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3rd Anniversary!

ガタガタッ、という大きな物音と共に身体に触れていた温度が離れ、一秒にも満たぬ速さで突きつけられた殺気と周囲を取り巻く氷に、全身鳥肌が立つ。がつんと脳髄に響く寒さに驚き脳がいつもの倍の速さで覚醒したようだ。手に上手く力が入らず、よたよたと起き上がる。周囲に気配も無く攻撃心のようなものも感じないが、ギアッチョは朝から何をしているんだろう。目を擦りながら氷が集まり始めた皮膚を擦ると、なんだかいつもよりも脚のあたりの風通しが良く冷気を強く感じた。

「……ギアッ、チョ?」

寝起きでぼんやりする視界に明るい髪色を入れると、なんと奴は私にナイフを向けていた。どういうことだ、と眉間に皺が寄る。

「なんのつもりだクソアマァ!ナマエに何しやがった、俺が誰だかわかってんだろうなア゛ァ!?」

一瞬言われたことの意味がわからず首を傾げた。ナマエは目の前にいる私だけど。寝ぼけているのか?それにしてはハッキリとこちらを見ている。物騒な夢遊病ということならありえるかもしれないけれど、そうしたらギアッチョを病院に連れていかないといけない。そう考えているうちにどんどん氷は増えて皮膚組織が固まっていく。凍傷になりかけてきた部分に痛みを感じ、知覚した途端全身を温もりに包まれた。指に触れたふさふさとした毛皮は、肌触りは悪いが温度を保つ。私の身体は大きな毛皮に包まれ、胸元からゲンさんが顔を出した。ゲンさんの頭を見下ろして、また首を傾げた。私とゲンさんの身長は同じくらいだから、ゲンさんが私の胸元に入ったところで目の前に後頭部が重なるはずだ。なのに、私は今ゲンさんを”見下ろして”いる。ゲンさんの視界に映るギアッチョの目が見開かれた。

「そのスタンド──お前、ナマエ──!?」



まだ日が昇らぬ時間帯にリーダーに緊急連絡をした。明らかに寝起きだったリーダーは疲れた声をしながらも対応をしてくれ、それから一時間後きっかりに折り返された電話からスタンドが原因だと判明した。そしてようやく手足を拘束していた氷は砕かれた。
時空間を操るスタンドがいるという。デブの元に最近やってきたスタンド使いはまだコントロールが利かず、接触者に無差別に発動してしまっているらしい。ギアッチョは盛大に舌打ちをした。時空間を操るなんて、まるでネコ型ロボットの道具のようだが、使い勝手は悪そうだ。不思議なことに、立ち上がるとギアッチョの腰あたりだった視界の位置が首元まで上がっており、つまり私の身体は未来になってしまったようだ。事態を聞きリーダーは律儀にも休暇を出してくれた。休暇、なんて初めて聞いたが、暗殺チームにも存在するとは驚きだ。皆は仕事が無ければ休みという認識らしいが、正式な休みとは別なのだろう。
凍傷になりかけた部分をぬるま湯で解していき、ゲンさんが中で細胞を作っていく。その間もギアッチョはむっつりと黙ったまま、私の背後をとったままだ。彼自身の戸惑いを感じる。見た目だけが変わっているから私は少し動きに慣れないくらいだが、周りから見れば全くの別物なのだろう。いつもよりゲンさんが小さく見える、とても不思議だ。手足、指、問題なく動くことを確認し風呂から出た。幼い体でもう慣れてしまっているからギアッチョに裸体を晒しても羞恥心は芽生えないのだが、大人になっても凹凸のない体というのは思っていたのと違った。落ち込むわけじゃないが、そうか、と思った。バスタオルで体を拭くも、よたよたとバランスを崩しがちで浴槽にぶつかったり転けたりして無駄に痣を作る羽目になってしまった。そして渡されたギアッチョの服に袖を通したところで、きゅるるる、と聞き覚えのない音がした。きゅるるる、ぐう、きゅるる。まるでなにかの鳴き声だ。音の出処がわからずギアッチョを見ると、彼は呆れたように私を見ていた。首を傾げる。距離が近いからか、初めてギアッチョの三白眼をちゃんと見た気がした。

「間抜けな音しやがって、警戒した俺がバカみてえじゃねえかクソが」

ギアッチョは舌打ちをすると、浴室を出ていく。慌てて後ろをついていくと、昨日買ったパンをトースターで焼いていた。ふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。と、またぐううと鳴き声がした。同時に、腹部に違和感が。お腹に手を当ててみても何も無いが、違和感は拭えない。ゲンさんが真似るように私のお腹に手を当てる。

「何してんだ」
「……おなか、へん」
「腹減ってんだろ」

私は目を丸くした。腹が減るという感覚はわかるが、こんなふうになったことは無い。ましてや昨晩も食事をしているから、時間的に考えるとまだ余裕で持つはずだ。また、きゅる、と音がした。……ああ、なるほど、空腹ならばこれは腹の虫というやつか。私にもいたのかという驚きが勝る。今まで私が空腹だと感じていたものと全く違うから、私の体が変わってしまったのか、空腹の認識が違うのか。そして口にしたパンはとても美味しく感じて、夢中で食べてしまった。あっという間に無くなったが、それでも腹の違和感は消えない。ギアッチョが「めんどくせえ!」と怒鳴り、棚に入っていた缶詰や乾燥パスタを投げつけてくる。缶詰はそのまま開けて食べて、パスタはギアッチョが水から一緒にいれて火にかけたためべちゃべちゃになったものに塩をかけて平らげた。味はともかくとして、そうしてやっと一息ついたところで、オレンジジュースを飲みながら飽きることなく私のお腹に手を当て続けるゲンさんを見下ろす。お腹は満たされたのに、どうしてまだそうしているのか。何が楽しいのかさっぱりだ。

「なんだお前、妊娠でもしてんのか?」

ギアッチョがゲンさんを見て、珍しく笑い混じりに、といっても鼻で笑う類のものだったが、そう言った。まさかと首を振る。しかし、それも途中で止まる。自然と眉が寄る。
……ほんとうに、まさか?だって私はこの未来の身体を知らないのだ。私は今、自分を判断出来る状態にない。恐る恐る、ゲンさんの手に重ねるようにしてお腹に触れてみる。ゲンさんの十字の目はずっと腹部を見つめていて、私を見ることは無かった。「……は?」とギアッチョの思わずといった声がぽつりと沈黙に落ちる。まさか。胸の奥がざわざわと痒くなる。そんなはずはない、と言いきれない。少し考え込んだギアッチョが電話に手を伸ばしたときだった。「……ぐ、う、」ビシビシと全身に痛みが走った。皮膚が、骨が、内臓が熱く燃えるようだ。目の前がふっと暗くなって、気づけば私はベッドの上で寝ており、詳細は不明だったが無事に元に戻ったらしい。まるでリトル・フィートのようにしゅるしゅると体が縮んでいったと聞いた。そして、起きたときゲンさんはいつも通りの様子で私の腹など気にもかけていなかったし、私が空腹を感じることはなかった。だから、妊娠云々は忘れたことにした。薮をつつきたくない。真相は闇の中、未来は不明のままでいい。


貴方の血も赤いのですか

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