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また今日も仕事がなかった。しかし仕事がなくともリーダーは変わらず書類に忙しそうだ。リーダーが書類をガリガリやっているところをぼうっと見つめて1日が終わった。途中メローネとギアッチョが来て、ギアッチョは仕事がないことを知ると舌打ちをしてどこかへ行った。いや、あれは仕事がないことに対してではなく、まとわりつくメローネに対してだろう。それからメローネがリーダーにちょっかいを出して、そしてたまたま寄ったというホルマジオに連れていかれていった。そのくらいだ。
今日は天気がいい。あまり寒くない風が芝生を揺らした。よく来ているはずなのに時間帯は把握していないスプリンクラーが作動して、葉っぱに水を注いでいた。サクリ、芝生に足を踏み入れたとき、そういえば、と思い出す。ポケットに手を突っ込んで、冷たい金属を取り出す。私の掌の中に収まる小さな鍵を見つめて、胸の中がもやもやとした。

なぜ、ギアッチョはこれを私に渡したのか。
ここ数日、どうしてギアッチョは私に親切に寝床や食事をくれたのか。疑問がたくさんある。この鍵は、たぶん、あの家の鍵だろうけど、それを私に渡してどうするとか。もやもやする。もし、もしも、そう、仮定の話だ、もしもギアッチョがこの鍵を使って入ってこい、ひいては帰ってこい、なんて意味だったのなら。ああ、いや、違う、そんなはずはない。そんなはずは、ない、と、おもう。その場にしゃがみこみ、掌の中で鍵を遊ぶ。私はいつからこんな都合のいい考え方をするようになったんだろう。思い返してみると、私はボルサリーノのおじさん以外と接した記憶は大して残っていない気がするのだ。きっとたくさんの人に親切にしてもらい殴られたんだと思うが、ギアッチョがその中のひとりとなるとは思いもしなかったし、こんなことになるなんて思わなかった。食事はデブが奢ってくれる、そちらの方が断然美味しいというのに、ギアッチョの不味い手料理だってクソみたいなものだが、それでも満たされる感覚はあった。不思議なもので、胸焼けをそれと勘違いしているのかもしれないが、あまりそうとも思えないし、それに、ベッドもソファも、いつも通り浅かったがよく寝れた。……いや、これもちがう、最初の夜と失敗した夜は深くすっかり眠ったのだ、無防備にも。──私は一体何を考えているんだ。
希望を持とうとしているような自分の考えに呆然とした。つまり、私は、ギアッチョを信じたいのか。信じてるさ、仲間だ、いつ殺し殺されるかわからないが仲間だ、というのに、違う意味で私は彼を信じようとしている?
そうハッとしたとき、途端に手の中の鍵が重く感じた。金属の冷たさが痛みを出した。どうしてだ。たった数日だけでこんなにも絆されたのか。ギアッチョ、恐ろしい人だ。それともこれが吊り橋効果というやつか。昨日の傷か?それとも公園での生活か?あれくらいで吊り橋なんていったら私の過去は一体どうなる。
どちらにせよ、私の考えが危ういというのはわかる。わかるが、わかってはいるが、私の足は何故か公園から出ていくし、捨ててしまえばいいのに、鍵はしっかりと手の中に握られている。恐ろしい、恐ろしい、ひやりと背中に汗が伝う。あっという間にギアッチョの住むアパートに着いてしまった。トン、トン、とゆっくり階段を上がる。スタンドに操られているのかもしれない、と思ったが、止まろうと思えば足は止まる。紛れもなく、私が、私自身でここに来たということだ。

ギアッチョの部屋の灯りはついていた。すでに帰宅している。ドアノブに手をかけてから数分、もっとかもしれないが、私は迷った。おそらくギアッチョには気配で全てバレているが、彼が何かアクションを起こさないということは、私はきっと試されているのだろう。開けるか、開けないか。たとえ開けたとして、大したことはない。開けなくとも、鍵をポストに入れて公園へ戻ればいいだけだ、大したことは何もない。というのに、私は迷っている。今ここで選択肢を間違えてはいけないと本能が告げる。じっとりと手に汗を握った。ドアノブが異様に冷たく感じ、指先がじんじん熱を持つ。ギアッチョは怖いがいい人だ、それはもう知っている。いい人じゃないのかもしれないけど、私にとってはボルサリーノのおじさんもいい人で、ギアッチョもいい人だ。
私は彼に甘えていいのか。私は自分の足で立てないのか。このまま公園で暮らして、いつ来るかわからない仕事で生計を立てて、そのうち恨まれて殺される、容易に想像のつく未来だってある。ここでギアッチョを選んで、私はこの先どうなるんだろうか。私もギアッチョも近いうちに死んでもおかしくない、誰かに世話になって少しの間宿をもらうのならあのデブだっていいはずだ、むしろあちらの方が裕福だし、美味しいものはあるし、多少の暴力と理不尽を我慢すればいいだけだ、ギアッチョにはおそらく金も美味しいものもない。そう思っていても、私の足は動かないし、手は意思を勝手に持ったように動く。ドアノブとはまた違った小さな金属の冷たさは大したことはないのに、しもやけが出来そうだと思った。いい加減決めろとゲンさんが急かして動いているのかもしれない、そう責任転嫁しようとして、しかし今の私の視界は全くブレないことをしっかり身でわかっているから、しようにも出来ずにただ勝手に動く身体に泣きそうになった。
私は、何を求めているんだろう。

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