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地下の賭場、なんていかにもギャングという雰囲気だ。所謂大人の世界というやつだろう。腹の出たおっさん共の上に乗っかる綺麗なお姉さんたちに、私もいつかああなるんだろうかと将来を考えてしまった。しかしアジア人はああいう体型にはならないだろうから悲しいかな、私に似合うのはこういう煌びやかなところではなく場末といったほうだろう。頭の中で考えていたことが筒抜けなのかわからないが、ゲンさんがめっ!と言うような顔で私と鏡の間に入り込んできた。最近ゲンさんは自我が激しいようで、こういうことがたまにある。あとよくわからないけどギアッチョに告げ口のようなことをする。ギアッチョも相手をするものだから、家の中に私の味方がいない気分だ。ギアッチョがスタンドに耳を貸すほど律儀だったとは知らなかった。

「何してる」

後ろから声がかけられる。少し掠れた、声変わりの途中の声は少し苦しそうに話している。振り向くと、イルーゾォは怪訝そうに鏡越しに外を見る私を見ていた。そう、ここは鏡の中、イルーゾォのマン・イン・ザ・ミラーの世界だ。
今回の仕事は地下の賭場にいる詐欺師の暗殺、と道中に詳しく情報を教えてくれたのは他でもない、今回のペアの相手のイルーゾォだ。彼は真面目なようで、この場所の見取り図と標的のプロフィールを見目から経歴まで詳しく情報共有をしてくれた。まあ、半分くらいは何を言っているのかよくわからなかったけど。イタリア語はわかるようになってきたと思っていたが、私のわかる範囲のものにイルーゾォの言葉は入っていない。つまり、彼はおそらく基本的に”とても綺麗なイタリア語”を話しているのだと思う。私が覚えた環境になかった言葉たちだから、わからないのも当然だ、と誰ともなく言い訳をして飲み込む。

「顔出すなよ、スタンド使い相手には見えるから」

こくりと頷き、”向こう”から見えない死角へ移動する。人が多い場所では私の姿は紛れるので使いやすいが、所謂大人の場では使いにくい。スタンド能力を考えるとリーダーやホルマジオが使いやすいが、如何せん距離がある。リーダーのスタンドは未だ成長中で、使用範囲が小さいらしい。そしてホルマジオのリトル・フィートは時間がかかる。こっちも成長中で、時間は日々早まっている、とホルマジオは主張していたが実際のところどうなのかわからない。スタンドの成長なんて初めて聞いた。ゲンさんも日々成長しているのだろうか、背丈とか。同じ目線のゲンさんは不思議そうに首を傾げた。まあ、そういうわけで私が選ばれたのだった。だからペアの相手には私の体格を隠すことが出来て、かつ普段は情報戦がほとんどで暗殺はまだ未熟なイルーゾォということらしい。勉強もかねて、ということだ。今回はイルーゾォに殺らすことが目的だから、私は準備を整えてやれとリーダーから言われている。ぶちゃらてぃのときはちゃんと出来なかった教育係らしい仕事だ、実はちょっとわくわくしている。イルーゾォの教育係は私じゃないけど。
死角から、じっと出入り口を注視して標的がいつ来るか待つ。イルーゾォは予定ではあと何時間で〜って言ってたけど、操作員がいるわけじゃないから時間通りとは限らない。待っている私の横で、彼は暇だと鏡の向こうのバーからペリエを勝手に拝借したようだが、バレないように気をつけて欲しい。私は鏡の中じゃ上手く逃げられないし、スタンドの中でどう動いていいのかわからないし、もし外に出てしまったら全員口封じ対象になるから少々面倒だ。……イルーゾォ自身もどう動くかわからないのが一番面倒だなあ。

「なあ」

瓶から口を離したイルーゾォを一瞬見て、また出入り口を見た。大きな胸のお姉さんが1人だ。ひゅー、と囃し立てる口笛をゲンさんが真似しようとしたが、しゅーと音にならなかった。

「お前、もう身体大丈夫なのか」

身体。それはもしや、前の風邪のことだろうか。こくりと頷いた。あれは、ちょっと油断してただけだ。自分の身体に油断してしまったんだ。風邪なんて引くと思わなかったから。私の身体は少し緩んでしまったらしい。

「……ギアッチョとはそれなりに交流あるつもりだけど、ギアッチョのあんな姿初めて見た。あいついつもキレててやべえ奴だと思ってたけど案外普通の人間なんだな」

あんな姿とはどんな姿だろう。リーダーの言ってた、心配する姿かな。そんなに言われるほどの姿をしてたんだろうか。ギアッチョが? ……全く想像がつかない。ぽそりと言われた普通の人間という言葉には頷いた。彼はメシマズだし、キレイ好きだし、オレンジジュースが好きだ。オレンジジュースはよく冷蔵庫に入ってるから確かな情報。ゲンさんが勝手に飲んじゃうことも多いけど、無くなる度に補充されてるし。きっと今日も帰ったら冷蔵庫に入ってることだろう。
また誰かが賭場に入ってきた。……ああ、あれが標的だ。すっと立って、死角ギリギリの場所まで顔を出し周囲を確認する。

「ナマエ?」

しー、黙ってください。口元に人差し指を立てると、ゲンさんが真似をして、それを見たイルーゾォも黙って私の真似をした。どこがいいかな、と一通り見たあと、スロット横に置いてある、土にタバコの吸殻がちょいちょい投げ捨てられてあった観葉植物の影に”人間の男”を造る。この前と同じ見た目でいいか。バレてもいいようにお仲間っぽい装いをさせておこう。イルーゾォの袖を引き、造った人間を指さした。

「あれが、標的に接触したら”許可”を」
「……わかった」

神妙に頷いたイルーゾォに頷き返し、男を動かして標的に接触させる。肩をとんとん。標的は振り返るが不思議そうにするだけで、男に話しかける様子はない。気づいていない、スタンド使いではないということだ。ゴー。イルーゾォは元気よく「マン・イン・ザ・ミラー、デメトリオ・ビッサを許可するッ!」と言い、デメトリオ・ビッサ、今回の標的をこちらへ呼んだ。

「……なんだ? なんなんだ!? お前たちは、アッ、ギッ、ギャアアアア」

慌てる標的の腱をすぐさま切りつけ、ゲンさんが出したロープで迅速に縛り床に転がす。鏡の向こうでは突然消えたビッサに困惑する女の声しか聞こえない、この喧騒の中では些細なものだ。これで私の仕事はほぼ終了だ。イルーゾォを見上げると、彼は眉間に皺を寄せて、唇を噛んでいた。

「わかってる、わかってんだよ、そんな目で見るな」

いつもと変わらない表情のはずだけど、イルーゾォは私の目から逃れるように手のひらをこちらに向けた。仕方ない、黙って視線を逸らす。私はイルーゾォが無事殺せるまで大人しく待った。待って待って待ち続け、だんだん静かになっていくビッサの様子で時間を計った。このまま失血死だと私が殺したことになってしまう、せめて一刺しくらいやってもらわなければ。イルーゾォがやったことにしてもいいが、イルーゾォは一生そのことを気にしそうだ。

やがて、ビッサが小さく「……ころしてくれ」と懇願したところでイルーゾォが首をこきりと折った。息が途絶えたのを確認し、遺体を裏のゴミ置き場へ持っていった。時間がかかったが任務は完了だ。イルーゾォは、懇願させてから殺すタイプなのかもしれない。難儀な性格だなあ、とビッサが死んでから黙り続ける、前髪の長い彼を見た。

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