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嬉しいことよりも嫌なことの方が記憶に残りやすい、というのは間違っていないと思う今日この頃。嫌なことが多いホグワーツライフだとは常々思っているが、嫌なことの中でも最近では頂点に居続けているのはそう、DADAだ。やっぱりDADA。みんなもわかってただろうけどDADAです。だだだーっ。

「今日は、服従の呪文に対抗できるように貴様らを鍛え上げることにした。そこに一列に並べ」

宿題の量にげんなりしながら入ったDADAの授業で、油断大敵おじさん先生はそう言い放ち杖を持つ。冗談でしょ?と最初は笑ったが、どうやらマジらしい。クラスメイトが次々と踊ったり逆立ちしたりしていくのを見て血の気が引いた。すんげえ怖い。この人違法のものを生徒相手に使うのかよ。授業の一貫でもそれは無しだろ。あとなんで違法なものを堂々と使うんだよ。やべえおじさんだ…。

「次は貴様だ」
「……マジでやるんすか?」
「インペリオ!」

恐る恐る枠の中に立つと、やべえおじさん先生は容赦なく魔法を撃ってきた。少しは返事して。魔法が当たり、うぐ、と胸が詰まるような心地がした。

(ナイフを持て)
気分がふわふわして、お酒を飲んだときのような心地よさがあった。胸の中にパンパンに幸せを詰め込んだような、芋焼酎をカッと飲んだときのような脳内の浮遊感と微睡みに身を包まれる。指先がじんわりと熱を持った。
(ナイフを持て、ナイフを持つんだ)
足が意識の中無意識に動く。手が机の上のナイフを取った。意識があるのに勝手に動くのは、まるで学期初めによく経験するその感じがした。
(どこでもいい、身体のどこかを切れ)
ナイフのよく研がれた先が私の腕を薄くなぞる。痛みは感じない。しかし、私の身体はなにかに反応していた。ぼやける視界の中、ぷちりと赤が流れていく。いつか見た赤だ。
(刺せ、深くだ、深く己を刺せ)
ああ、そうだ、いつか見た赤だ、鉄の匂い、痺れるように痛む傷、私に覆いかぶさったそれからびしゃりと血が滴って、どうして────…………どう、し、て?


「きゃあああ!」

「ナマエ!ナマエ!落ち着いて!!」

気づくと手は血まみれだった。視界は明瞭で、意識がさっぱりとしている。冷たい赤い水滴が熱を持つ皮膚の上を滑っていく感覚に背筋がゾッと粟立つ。
いくつも線がつきそこから血が滴る掌はキリキリと痛み、逆に手の甲側はジンジンと痛んで赤く腫れて、少量の血がついていた。

「素晴らしい……素晴らしいぞナマエ・ミョウジ!」

ハッと顔を上げると、鼻血を垂らしたやべえおじさん先生が、爛々と光る目で私を見ていた。口元は嬉しそうに愉快そうに歪み、義眼はぎろぎろと動きながらも私から目を離さない。
ひゅっと息を飲んだ。

「な、なに、なにが、」
「大丈夫だよナマエ、大丈夫、医務室へ行こう」
「役に立つかわからないけれど、これ止血に握っていなさい」
「まって、なにが、なにがおきたの」

私を隠すように、あるいは私からやべえおじさん先生を隠すようにハーミーが立ち私の手にラベンダー色の綺麗なハンカチを巻く。背中に手を添え、私の手をしっかりと優しく握りハリーが引っ張る。呆然としたまま、騒がしい教室から静かな廊下に出た。

「ナマエ、早く行こう、マダムがすぐに治してくれるよ」
「……ハリー」
「大丈夫だよ」

私を落ち着かせるように背中をさすられながら階段を降りる。飲み込めないまままた手を見ると、ハーミーのラベンダー色は私の血を吸いほぼ真っ黒くなっていた。
大丈夫だとハリーが繰り返す。なにが、一体何が大丈夫なんだろう。私は一体なにをしたんだ?やべえおじさんはなにをした?
答えがぐるぐると脳内を逃げていく。追いかける間に医務室へ着いた。マダムポンフリーが目尻を釣り上げ、私の処置をしていく。

「一体どうしたらこんなことになるんですか!」
「……わからない」
「わからないわけないでしょう、こんな酷い傷、わかっていますか、あなたは女の子なんですよ!」
「でも、」
「いいです!ミスターポッターに聞きましょう」

はくはくとものを言えないまま元ラベンダー色は銀のトレーに置かれ、私の手にはアルコールのにおいがする白い包帯が巻かれ、手の甲には湿布が貼られる。消毒液のせいか、ビリビリと傷口が痛み、アルコールと湿布の匂いが混ざって酔いそうだった。
そこに、黄緑色の薬が加わる。匂いは甘ったるい。気分は良くなかった。

「お飲みなさい」
「………」
「ミスミョウジ」
「……はあい」

マグカップを持つと、傷がさらに痛んだ。こそこそとマダムとハリーが話している。薬は舌先でどろりと溜まり、飲み込むのに唾液が大量に分泌される。喉がねっとりと熱を持った。吐き気がする。それもまた薬で飲み落とした。そんな調子でちびちびと飲んでいると、マダムはマクゴナガル先生を呼んできます、と医務室を出ていく。隣にハリーがそっと座った。マグカップの中を見て、うっと眉を寄せる。

「……ナマエ」
「ついさっきのことだけど、よく覚えてないんだ。何があったの」
「………授業で、服従の呪文をかけられたんだよ」
「私は、何をしたの」
「その……初めは呪文にかかってペーパーナイフを持ったんだ。それで、腕を傷つけた。──その時点で止めればよかったんだ、ごめん」
「いいから」
「……うん。ナマエはナイフを振り上げて、まるで腕を切り落とそうとしてたように見えたんだ。でももう片方の手でナイフの先を握った。抗うようにだよ、何度も振り上げては握って、それで、勝ったようにナイフを放り投げたんだ」
「………それから?」
「それから、ナマエは、ムーディの胸ぐらを掴んだ」

私は、やべえおじさんの胸ぐらをつかみ彼の顔をぶん殴ったらしい。当然やべえおじさんは杖を持ってして抵抗しようとしたが、私がその杖を奪い折り曲げ、そしてまたやべえおじさんの顔を殴った、と。手の甲の痛みも鼻血も納得だ。
はああああ……と深いため息を吐いて、マグカップの中身を一気飲みする。気分の悪さは深まった。マグカップをトレーの上におき、片手を額に当てる。もう片方の手は膝の上だが、ハリーに握られた。

「やっちまった──……」
「何を?」
「殴ったんでしょ、これはやばいね、下手すりゃ退学でしょ」
「どうして!?ナマエは何も悪いことしてないよ」

いや、したでしょ。へらりと笑う。もうどうにでもな〜れ!
呪文だとはいえね、教師をね、殴ったのね、おそらくそう指示されたというわけでもないだろう。記憶にないが、もしそうだとしたらあの人は(いろんな意味で)やべえおじさんだ。

「軽くて停学、重くて退学ってとこでしょ。厳重注意で済むとは思えない、杖も折ったんなら尚更ね」
「でも、」
「いいえ、厳重注意でもありませんよ」

扉がぴしゃりと開き、マクゴナガル先生が入ってきた。ぐ、と無意識に拳を握り、それをハリーに解かれる。薬が効いているのか、痛みはあまり感じなくなった。
マクゴナガル先生は包帯が巻かれた私の手を見て悲痛そうに眉を寄せる。

「マダムポンフリーや生徒達から話は既に聞いています。ご安心なさい、あなたは厳重注意も停学もありません。……ムーディ先生は、服従の呪文を破ったグリフィンドールに5点加点しました」

ひええ、なにそれこっわ!ぱかりと驚きから口が開く。殴られて杖を折られて加点かよ。正気か?マジで言ってる?信じられん。

「ポッター、お出なさい」
「えっ?どうしてですか先生」
「ミスミョウジと話があります。ムーディ先生は残りの生徒も見ると、お行きなさい」
「でも先生、僕は、…………わかりました。ナマエ、またあとでね」

マクゴナガル先生の表情に押され、ハリーはちらちらとこちらを気にしながら医務室を出ていく。ひらりと手を振り挨拶をした。医務室の中には、私とマクゴナガル先生の2人だけだ。マクゴナガル先生はハリーが座っていた位置へ座ると、真っ直ぐ私を見た。

「ムーディ先生がされたことは、決して許されるものではありません。生徒に服従の呪文をかけ、ましてや傷をつけるようなことを命じるだなんて」
「でも校長先生のご意向だとか」
「確かに!ええ、確かにダンブルドア先生は呪文の危険性をしっかりと教えるよう仰られていましたが──まさか、こんなことになるとは…。ミスミョウジを信頼したと言っていましたが、そんなもの言い訳に過ぎません」
「信頼した?」

やべえおじさんに信頼されるような人間ではないのは私自身が一番わかっていることですけどどういうことっすかね。むしろ、マルフォイくんの件だとかを考えれば大袈裟な表現かもしれないが、恨まれても仕方が無いようなところがある。なのに信頼したって?なんだって?

「あなたならば必ず解けると信じ、他の生徒より強い命令をしたと。結果、確かにあなたは破りました。それは素晴らしいことですが、生徒が怪我をしたことに変わりありません。このことはダンブルドア先生も難色を示されています」
「はあ……」

体のいいことを言われているような気がしてならないが、そういうもんだろうか。いや、別に私も記憶ないとはいえ向こうを殴ってるから文句は言えないんだけど。

「なんで私なら出来ると思ったんすかね」

私の質問に、マクゴナガル先生はため息を吐き教えてくれた。
曰く、私にはその気概があると思っていたらしい。あの大広間で立ち向かったとき、私の目を見てそう確信したとか云々。ホォー。あれはそんなフラグだったんですか。知ってたらマルフォイくん担いでとっとと退散してたわ。
はあ、と私もため息を吐く。手の痛みは完全に感じなくなっていた。

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