07

常闇、そんな表現がぴったりな暗い場所。
私の目は夜間モードを備えているわけでもなく、まさにお先真っ暗状態で。え、え、何ここ。
ぽかん、と口を開けてぼーっと立っていると後方からズリ…ズリ……と這うような摩擦音が聞こえてきた。バッと振り返っても見えず、そこはただただ暗いだけ。しかし、音はだんだんと近づいてくる。確実に、その音を耳が拾う。
ズルリ。ガタン。足元に、何かが当たった。っひ、と引き攣った声が喉奥から出る。なんだよ、これ、怖いって、ホントマジホラーやめろください。

「trick or treatment」

枯れ木が風に吹かれてガサガサと音を立てるような、そんな声で紡がれた言葉はまさしく私の耳元で聞こえて。シュワァ、という謎の不快音と生ぬるい感触が耳を触り、肌が一斉に粟立つ。
な、なんだよ、なんでだよ、



「トリートメントはおかしいだろうがぁぁあああ!!!!」

ガタン。ゴツン。頭に鈍い痛みがじわじわと響く。は、は、と犬のように荒い息が口から溢れ、視界は先程の暗闇ではない。白い床が頬にあたり、横を見れば薄暗い、少し誇りの積もった平らな石が広がってーーーーあれ待って、これ床じゃね?
ぬん、と起き上がると、確かに私は床にいたらしい。というより、正確にはベッドから落ちた、かな。あの灰色の部屋とは違い、清潔感も広さもある、落ちかけの白いシーツがそれを物語っていた。うーんふふ、落ちたなコレ。ベッドに寝ると必ず落ちるのは毎度のことで、ホグワーツに来てからは絶対に落ちてたまるかと自分のスペースを確保して床にシーツを敷き簡易布団で生活している私にとって久しぶりの懐かしい痛みだ。頭クソいてぇよ床これ石かよ!

「っていうか、違う、違うわ、なんでトリートメントなんだ」
「さっきからうるさいですよ、大人しく寝て……まあまあまあ!落ちてしまったのね、どこか打ったの?痛いところは!?」
「あっはい大丈夫です」

ぴしゃん!と勢いよく開けられたカーテンに驚きそちらを見れば、鋭いツッコミと目線をマダムポンフリーから送られ見上げながらあははーと笑う。
大慌てでベッドに戻され、謎の液体を差し出された。なんか、緑の煙がたってる白い液体なんすけどなんすかねこれ。え?飲めと?

「増血剤です。背中は痛む?」
「背中?背中って、なんのーーーー」

いった!!コップを受け取ろうと手を動かそうとすると、酷い痛みが走った。そういえば、と思い出す。トロールとかトロールとかトロールとかかぼちゃとか。最後は特に猛烈にいらないけど。確か、グレンジャーちゃんを守ろうと杖をぶん投げて、ぶん投げて…………あれ私の背中かどっかにドアの木片ぶっ刺さらなかったっけ?それに、腕が動かなかったような。恐る恐る感覚が無かった方の腕を動かそうとすれば、ぴくりともしない。というか痛みが酷く、脂汗が背中を伝った。そういやさっき動かしたのもこっちだった気がする、動かなかったけど。うわ、マジかぁ…。少しげんなりしながら、反対の手でマダムからコップを受け取りごきゅり、と思い切って飲み込む。苦いんだか酸っぱいんだかよくわからない形容しがたい味の感想も吹っ飛ぶわ。もちろん、痛みでな!自覚すると痛むってやつ。
下の上に残る不快な味にうえっとなりつつ私の中でもトロールとかそういうのは結構曖昧な記憶なのでマダムに聞くと、彼女は白衣の天使にあるまじき凄まじい形相で答えてくれた。

「ええ、ええ、そうです!あなたは女の子だというのにあんなに大きな傷を作ってーー!」
「ひええごめんなさいごめんなさい!でも全然背中痛くないですはい!」
「当たり前です、全部私が治しましたからね!!」
「ひゅーさっすがマダム最高です惚れる」
「お黙りなさい!!!!」

ウィッス。すん、と口を閉じてマダムのお説教を聞く。素直にごめんなさい。しかしあんな、ぶっ刺さっても綺麗に治っちゃうなんて魔法界すげーな。腕はあれだけども。奇跡も魔法もマジであった。そろそろと痛まないほうの手を背中に当ててもなんの違和感もなく、感嘆の声を漏らす。ほえー。

「聞いていますか!?」
「はい聞いてますすみません!!」
「ほっほっほ、ポピー、そうあまり怒ってばかりでもいかんじゃろうて。おお、ナマエ、起きたかの?」
「え…あ、はい、おはようございます校長先生」

厳しいマダムのお言葉を制して優しく笑う校長先生ことダンブルドア先生に少し驚いた。どっから来た、いや、いつ来た。そんな疑問も些細な事で、ダンブルドア先生はマダムに「少し出ておくれ」と言うと、ベッドの傍の椅子に腰かけてにこりと笑った。今日のおひげのリボンは赤なんですねーグリフィンドールかな?とか超どうでもいい感想を抱いていると、ダンブルドア先生はさて、と口を開く。

「傷はどうかね?」
「背中なんも感じないんで完治してるっぽいです。腕はめっちゃ痛いっすけど」
「おお、それはそれは。流石、マダム・ポンプリーの治療とセブルスの薬は良く効く。腕もすぐに治るじゃろう」

ちょっとうちの子すげえだろ?みたいな自慢の籠ったドヤ顔で言われて、私は冷や汗をかいた。スネイプ先生手作りかよー参っちゃうなー。

校長の話を聞くと、どうやらあの場で怪我をしたのは私だけらしい。私が意識を失った後、眼鏡くんと赤毛くんとグレンジャーちゃんが活躍してトロールを倒したとか。私雑魚すぎたわ埋まりたい。キメ顔を今から消去したい所存にて候。
ちなみに私のローブとか制服とか、かぼちゃまみれの部分は全て先生方が魔法で直してくれたそうな。と言っても今は医務室備え付けの簡易パジャマだからよくわからん。
しかし魔法というのは便利だ。洗濯機いらないじゃん。杖1本で家電必要なしってすげえ。

「ちなみにじゃが、ウィーズリーの双子についてはどう思う?」
「え?ウィーズリーの双子……?」

誰。

「赤毛の、ナマエにかぼちゃの悪戯を」
「あ!ああ、あの双子!別になんとも思いませんが」

校長からの質問に疑問符を浮かべつつ答える。悪戯に関して思うことは二度とかぼちゃを食べたくない見たくないのかぼちゃ嫌い増幅だけだが、双子に関してはあまり思うことは無い。マナーくらいじゃね?
しかしこれは文化の違い、致し方ないが。

「ふむ……。ナマエ、わしに言いたいことはないかね?」
「特には」
「本当かね?」
「強いていうなら来年からはハロウィンでもかぼちゃを使ってない料理を一品だけでいいんで出してください」

素直にいえば、校長先生は笑って了承したが、また真面目な顔で本当に?と重ねてきた。なんだよ、無いよ。むしろ校長先生に言いたいことってなんだよ。学校の文句でも言えって?寮に行くのに階段多すぎるんでエスカレーター設置してくれってか。私に言う勇気はない。
その後何度も聞かれたが、私の答えがハロウィンに関する愚痴だけなので諦めたのか校長先生はパンプキンパイを置いて帰って言った。おいこれなんの嫌がらせだ!!!空気読めじじい!!!

マダムポンプリーの介護とスネイプ先生お手製のくっそまずいやばい色の薬(毎回色が違った。やばい。)の効果は最高にあったらしい。次の日にはぴんぴんで、腕の痛みも消えて私はるんるんで寮へと帰った。
しかし一つだけ残念なのは、(主に)マダムが悔やんでいたが腕の傷が少し残ってしまったことだろうか。それも本当にちょっと色の濃いしぶとい瘡蓋みたいなものだし、ぶっちゃけ使えればいいんだけど、という言葉は飲み込んだ。マダムの形相が怖かったからです。

階段を上りに上って婦人に合言葉を言い寮へと入れば、いきなり謎の重さに飛びつかれた。な、なんだ……!?

「ナマエ!大丈夫、怪我は、」
「あ、うん、大丈夫大丈夫」

重さの招待はまだ目元を腫らしたグレンジャーちゃんだった。どうやら彼女は私が倒れたことによって罪悪感を感じていたらしい。そう思うならキメ顔を忘れてくれ。黒歴史切実。

「本当にごめんなさい、私、あのときあなたの言う事を聞いていればあなたがこんな怪我をすることなかったのに、」
「うん、うん、ちょっと落ち着こ? ね? 大丈夫だから、怪我もほぼ自業自得だから」

ぽろぽろと涙を流して私に謝るグレンジャーちゃんを慰める私。談話室の入口でそんな2人がいれば当然の如く注目を浴びるわけで。考えてみろよ、モンキーが可憐な女の子を泣かすってやばくねえ?大人げなくね?いやいや私は今小さな女の子のはずなんだけどね、精神的にってものがあってね?

「ミョウジ」
「僕からも謝るよ、ごめんねナマエ」

近づいてきた眼鏡くんと赤毛くんに、そういやグリフィンドールか、と思い出す。遅れたヒーロー2人組だ。やっぱり謝られた。私2人から謝られるようなことしたっけ。

「あ、うん、全然気にしてない」

むしろ心当たりないから、なんて言ってしまうと逆に怒らせてしまうかもなので飲み込んでへらりと笑う。
だけど2人の気まずげな暗い顔に少し焦って早口になった。そして2人は何故か私の言葉に更に暗くさせた。なんで!?まさかとは思うけどあのトロールって事故じゃないの?え、あれわざと入れたの?イギリスのいじめってこんなに壮絶なの?命がけなの?んなアホな。魔法界怖すぎ。

「ナマエ、ありがとう。僕のこと助けてくれて。その、腕は大丈夫?」

空気を読んだのか眼鏡くんは少し控えめに笑うも、やはりまた暗くなる。
腕、というのはトロールから庇ったときのことか。あれ、庇ったのって眼鏡くんだっけ?物忘れェ。

「大丈夫大丈夫。無事で良かったよ」

泣くグレンジャーちゃんを軽く抱きしめながらへらりと笑う。イケメンセリフのはずが全く格好がつかない。キメ顔といいやっぱり忘れてくれ。あのとき魔法という手段に出なかったことも含めて。ぶっちゃけ魔法とかさっぱり頭になかったです。
そんな私の想い虚しく、2人は私の姿がとてもかっこよかったと言い出した。どんだけ美化してんの。

「ナマエ!」
「大丈夫か!?」
「うおっ」

はははーと内心から笑いしていると、前でグレンジャーちゃんの体重(軽い)を受け止めているというのに、後ろから聴いたことある声の体重(重い)が乗っかってきた。しかも声は二つ、どうりで重いわけだ。首だけで振り向くと、超至近距離に赤毛の双子の顔がいた。近い近い。

「あー、大丈夫です、大丈夫ですんで離れてくだ」
「ほんっっとごめん!」
「俺たち、トロールが来てるなんて知らなくて!」
「ロニー坊やから聞いたんだ、怪我は大丈夫なのか!?」
「大丈夫ですんで離れてく」
「「生きててよかった!」」

うわあ、双子って息ぴったりなんだ、すごい。現実逃避に似た感想を抱いて、足に力を入れる。マジで、ねえ、わかる?私の足プルプルしてんの。流石に男子二人抱えんのは無理なんすけどォ…とか思っていると、案の定私の足は限界を迎えてがくんと崩れ落ちて尻餅をついた。

「きゃあ!」
「わっ」
「うおっ」
「あだっ!」

最後が私の声ね。まあ、私の上に三人乗っかっていたようなもんだから当然ドミノ倒しのごとく全員倒れて、私は下敷きになった。マジでいてぇ。慌てて大丈夫!?と眼鏡くんと赤毛くんがグレンジャーちゃんや双子を起こす。
びっくりしたぜ、と目を丸くする双子にそりゃこっちの台詞だぜ…?と眉間に若干皺を寄せるが、子供の前であまりそういう顔はしたくない。すぐに解して、すんません、と謝った。グレンジャーちゃん怪我してないー?

「え、ええ、大丈夫よ。ごめんなさい、私甘えちゃって…」

後ろで「俺達は?」「本性が見えた気がする」と騒ぐ双子は無視だ無視。少し照れたように笑うグレンジャーちゃんのなんと可憐な事か。ワーオ、と口から意味わからん言葉が出てへらりと笑って誤魔化した。眼鏡くんと赤毛くんと友達って言うけどこれ芽生えね?修羅場の予感するの私だけ?お節介だとはわかっているがツッコんでしまう男女事情、思春期って怖いね!
変なことを考えていたのがバレたのか、赤毛くんに怪訝な目で見られたがそれも笑って誤魔化す。――と、そういやぁ赤毛くんも双子も同じ髪色をしてる。どうりでどっかで見たことあると思ったわけだ。兄弟なのかね。

「それに、私ナマエに酷いことを沢山言ったわ。本当にごめんなさい」
「(もうほとんど覚えてないし)気にしないで」
「でも、」
「いいって言ってんだからいいのさ」
「―――あのね、ナマエ、図々しかもしれないけれど、」

私と、友達になってくれる?

グレンジャーちゃんのその言葉にハッと息をのんだ。いや、そんな重大な発言でもないんだけど、なんというか、こう、この地で慣れたぼっち感というか、まあくすぐったいのだ。自分の照れを全力で隠そうと全力で誤魔化し笑いを浮かべて、グレンジャーちゃんの手をとった。細く小さく滑らかな手にほう、と恍惚の息が漏れかけて吸い戻す。やっべ変態かよ。

「アー、その、なんだ…こちらこそ?」
「ナマエッ!」

また抱き着かれて後ろに転び、頭を打った。本日を頭打つデーと名付けようと思いました。あれ、日記?
(それからまた俺も俺もと双子は来るし謝られるしで結構な騒ぎを聞きつけた監督生にトロール含めてめちゃくちゃ怒られた。厄日かよ。)

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