18

アジトに流れていたラジオの天気予報では今日は快晴、明日も快晴と言っていた。が、しかし、ざあざあと降る雨は皮膚に痛いほど大粒で、雷がごうごうと鳴り地を揺らす。
大通り沿いのカフェの軒下で、目を閉じてじっと耳を澄ます。私の視界は今、ゲンさんの視界とリンクしていた。正確には、ゲンさんが造った”人間”の視界。映っているのは、私が今雨宿り場所に借りているカフェの中だ。バックヤードの入口で店員の女性に絡む迷惑な客を見据える。ハゲ頭の訛りの強いイタリア語、首の後ろの十字架のタトゥーが目印。いつもなら勘でいっていたが、私はついに新たなスタンド能力を発見した。
私には教養がないし、言葉さえままならないが、それは全て私の話だ。ならば、私じゃない”人間”を造ればいいのだ。イタリア語が話せて、頭のいい人間。ふわっとした想像でも、ゲンさんは私が求めているものを造ってくれた。だから今テラス側の席に座って新聞を読んでいる中年男性は、ゲンさんが造った駒だ。ゲンさんは本当になんでも出来る。スタンドはよくわからないけど、すごい存在があるものだ。当人は、作品の出来に満足したのか、出来上がりを見て満足気に頷いた後に消えてしまった。ゲンさんは最近自我が激しく、そのうちいなくなってしまう気がする。その未来を想像するだけで一抹の寂しさを感じ、ため息を吐いた。
風が吹き、屋根の意味も虚しく雨が当たる。冷たい温度にキリキリと五感が研ぎ澄まされていく。ハゲ頭はなかなか頷かない女性店員に怒鳴り出した。気の弱そうな店主が出てきて謝りだす。女性店員は泣きそうな顔をしていて、同情する訳では無いが私も見ていて気持ちの良い光景じゃなかった。いいや、やってしまえ。
店内の悲鳴は雨音にかき消され外までは聞こえない。こちらも造った”人間”を消せばもう終わりだ。私も音を立てずに軒先から移動する。えーと、ここが大通りだから、帰るには、こっちかな。



ガチャンと音を立てて、私が手をかける前にドアが開いた。ギアッチョが私を見下ろしていて、赤いふちの眼鏡が逆光で光っていた。チッと挨拶代わりの舌打ちがひとつ。気づけば私はいつかのように、ギアッチョの肩にそのまま担がれていた。

「……ギアッチョ?」
「うるせえ、遅え、黙れ」

言われた通り黙って運ばれた先は、これまたいつかよろしくのバスタブの中だった。とりあえず靴を脱いで、ギアッチョの顔を見る。ギアッチョは既に準備万端だった。…………デジャヴだ。しかし、私にだって羞恥心くらいある。今の年齢はわからないが、女の子は女の子だ。たとえ店の中でハゲ頭を貫通させたとしても、裸の羞恥心くらいある。私はじっとギアッチョを見つめた。ギアッチョも私を見る。

「とっとと脱げクソガキ」

クソガキって、身体の大きさだけであんたも似たようなもんじゃん。私はむっと眉間に皺を寄せて睨むように見た。ギアッチョの眉が片方上がる。そして、シャワーのコックが捻られた。驚き、つるりと滑って尻もちをつく。痛い。まだ冷たいシャワーに体温がどんどん冷えていき、服はぐっしょりと、雨の重みにプラスされ更に重たくなっていく。ギアッチョの両手が伸びてきて、私の服を引っ張った。すっぽりと抜けたシャツが無造作に床に落とされる。

「大人しくしてろ病み上がり」

コンバルシェンツァ、聞きなれない言葉に首を傾げる。ギアッチョは何も言わなかった。石鹸を泡立てたタオルで体を洗われ、シャンプーで頭をもこもこにされる。シャワーからは湯気が上り、バスタブの中が温かくサウナのようになってくる。ぼうっと排水溝に流れていく泡を見つめて、目頭がだんだん熱くなっていく。不思議だ。

「おい目に入っ……ハァ!!??」

ギアッチョが大きく目を見開いて、大きな声を出す。アジトで大きな声を出されて以来、久々に聞いた。おそるおそる、といった具合でギアッチョの手が私の頬に触れた。目元をかさついた手でなぞられて、ギアッチョの顔を窺い見ると、ギアッチョは酷く驚いた顔できゅっと眉を寄せていた。どうしてそんな顔をするのか、わからなかった。だんだん滲んでぼやけていく視界は単に湯気のせいだと思っていた。でも、つんと痛む鼻や、ひくりと鳴り揺れる横隔膜に私自身が驚いた。長らく無かった感覚だ。不要だったものだ。こちらに来てから、いつの間にか別れてしまったものだ。認識してしまうと、もうダメだった。 次々と溢れてくる涙を止められなかった。これはいけないものな気がして、止めようと目元を擦ったら、手にはまだ少し泡が残っていて目が痛み更に悪化した。痛いし、なんだか胸が苦しいし、でもゲンさんは出てきてくれなかった。必死で擦っても涙は止まらず、どんどん喉が鳴る。半分パニック状態だった私の手を止めたは、やっぱりギアッチョだった。
温かいを超えて少し熱いシャワーを私の頭からぶっかけてくる。泡が流れていき、私の涙も共に流れる。綺麗に流れたのを確認して、ギアッチョはなにも言わず私をタオルで包んだ。ガシガシと乱暴に拭かれて、止まらぬ涙も一緒に拭かれた。最後に髪の毛を拭いたら、そのままタオルで包まれ持ち上げられる。そのまま居間へ連れていかれ、大きなTシャツを着せられる。これはおそらく元々ギアッチョの服で、今は私の寝間着として定着してきた服だ。洗剤のごわごわとした肌触りが懐かしく感じた。アジトで着せられていた服はもっと柔らかいものだったから。ソファに下ろされても尚、私の涙は止まらなかった。やっぱり擦っても擦っても止まらない。ふぐふぐと詰まる息がうるさい。顔全体が熱いのだ。熱は下がったのに、ぶり返したみたいに。

「いつまで泣いてんだよ!わかんねえわクソッ!」

ギアッチョの声に体が驚いたように跳ねる。まるで私がビビってるようだ。そんなことないのに、敏感に反応してしまう。そして、ギアッチョの舌打ちと共に私の体が持ち上げられた。
この浮遊感を私は知っている。ついこの間、ホルマジオがしてきた抱っこと同じものだ。

「は、はなして」
「……うるせえ!大人しくしてろ!」

ぎゅううと力強く身体を押し付けられる。これではまるで、抱きしめられているようだ。ギアッチョの胸あたりがだんだん濡れていく。私の涙が止まる気配がない。ぐすりと鼻が鳴る。指先が震えて、ぎゅっとギアッチョのTシャツを握ったのは無意識だった。
何故ギアッチョがこんなことをするのか。わからない。何故こんなことになっているのか。わからない。わからないことだらけで、涙の熱か、ぶり返したかもしれない熱か、羞恥か、どれともわからぬ熱のせいでふやけたような頭はぼうっとしてきて、だんだん闇に溶けていった。

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