かれた。私の背後に気配はない、が──ゲンさん、もしあの女性がスタンド使いだったらどうするつもりなんだ。目だけで後ろを見る。そして、私は目を見開いた。そこにいたのは、ゲンさんではなく、ゲンさんの姿をしたピエロの人形だった。その人形が、私の肩に座るように置かれている。木製の指がチャリ、と動いた。これは……ゲンさん、で、いいの、か?首を傾げると、人形もまた首を傾げた。ゲンさんで間違いない。こんなことも出来たのか。
ゲンさんは、ひょい、と細い指を持ち上げると、くるりと宙で回した。すると、一瞬のうちにその指先に小さな鳥が現れる。同時に、私の視界が”増えた”。鳥とリンクしたのだ。スタンドの小鳥はパタパタと飛び、標的の近くの木に止まった。私の視界の端に常に標的の姿が映る。……なるほど、ここは逃げた方が良いということか。私は片手を上げて窓に合図をすると、すぐにその場から走り出した。

「アンネッタ、アンネッターー!」

声が追いかけてきたのは、公園の周辺を三回ほど廻り、埒が明かないため建物の影に滑り込んで息を潜めるまでだった。見つけられない私を諦めた女性は「Bastard!」と舌打ちをして道路のゴミ箱を蹴り倒し去っていった。私を狙うのに随分良い女優を雇ったらしい。どこの誰だろうか。逃げているうちに消えたゲンさんに心の中でお礼を言う。標的が逃げないうちに、と立ち上がろうとすると、人の気配がしてしばし動くのをやめた。私は今建物と建物の間の道でもない場所にいる。気配を探りつつ後退して、裏の路地へ出ることにした。匂いと音で路地の状態を確認する。あっ、と身を隠す前にふわりと香水のような柑橘系の匂いがして、私を影が覆った。

「子供?お前、こんなところで何してるんだ」

血や刃物を含む鉄の匂いはしない。リュックを肩にかけた短髪の青年が道を通ろうとし、私を見て立ち止まった。そして目線を合わせるようにかがむ。黄色味かかった色素の薄い瞳をじっと見つめる。

「迷子か?なんでんなとこから……ああ、向こうには公園があったな。かくれんぼでもしてたのか?」

ただ黙っていると、青年は困ったように頬を掻き、アー……と言葉を探す。友達が待ってんだろ?早く戻りな。ぶっきらぼうな言い方だが、私は頷くと青年の横を走り抜けた。

「あっ……危ねーな、気をつけろよ!」

無駄に時間を食ってしまった。さて、小鳥はまだ壊れていない。メローネはベイビィ・スタンドを問題なく稼働させているだろうか。早く戻らねば。始末書は書きたくないというか、書けないから避けるべきだ。いつの間にか出現していたゲンさん人形が、私の肩で同意するようにカタリと頷いた。

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