13

朝、いつも通りの時間にアジトへ行くと「ポルポが呼んでいる」とリーダーに言われ、どうせ仕事はないようだったからそのままデブのところへ行くと、扉を開けたら真っ先にぶん殴られてしまった。いや、部屋に入るタイミングが悪かったのだろう、本来ならばドアのすぐ隣にいた人を殴る予定だったらしいデブは、私が吹っ飛んだのを見て「邪魔をするなァ!」と倒れた私を蹴ってきたのだから。本来殴られるはずだった人は驚き私を見ていた。朝から間違えて殴られ蹴られるだなんてツイていない。私がツイている日は今までにあったかと考えると、特に思いつきはしないが。
デブは本来殴るはずだった人をちゃんと殴りなおして、丁度いい、と私にビスケットを渡し座れと言った。ちゃんと殴られた人はドアの手前に立ったまま、黙ってソファに座る私を驚くように見ていたが、その視線を気にせず素朴なビスケットにかじりつき話を聞く。

「ナマエ、お前は良い子だ。良い子には褒美をやらねばならない、そう思わないか?」

デブが妙な問いをする。黙って聞いていると、デブは満足したように頷き、「それを教育してやりなさい」と顎をやった。行先はドアの手前に立っている人だろう。なんの教育をすればいいんだろう、教育なら私がボルサリーノのおじさんに入れられた施設へあの人も入れればいいんじゃないの。それとも、デブはあの人を私につけることが私への褒美だと思っているんだろうか。だとしたらいらないものだ。私は首を振った。

「何ィ?嫌なのか?生意気にも私の命令を断るのかね?」
「いらない」
「そうつれないことを言うんじゃあない。そいつは何も出来ない奴でな、使えるようにしてほしいんだ。いいだろう?」

もう一度いらない、と言おうとすると、デブに黙れとクラッカーを口に突っ込まれた。水分が欲しいが、もらえないようだ。仕方なく頷き、後ろの人を見る。

「ナマエは自己紹介をしろと言っているらしい」
「は、はい。…ブローノ・ブチャラティです、よろしくお願いします!」
「ナマエ」
「……それだけかね?」
「……ナマエ・ミョウジ」

ぶちゃらてぃ、というらしい。発音が難しい名前をしている、ちゃんと呼べるか心配だが、おそらく呼ぶことはなさそうだ。おかっぱ頭が特徴的なぶちゃらてぃに私も名前を言うと、デブに文句を言われたので名字もつける。しかし違ったらしい、デブは鼻を鳴らして「まあいい、行け」と私に書類を投げて退出を促した。黙って部屋を出ると、ぶちゃらてぃもついてくる。今回は指示がないらしい、さてどうしようと廊下で歩きながら書類を見るが、顔写真さえなく文字ばかりで読めないそれに悩む。そこで気付いた。そういうことか、丁度いい。書類をそのままぶちゃらてぃに渡すと、ぶちゃらてぃは困惑したように「えっ」と言う。イタリア人だし、読めるだろう。
建物を出ようと廊下を進むと、ぶちゃらてぃは慌てたようについてきた。「俺が、やれ…ということか?」と小さなつぶやきが聞こえてきた。別にやってくれるならそれでいい。そっちの方が楽だし、そう考えたところでぶちゃらてぃにやってもらったら報酬が出ないかもしれないことに気付いた。それは嫌だ。こっちも生活が懸かっている、困る。ただでさえ一昨日からギアッチョが家に帰って来なくなって、よくわからないがおそらく水道代あたりの請求書が来ているのに。

「どこ」
「……え?」
「どこ」

建物の玄関あたりでふいに問うと、ぶちゃらてぃは呆気にとられた後に急いで書類を捲っていく。「……通りの名前と、時間しかない」と、ぽつりとぶちゃらてぃが言う。振り返って見つめると、ぶちゃらてぃはごくりと生唾を飲み込んでその通りの名前と時間を言った。……夜か、どうしよう。今は朝だ、時間はかなりある。仕方なく先にその通りに行こうとするが、残念ながら私はその通りを知らない。というか、大体の通りを知らない。ぶちゃらてぃは知っているだろうか。外へ出てから彼を見上げると、ぶちゃらてぃは困惑したように私と見つめ合う。

「どこ」
「……もしかして、」
「どこ」
「やはり……、こっちです」

言いにくそうに敬語を使われ、今度は私がぶちゃらてぃについていく。タクシーに乗り込みサッと到着したことに感動した。今までの苦労はなんだったんだ。そうか、タクシーを使えばいいのか。でも場所がわからない。……ぶちゃらてぃをつけてくれたデブに初めて感謝をした。
書類に書いてあった時間にターゲットが通るということだ。顔写真もないためわからないが、その時間に来た人を片っ端から殺してしまえばいいだろう。私は通りのベンチに座った。隣にぶちゃらてぃが座る。今日はいい天気だなあ。
1時間ほど経った頃だろうか。ぶちゃらてぃが困惑気味に聞いて来た。

「…あの、ずっとここに?」

ぶちゃらてぃを見ると、彼は戸惑った様子で私を見ていた。いつもならもっと時間がかかってるから、やることがないのだ。どうしよう、でもぶちゃらてぃをアジトに連れていくわけにはいかないし。私も暇の潰し方を知らないから、どうすればいいんだろう、ぶちゃらてぃはなにかしたいことがあるのかもしれない。好きにしていいよ、という思いを込めて手を振ると、ぶちゃらてぃは目を見開いた。

「な、なにか気に障ったのならば謝ります!申し訳ありません!」
「? ……ちがう」

頭を下げられ、困惑気味に否定すると、ぶちゃらてぃは恐る恐る顔を上げた。なんで謝られたんだろう。その体が強張っている様子なのを見て、私に殺されると思ったのかもしれない、と見当をつける。別に、こんな程度で殺すほど殺人鬼のつもりなんてないのに。

この日、結局私はびくびくするぶちゃらてぃと一緒に時間までベンチに座り、時間になって通った男をサクッと殺して帰った。ぶちゃらてぃの前ではゲンさんは使えない、が、ゲンさんにやってもらうまでもなかったし、帰りはぶちゃらてぃについていったら知ってる通りに着いたのでそのまま帰れた。いいなあぶちゃらてぃ、案内人としてずっといてほしい。
そしてその夜もギアッチョは帰って来なかった。

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