05

思えば、今日は朝からサーシャもアリアもどことなくそわそわしていた気がする。寝起きの私は二人の会話がわからなかったが、まあなんとなく雰囲気というやつだ。
そして私は今、とんでもないショック、ホームシックの渦の中にいる。

「くっそあめぇ……」

ハロウィン、きらい。

ジャック・オ・ランタン、トリックオアトリート、カブ頭とかぼちゃ頭に、かぼちゃのお菓子、ジュース、パイ。たった1日でこれだけ私にとっての苦痛の日は無いだろう。
朝ごはんを大して食べれず、ぐったりと魔法史の授業中机に頭を置く。私はご飯を食べないとやっていけない類の人間だ。要は貧血、エネルギーが足りていない。
なのでいつもは(面白いしわかるから)大好きな魔法史も今日は周りに混じって睡眠タイムとする。といっても睡眠も体力を使うが……まあいいのさ、お昼ご飯は沢山食べたい。
とまあ希望を抱いていたが、朝ごはんがそうであるならば、昼ごはんもそうだった。

「くっそあめぇ……」

本日2度目の台詞である。だってこれ本当に甘い。なんだこのパイは、なんで甘いんだ、これ以外誤魔化せる食べ物ないのにどういうことだ。サラダ、ジュース、デザート。全てにおいて、机の上にあるもの全てにかぼちゃが使われている。パンプキンフレーバーの紅茶とかなんだよふざけんなよ。緑茶がとても恋しい。日本帰りたい。早くこの夢覚めて誘拐犯捕まれちくしょう。
はああああ……と深いため息を吐いて、やはりお昼もそこそこに席を立つと隣の子から袖を掴まれた。ん?なに?

「いやだわ、あなた全然食べてないじゃない!朝も食べて無かったわよね?ちゃんと食べないと、」
「見ろよハリー、グレンジャーがロンリーモンキーにも世話焼きはじめたぜ!こりゃ笑えるね、あいつモンキーなら相手してくれると思ったんじゃない?」
「…………」

私の袖を掴んだ子が話すも、その横から当てつけのように大きな声で話す声が聞こえた。そちらを見れば赤毛の男の子と、その隣で少し居心地悪そうにする眼鏡の男の子がいる。
きっとこの子がグレンジャーとやらなんだろう。にしたって女の子に対してこういう陰口は良くない。男もダメだけど。
グレンジャーちゃんは、赤毛くんの言葉が耳に入ると黙り込んでしまった。ったく、随分とネチネチしてるんだな、英国紳士ってやつも。どこが紳士なのさ。
私は少し気まずいが、とりあえず赤毛くんは私には関係ないので素直に心配してくれた、優しいグレンジャーちゃんへの言葉として口を開いた。

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ、ちょっと今日は食が進まなくて……」

へらりと笑ってそう言う。ぶっちゃけかぼちゃ嫌いなんです。あの甘ったるさとか匂いとかもたつく感じが嫌いなんです。芋は平気だけどかぼちゃはダメなんです。だからといってこのことをはっきり言ってしまうと私にもプライドがあるので黙秘。なんのプライドかって?察しろ。

「……そう、そうなの。そうよね、そんな日もあるわよね。ごめんなさい、私ったらいらないお節介を、」
「へ? あ、いや、全然お節介なんかじゃないよ?心配してくれてありがとう、嬉しいよ、ミスグレンジャー」

あの赤毛くんのせいだろうが、かなり精神的にキているらしいグレンジャーちゃんは唇を噛み締め、俯きながらやけに「そ」を多用し話す。が、私の袖を未だ掴んだままであるし、しかもその掴んでいる手はかなりの力が入っている。やだねえ、大人がいないと子供っていうのも溜め込んじゃうんだねえ。大人になってからやっとわかる心理。人生って不思議。
グレンジャーちゃんの硬く握る手をそっと外し、包み込むように手を添えて、なるべく柔らかく微笑む。美人じゃなくてごめんね!

「そう、かしら?それなら、いいの」
「うん、ありがとう」

私の言葉に少しホッとしたような表情を見せたグレンジャーちゃんに、押し込むように感謝の言葉を紡げばどういたしましてと優しく返してくれた。これでよし。そして私はじゃあね、と軽く別れを告げて大広間を出る。
そういやあの赤毛くん、どっかで見たことあるよなあ。



今日も今日とて魔法薬学やらDADAやらで教授たちからこってりがっつり絞られた。
いつもなら気にしないのだが、今日の私はエネルギー不足で少し情緒不安定らしい。すんげーやる気も出ないわ、それどころか今から猿と言った人間に全て殴りかかりたい気分だ。なんという理不尽。自分でも惚れ惚れしちゃうねぇ〜。
そしてやはり朝、昼と来ればそうだよなあ、二度ある事は三度が当たり前だもんなあ。目の前のかぼちゃづくしを見て軽くため息を吐いた。無理だ、無理、これは無理。いくら食べるもんが無くても、なんかこれすごいレベルアップしてないか?今まではパイがギリギリかぼちゃじゃない部分があったけど、これは、パイ生地までかぼちゃならもう私は諦めるしかない。絶望した。
諦めて大人しく腹の虫と合唱しながら明日の朝ごはんを待つしかない。私は意を決して立ち上がる。
と、何故か視界が目に痛いオレンジに染まった。

「ぶっ、あは、あははは!」
「ひひひっ、」

そこそこに離れたところから笑い声が聞こえた。というより、多分これ周りほぼ笑ってる。あー、なんだよこれぇ……。濡れて顔にかかった前髪を書き上げれば、視界に入ってきたのは私を指さして大笑いする赤毛の双子。あれ、どっかで見たぞあれ。

「バカでまぬけなイエローモンキー!」
「かぼちゃの味はどうだい?」
「おや、今日は肌の色が綺麗だね」
「まさしくモンキーじゃないか!」

息がぴったりと合い交互に喋る2人に、少しいらっとしたのは事実だ。だが、私はここで怒鳴り散らすほどに子供ではないつもりだし、正直ここに来るまでに水かけられたり転ばされたりなんてかなりの頻度であったものだから慣れてしまった。
しかし、しかしだ。食事の場でこういうことをするのはあまりいただけない。といっても、周りは普通にしているから外国では普通なのかも。私は根本的に日本のマナーと感覚が身についているから、こういうカルチャーショックはここに来てからよくある日常茶飯事になった。なってしまった。

「ちょっと、あんたたちそれは流石にひどいわ!!」
「なんだいシスター、怒った顔もキュートだ!」
「フレッド!!」

幸いにして、私は早い時間に来たからあまり人もおらず、減点しそうな先生も誰1人いないからまあいいとしよう。このあとダンブルドアが来たらパーティーだって言うし、私は早々に離脱させてもらう。
私への嫌がらせが流石に酷かったのか、黒人の色っぽい女の子が双子に噛み付いた。ありがたや。私は彼女を忘れないだろう。

「うええ、見ろよフレッド、モンキーは何も言わないんだ」
「なんだって?もしかして、言葉がわからないのか?」
「ウィーズリー!!!!」

若干面倒になってきた。そして人も増えて来た。ざわざわとモンキーだ、なんだあれ?というような声がちらほら聞こえて来る。あーもー見せもんじゃねえから。
私は今日何度目かわからないくらいに吐いたため息をもう一度吐き、助けてくれた? 人に軽く会釈すると大広間を出た。礼は後日させていただく、今は許してくだせえ。

「うーわマジかよ」

確かに今日のホグワーツはどこかしこからかぼちゃの匂いとお菓子の甘ったるい匂いがぷんぷんしていて、あまり違和感が無かったけど。ここまでは酷いなあ。私の鼻が麻痺するわけだ、というよりもう今すぐお家帰りたくなってきた。好き嫌いに対して発揮される豆腐メンタルェ……。

「べっちゃべちゃかよ……」

駆け込んだトイレでは、ローブも制服の表側も靴も、髪も顔も、ほとんどが真っ黄色、というよりはかぼちゃ色に染まった鏡の中の私が死んだ魚の目で心底疲れた顔をしている。かぼちゃジュースかけおって……絶許。

「はーあ……」

またため息を吐いて、とりあえずかぼちゃ色と赤のリバーシブルタイプになってしまったローブを脱ぐ。と言っても今洗える状況でもないから、とりあえず隣の洗面所に置いて、タイやセーターを脱いで軽く洗う。これは先にやりませんと……ローブは最悪無くてもね、ヒートテックという冬の味方がいるもんで。足りなくて、別に制服の上にジャージ羽織ったっていいだろ。

きゅるきゅる、と不安な音を鳴らして蛇口から慎ましく水が出てくる。もっと頑張れよ!
まだ秋とは10月、日本ではそろそろ布団を替えましょうかあたりの時期だが、こちらは残念な事に結構寒い。日本人からしたらかなり寒い。ホワイトクリスマスが珍しくないのも納得。
水はでろでろと出てネクタイのかぼちゃもセーターのかぼちゃもさらっていってくれる。全体的に少し色抜けたかな、と思ったところで止めて、湿ったままのネクタイを装着、セーターはローブと共になるべく汚れないように片手に持った。
顔を洗ったが髪まで洗うことも出来ず、一旦終了。タオルなんて女子力があるわけなかった。
早く部屋帰ろ。そうしてトイレから出た。

「うっわさぶっ!流石に下着とシャツだけだときっついな」
「グオオオオ」
「はい?」

トイレから出た瞬間の寒さにぶるりと震えたが、その後聞こえた音というか声にそれどころではない。
まるで低く、深く響く不快な音にそちらを向けば、観たことないどデカくて年単位でお風呂に入ってなさそうな汚ったないナニカが、ずるずると棍棒を引き摺りながらこちらへとのったり歩いてきていた。
え、うそじゃろう……?あれ見たことないけど見たことあるやつだぜ、主にRPGの低級モンスターで。トロール、とか言うやつじゃねえの……?画面内のオブラートミルフィーユの可愛らしい姿ではなく、綺麗にオブラートだけを取り払ったリアルな姿だけど。

「グ、ォ、ガァァァアア」

目と目が合う瞬間に〜……ロックオンされちまったなあこれ。確実に進路を変えてこっちへ歩いてくるトロールさんに、私は何も言わずそっちへ向かった。だって反対方向はあれなの、行き止まりなの、行き止まりっていうか階段なの。あいつ動く上にこっち来ないときあるから。詰む可能性はいらない!!

「そいやっ」
「グオオオォ」

トロールの横を通るときに棍棒を振り回されたが、お前やる気あんのかと言いたいくらいに空振り。私が見えていないのかね。
酷い悪臭はとりあえず無かったことにして、私は廊下を駆け抜けた。

未だに広すぎる城と地図に明るくない私が覚えているはずもなく、とりあえずどこかやり過ごせる場所へと走る。が、これ確実についてきている。ヒント:音と匂い。って節子それちがうがなー、とふざけている場合ではなく。
階段を何回か上がったり下がったりしながら逃げ回るも、流石に寒さの中で水分を含んだそこそこ重いローブたちを抱えて、エネルギー不足の状態で走るのは続くはずもなく。

「はあ、はあ……」

吐く息が白い。10月だっていうのに嘘でしょ……!まだ秋なのに、これでは冬の期間私は死亡じゃないのよ。お疲れ様でした、春までお待ちください。ってその前に帰れればいいけど。

幸い最後に上った階段でトロールの足止めに成功しているから、私は休憩ついでに近くのトイレに入った。
扉を閉めた途端崩れ落ちる。寒いのにだらだらと汗が流れる。はー、はー、という私の荒い息がトイレ内に響くも、その他にも音があった。

「ひっ………ぐす………」

泣いているらしい、しゃくりを上げて嗚咽を抑える声がした。女の子かな?というかホグワーツにトロールが来た件で、教師陣は確実に知っているはず。あれは人を襲うから、確実に生徒へ避難指示も出ているはず。じゃなかったらスパルタですねホグワーツさん。やめたい。
まあ、仮に避難指示があっていれば、この場にいるのはそれを聞いていない私と、泣いているらしい女の子なんだろう。

あれ、これ、やばいんじゃね?

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