酸いも甘いも君次第

もうすぐ学期が終わり夏休みに入るが、もちろんその前に学期末試験があるわけで憂鬱な学生たちの最後の息抜き場であるホグズミードに朝から生徒たちがウキウキで移動していく。もちろん私は例外。
みんなを見送った後、元々の予定である変身学の補習に行くとマクゴナガル先生が私の芋ジャーを見てため息を吐いた。なんで。イケてるでしょうが!楽なんですよこれ!

「何も言っておりませんよ。さて、これをこの場所へ届けてください」
「……なんかこの地図のルート…」
「内密なものなのです。誰にも知られぬよう」
「人選間違ってません!?」

私にそんな重要なやつを預けていいと思ってるんですか!?予想外の責任重大さにごくりと唾を飲んだ。ホグズミードのおかげでほぼ人はいないっていったってね、下級生はいるんですよ!ほら外から声が聞こえる!箒に乗ってる声がする!ヒイ!
そんな私の悲鳴にマクゴナガル先生はひとつ頷いただけで「お願いしますね」と私に箱を渡した。今のは何への頷きなんだ。廊下で胸に収まる程度のサイズでそこそこ重い箱を抱えてため息。……この地図、城の中のくせに複雑すぎない?あ、あべーふぉーす……ちょっと名前長くて読めないけどまあいけるっしょ!

あっちこっち行ったり来たり、誰にも会わないとかいうルールは当然私には無理でなんなら途中で会ったフリットウィック先生にあっちですよと方向を教えてもらったりしてやっとの思いで地図の目的地に着いた。は、いいけど。

「……絵じゃん?あれ間違った?えぇ…でもここのはずなんだよな……ええ……?」

絵に箱を届けるってことぉ?えぇー? ……絵だけにってかやかましいわ。地図を上下させたり裏返したりしてもさっぱりわからない。うーん?首をひねり絵になんかヒントないかと見れば、絵に描かれている少女がにっこりと笑った。お、どうも。可愛いね、と私もにっこりしたところ、ガチャンと音がした。えっ。絵だけに…いやそれどころじゃない。ギイィと音を立てて、絵の端っこからドアのように場所が開く。奥には暗い道が見える。

「……この先に、行けと…?」

めーーーっちゃ怖いんですけど!?



絵の奥の暗い道を恐る恐る進むことしばらく、道の終わりが見えないし暗いしなんか埃すごいし蜘蛛の巣あるしで何度途中で戻ろうと思ったか。真っ暗なせいで平衡感覚も怪しいけど多分下ったし上った。アホ感覚にも程があるっての。そうして歩いていくうちにもうこれ戻るに戻れないなと覚悟が出来てきた頃、道はようやく終わりを迎えた。ドア。またドア。

「これ開けるの怖……うう………女は度胸!どっせい!」

ひんやりするドアノブに手をかけ、目をつぶって一気に回して押す。いやまさか奥が段差とは思わないじゃん。そのままごろんと前に転げ落ちて一回転、床に頭をぶつけて涙目で目を開けるとそこは。

「…いやどこぉ……?」
「何の用だ小娘」
「ギャアッ」

上から覗き込んでくるギョロ目の老人になんかビビってねえしい!?横にごろんと転がり体勢を立て直す。うわ埃だらけなんだけど最悪。
どうも飲食店……のような、椅子あるし机あるしそんな風貌をしているが誰も客がいない。老人はフン、と鼻を鳴らして「とっとと出ていけ」と言う。いやマジで何、ここどこ、誰。と、そこで手の中でちゃんと守っていた箱を思い出した。……メモ曰く目的地はここ、のようだし。ってことはこの老人に届け物?マジ?

「あー、失礼しまして。へへ。マクゴナガル先生からお届けもの?です。エー、ミスターあべーふぉーす…ドゥム…」
「アバーフォース・ダンブルドアだ。人の名前も読めんのか」
「すんません! ……えっダンブルドア?」
「物は受け取った。出口はそちら」
「いや待って私そこから来……エッ!?」

絵だ……。エだけにってやかまし。私が出てきたはずのドアは立派な絵画になっていた。うっそぉ…そんなことある?びっくりマジック…私が驚いている間にも老人は私の背中をドンっと押して、普通の出口から外に追いやられてしまった。おい待て乱暴すぎるだろ!こちとら花の乙女だぞ!外普通に寒いしなんなの。コートも持ってくれば良かった〜外に出ることは想定してなかったんだがね!
どうやって城に戻ればいいのかも分からずとりあえず落ちていた枝を手にしゃがむ。倒れた方向に行こう、よし。さん、にー、いち!

「……ナマエ!?」
「よしあっち………あっ救世主!」

枝が倒れた方とは逆から聞こえた声に振り向けばそこにいたのは救世主ことハリーだった。このタイミングは救世主すぎる。やったー!ありがとう神様!じゃあな枝。パッと立ち上がり駆け寄る。

「ハリーハリーハリー良かった助かった〜!へぶしっ!」
「……うん、やっぱりナマエだよね。なんか安心した」
「うん?」

ハリーは私を上から下まで見てからふっと笑って言った。何だいその笑いは。寒いでしょ、と自分のコートを私の肩にかけてくれたからありがたく拝借する。Tシャツにジーパンに芋ジャースタイルに適した外気温ではないのは事実だし寒いしくしゃみしたし。そのままハリーに手を引かれてサクサクと道を進む。

「どうしてここに?」
「マクゴナガル先生のおつかいであそこに出たんだけど追い出されちった。城に帰りたいでござる」
「マクゴナガル先生が?」
「そ、絵を通って来たんだけどめっちゃ怖かった。っていうかまずここどこ?」
「ホグズミード」
「ファッ!?」

なんだと!?ホグズミード!? ……にしてはここ人少なくない?首を傾げると、ハリーは苦笑して頷いた。曰くこの辺は人気のない場所らしい。はあ、なるほどなあ。

「なんでハリーは人気のないとこにいたのよ」
「なんとなく道を外れたらナマエがいたから」
「ワオ運命じゃん」
「うっ……運命…あはは、本当だ」

ピッと人差し指をあげて得意げに言えば、ハリーはくしゃっと笑って私の人差し指ごと手を握った。うわ手あったけ。つい温もりを求めて手をぎゅっと握ると、ハリーはそのまま強めに握り返してくれた。

「たこ出来てんね。箒たこだ」
「うん。硬い?」
「それなりに」

指の付け根に出来ているたこをぐにぐにと触りながら呑気な会話をして歩いているが、これ本当に城に向かってんのかな。さっぱりわかんないけどハリーについていけば大丈夫っしょ!と全信頼を置いていたら、ハリーはやってるのか怪しい露店のおっちゃんに声をかけた。
にやにやしたおっちゃんからバタービールふたつとフィッシュアンドチップスを受け取り、ハリーがバタービールの瓶を開けてくれているので待ちつつ味見〜と勝手に新聞紙に包まれたフィッシュアンドチップスをつまんだ。食べ歩きもまた露店の醍醐味。

「お、意外とんまい」
「でしょ?穴場なんだ」
「ハリーもお食べよ」
「え」

瓶で両手が塞がってるし、と気を利かせてホイとフィッシュアンドチップスをひとつつまんで口元に差し出すと、何故かハリーはピシリと固まった。目を見開いて私を見ている。どうした、食べないのかいとフィッシュアンドチップスを目の前でふりふりする。ハリーの目がうろ…とさまよった後ほんの少しだけ口が開いた。おっしゃいったれ。

「ふぐっ」
「このタルタルソースあっさりしてていいね」
「…………うん」
「マスタードつけるのも結構好きなんだよねえ。あ、英国人的には邪道?」
「……ナマエがすきなら、いいんじゃないかな」
「今度ハリーもやってみなよ。ほれもう一口」
「うっ……うん……」

もきゅ…もきゅ…とゆっくり咀嚼してるハリーの隣をゆっくり歩く。バタービールを受け取り飲むと、なんとも言えぬフィッシュアンドチップスの後味とバタービールの甘さ、うーん罪。カロリーの爆弾。はーあったまるうー!

「そういやハーミーとロンは?」
「……えっと、多分三本の箒にいる…」
「合流しなくていいの?」
「いいよ」
「即答じゃん。喧嘩した?」
「……察して」

したのか……。その割にはハリーはご機嫌っぽいから些細な喧嘩だったんだろうな。まあそういうこともあるよね、とむぐむぐ食べながら頷く。ふとハリーの手が私の顔に伸びてきた。なんだなんだと大人しくしていると、指が私の唇に触れていく。そしてハリーは私の口に触れた指を舐めた。無言で。目が合ったまま少し沈黙。

「……ソースついてた?」
「……うん」
「あ、ありがと。んはは、今のちょっと恥ずいね」
「え゛っ」

流石になんかちょっとドキッとしちゃったよね!なんか!恥ず!ちょっと赤くなっているであろう頬を擦りへらりと笑って誤魔化すと、ハリーの頬もまた少し赤くなっていた。軽く睨まれて、さすがにノンデリカシーだったごめん!と謝ると首を振られる。

「そうじゃなくて…!さっき僕の方が恥ずかしかったんだけど!?」
「え?なに?」
「た、食べさせたでしょ!」
「食べさ……ああ、うん。恥ずかしかったの?今更じゃん。ほらあーん」
「ナマエ!」
「ごめんて」

あーんって。もっと背が小さい学年から無意識にやってたしめちゃくちゃ今更じゃないかと思ったけどなんか改めて言われると確かに恥ずかしいな。そうわかっていつつからかうのをやめられないッ!
わざとあーん、とフィッシュアンドチップスを差し出す。ハリーは先程よりもさらに赤みが増した顔をして、私を睨みながら少しかがんで口を開けた。少し大きめの一切れがまるまるハリーの口に消えていく。ついでにがぶりと私の指先をほんの少し噛まれてしまい慌てて指を引いた。指先がちょっとじんじんする。ハリーに噛まれたおかげで軽く赤くなった人差し指を動かしてにやっと笑った。

「やーい悪戯っ子」
「そうだよ! …………。」
「自分で噛んどいて真っ赤になりすぎだろ」

やけくそのように叫んだ後にぐっと沈黙したハリーにゲラゲラ笑ってしまった。落ち着けハリー!私が悪かったよお、ごめんね。耳まで真っ赤になって口いっぱいにもごもご食べているハリーは可愛かったです、まる。



2023.11.21

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