08

今日も今日とて超・危険!な飛行訓練のあと、私は一日眠気と空腹と戦っていた。パンピーに箒なんて心許ないものに命を預けろなんて無茶ぶりがひどい。命綱くらいくれ。しかも少し浮いただけでもグラグラして怖かったというのにあの教師ときたら3階の窓付近まで上がれと、もう、アホか!そんな精神的にハラハラするような出来事があったからか普段は平気な夕食の時間からスイッチが切れ始めていた。簡潔に言うと、言葉の認識がよく出来なくなった。
不思議な仕組みだと思う。私もイマイチよくわからない、っていうか意味不明だよな。人類の神秘ってやつ?とりあえず、今まで日本語っぽく聞こえていた言葉が英語になったというか、いやそもそも英語のはずなんだけど…本当不思議だが、その言語のスイッチが切れたのだ。
なのでアリアに色々言われようがサーシャに何かを聞かれようが答えられず、私はとにかく「I don't know.」と「I'm tired.」、そしてお約束の「I don't speaking English.」を繰り返すだけの機械と化した。申し訳ないとは思ってる。しかし聞き取れないしわかんない上に私の英語力はクソレベルだから、本当、ごめん。翌日2人には深く謝った。



「あ゛ー、むり、わかんない、むり」

図書室は私語禁止!と言えども、多少の独り言くらいは許して欲しいというかなんというか。騒ぐの禁止なところを友達と小声でこしょこしょするのが楽しかったりするんだよね。まあ私に友達はいないんだけど、ってここ笑うとこな!
開いていた「サルでもわかる変身術1」を閉じて、放って置くとすぐに端っこがくるんとなってしまうクセの強い紙を抑えるように突っ伏す。何故だ、理論がさっぱり理解できない。なんで!動物が!無機物に変化するんですか!?動物愛護団体からクレームは来ないんですか。そもそも無機物になる時点で動物の命はどこへいくんですか。等価交換どころの話じゃねえっていうな。まあこれ錬金術じゃないけど。

「サルでもわかるってわっかんねーよ…自虐ネタおつ……」

羽ペンのペン回しも結構慣れてきたんだぜ、とクルッファサッを指先で繰り返しながら口を尖らせて、ついでにと片手で黒いインク入れを遠くへ押しやる。零れたら大変だ。というか、ここもよくわからない点だけど、なんで今のご時世で未だにこの方式なんだか。ボールペン。もしくはシャーペンが欲しい。ついでにフ〇クションマーカーも欲しい。言っとくけどこのインクだって無限て訳じゃないんだからなー、お金どっから捻りだすんだよふざけんな!と、若干キレていると、どこからか視線を感じた。なんか見られてる。
あまり不自然じゃない程度に見回す。私は今図書室の結構奥にいるから、滅多に誰かとは会わないのだが――――おっと、いた。バチンッと音が鳴る勢いでガッチリ合った目に瞠若する。しかし、私を見ていた子はパッと棚の陰に隠れてしまった。ちなみにこの棚、でかでかと「館内での悪戯禁止!!」と注意書きが貼ってある。むしろ館内でいたずらしたのはどこのどいつだ。逆にすごい。
隠れてしまった子は一瞬しか見えなかったのでよくわからないが、見覚えは……あったような、なかったような。多分グリフィンドールかスリなんちゃらかなんか黄色いとこか青い寮のどっか。つまりさっぱりわからん。私と目が合ったら隠れてしまったんだから、多分私に用があるんだとは思うんだけど、何も無い可能性もあるし。何もなかった場合はやーいやーい自意識過剰サルめー!ってあだ名が増えること間違いなし。自意識過剰サルて。ううむ、これ以上あだ名が増えるともう何が何やら。

「……あ、あの、」
「およ」

終わるどころか白紙のレポートを片付けて寮へ引き返すべきか、と悩んでいると、なんと隠れてしまった子が声をかけてきた。棚越しに。いや出て来いよ!

「あの、ありがとう」
「…………はい?」
「ぼ、ぼくのお見舞いに来てくれたんでしょう?う、うれしかったから」

おみまい。お見舞いか。そうだな、お見舞い、行ったな――ってことは、この隠れてる子はあの手首の子か。グリフィンドールの。そうそう、私はあの箒から落ちるという、私ならトラウマ級の恐怖を体験した少年のお見舞いに行った。見舞い品を献上した。会ってはないけど、ホグワーツのナイチンゲールさんに預けてきた。何せマネーがないのでメイドインホグワーツ(多分)のキャンディだが、味はしっかり見ているので大丈夫なはずだ。こちらも申し訳ない、許してくれ。全部誘拐犯の所為。
ナイチンゲールさんことマダムポンフリーに聞いたことだが、どうやらあの少年、単に手首を折っただけらしい。単にって言ってたけどぶっちゃけアレは本気で危なかったと思う。むしろ手首だけで済んだ奇跡。下手すりゃマジで死んでたかも知れないし、脊髄損傷で後遺症バリバリとかもありえるんだぜ?それをなんでもなかったかのように、って、魔法界マジ危険。まあ魔法薬の時点で危険だけれどもだな。魔法界で育った子は逞しいんですね…!……なるほど、おお、つまり、うん、私に用か。
ありがとう、なんてしばらく聞いていなかったから、むしろ私がお礼を言われるようなことをするなんてなかったからか、妙に照れくさい。口元に手をやり、こほん、と一つ咳払いをする。

「気にしないで。手首大丈夫だった?」
「う、うん」
「…………」
「…………」

会話終了。揃って無言になった空間は気まずく、手首の子はちらちら私を見ながら口を開いたり閉じたりとパクパクさせている。うん、ごめん、気を遣わせてごめん。自分のコミュ力の無さが情けない。

「え、えっと、ぼく、ネビルっていうんだ。ネビル・ロングボトム……その、」
「ロ、ロングボトムくんね、オーケー。私はナマエ」
「し、知ってる!ナマエは有名だから……」
「……monkeyで?」
「え!?」

私の渾身の自虐の返しに、ロングボトムくんはあう、うううときょどり始めた。

「はは、ごめん、ちょっと意地悪した」
「う、ううん、大丈夫。僕こそ、その」
「いいよいいよ、ぜーんぜん気にしてないから」

へらりと笑って手をひらひら振ると、ロングボトムくんは少し柔らかい顔をした後、すぐにうつむいてしまった。そして一言、「ナマエはすごいね」

「え?」
「ハーマイオニーから聞いたんだ。トロールから庇ったって、君がそうしてくれなかったら自分は死んでたって言ってた。そ、それに、ナマエはいつもみんなにその、悪口を言われてるでしょう?でも全然気にしてなくて、ハロウィンの夜もロンのお兄さんにあんなことされてたのに全然怒ってないって……ロンのお兄さんたちもびっくりしてたんだよ。あ!その、悪気があったわけじゃないんだけど、」
「う、うん、大丈夫、わかってる、けど……」

ロングボトムくんの言葉に唖然。そんな風に思われていたのか、私。言葉だけ聞けばなんていい奴なんだ私。だが残念中身がこれ……申し訳ない。ざ、ざいあくかん……。

「僕はどんくさいし、とろいし、頭も悪いし、魔法族だけど全然魔法を使えないから……。ナマエは先生に怒られても全然落ち込んでいないし、スネイプ先生にだって怯えてない。ナマエはとってもすごいよ。僕、ナマエを尊敬……ううん、きっと僕、ナマエのことが羨ましいんだ」

視線を私と合せないまま、ロングボトムくんは心底落ち込んだ声でそう言った。はあー、まだ一年生で使えないのなんて当たり前…だと思うけど、多分、魔法族とか私にはよくわからない云々が潜んでいるんだろうなあ。ある意味で人種差別?世の中にはそういうことがいっぱい溢れてる。十人十色って言葉を知らんのかね。

「ロングボトムくん」
「……はい」
「気にしすぎじゃね?」

からっと言った言葉に、彼はバッと私を見た。え?とその目が疑問符を浮かべている。それに私はへらりと笑うと何も書かれていない、かけていない羊皮紙をバッと彼の目の前に広げた。

「今日提出のレポートはなんでしょう?」
「え?えっと、今日提出……変身術?」
「変身術のレポート、ロングボトムくんは終わった?」
「う、うん、昨日、夜ディーンが手伝ってくれて」
「そっかそっか。ちなみにこの真っ白な羊皮紙、今日の変身術用のやつね」

何も書かれていないそれをくるくると丸めて机の上に置きさらりと言うと、ロングボトムくんから「エーッ!?」と驚きの声が上がった。いいリアクションだ。私はうんうんと頷くと、羊皮紙の上に先程の「サルでもわかる変身術1」を置いて未だぺったんこな胸を張った。大丈夫お胸はその内平均サイズまでは育つ。

「私はモンキーって言われてるけど、この本を読んでも虫が針になる原理もうさぎがティーポットになる原理も全く、微塵もわからない!そしてわからないところを教えて、手伝ってくれる友達もいない。だから私は助けてくれる友達がいるロングボトムくんが羨ましいよ。それに先生達が怒るってったって、危険だから注意してるんだし、スネイプ先生は……あー、ちょっと不器用?意地悪?素直じゃないところがあるからあんな風に言うんだと思ってる。感情表現なんて人それぞれだし、どうせ短い付き合いなんだからあんまり気にすることも無いだろうし。あと、ロンのお兄さんたちの件に関してだけど、あのときは私だってイラッと来たしムカついたよ。そりゃあ人間だもの、怒りもする。でもあのときああなって私がトイレに行っていなければグレンジャーちゃんの危険はわからなかったし、そうすると本当に死人が出てたかもしれない。そう考えると、結果オーライかなってところ」

ロングボトムくんが何も言わないのをいいことにべらべら話せば、彼はぽかーんと口を開けたまま私を見ていた。ぱちんと下手くそなウィンクをする。残念まだこれで終わってません。

「ロングボトムくんがそんな卑下することは無いと思う。だってよく考えてみなよ、君10代も前半のまだまだぺーぺーのがきんちょなんだよ?なのにもうしっかりしてるって逆に怖いよ。どんくさいのもとろいのもあまりにせっかちよりはいいと思うし、それも個性だよ。ゆっくり色んなこと吸収して、ゆっくり大きくなればいいんだよ」

親指をぐっと立ててサムズアップする。焦ることは無いのだよ若者よ。私みたいなのでも大人になれるのだ。今は何故か誘拐されて不思議現象に巻き込まれてるけれども。そんな思いを込めて笑うと、ロングボトムくんはじっと私を見つめた後にはにかんで「ありがとう」と小さく言った。

「あの、ナマエ、僕、ナマエの役に立てるかわからないけど、僕と友達になってくれる?」
「もちろんだぜ!あと、友達は役に立つとか立たないとか関係ないんだからもっと胸張りたまえ若者よ」
「は、はい!」

こうして私の友達が2人になった。

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