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3rd Anniversary!

某日、深夜3時。
常識外の時間の待ち合わせ時間だが相手が相手だ。眠気まなこを擦りながらアジトとは真反対方向の住宅街の一角、一見普通の一軒家に入る。見た目も普通、中も普通の家だ。まるで幸せなファミリーが暮らしているかのように、台所には昨晩の残りであろうシチューがあって、庭は日曜にお父さんが作ったのであろう小さなブランコがあった。子供部屋には新しいコンピュータとゲームが散らばっている。
私は指示通り一通り家中に広がるトラップを確認した後、1階の洗面所の下の扉を開け入っている物を全て取り出した。よくスーパーに置いてある洗剤と石鹸、タライともいえる大きさのバケツとブラシ。床の色も全く変わらず、メローネは流石だなと感心した。バケツの真下の位置をぐっと押すと、ガチャンとどこかから音がした。物を全て戻してから何事も無かったように扉を閉める。
子供部屋に戻り散らばった玩具の位置を変えないよう気をつけて歩き、ベッドの下に潜り込むとそのまますてんと”下に落ちた”。
階段とかもないのか、と落下しながらくるりと回転して体勢を立て直し着地する。すると、パチパチとわざとらしい拍手が送られた。

「わんちゃんはねこちゃんだったの? ホルマジオに教えてやろ」
「……ボナセラータ」
「Buona serata〜。よく来たね、君ならバカ正直に来てくれると思ってたよ。ようこそ我が城へ」

歓迎しようと言われても全く嬉しくない。私はしょっぱい顔で地下室を進んでいくメローネの後を追った。
次の仕事の相手がメローネだと告げられた時、私よりも嫌な顔をしたのはギアッチョだった。ギアッチョはメローネと仲は悪くないが、仕事相手としては嫌らしい。確かに相性が悪そうだ。能力的な意味ではなく、仕事上の連携的な意味で。私はメローネと2人だけでちゃんと最初から仕事をするのはほぼ初めてだ。メローネとの連携は意思疎通が出来なければ絶対に無理だから、そして私のイタリア語は拙い。だというのに何故今回一緒にやるかと言うと、私のスタンド──ゲンさんが必須らしい。

薄暗い廊下の先にあった部屋は簡素なものだった。コンピュータが5台机の上で画面を写していて、部屋の隅に小さな冷蔵庫が1つ、コカ・コーラの瓶の山が壁に積まれている。部屋を区切るようにカーテンが掛けられていて、その奥からはシンナーのような匂いが。やってるのか。やっていそうだが、鼻が曲がりそうなほど匂いは濃い。
そしてメローネはカーテンを開けた。

「これ、なんだかわかるかい?」
「……絵」

カーテンの向こうにあったのは、1枚の絵だった。額縁も何も無く、ただ1枚だけイーゼルの上に置かれている。床は様々な色で彩られていて、部屋の隅に潰れたチューブがまとめられていた。

「聖ロレンツォ礼拝から盗み出されたキリストの絵画だよ。見たことあるかい?」
「……本物?」
「どっちだと思う? 僕は偽物に30リラだ」

じゃあ偽物ではないか。私は賭けはしない。無言でいると、メローネは「じゃあホルマジオは本物に50リラだな」と一人で決めていた。ホルマジオは帰ったら意味がわからないまま50リラを請求されるのだろう。
しかし、偽物の絵画がここにあってどうするんだろう。私は首を傾げてメローネを見た。今気がついたが、今日のメローネはマスクをしていない。いつもの服なのにマスクをしていないのは違和感が強かった。

「これを、盗む?」
「まさか! 僕らは暗殺チームだぜ? 盗むのはS班さ」
「S班?」
stronzo ( クソ野郎 )

部屋の隅に山になっている絵の具のチューブはなんなのかと見やると、メローネはウインクをして「アレはアートさ」と言った。かなり意味がわからないが、タイトルは退廃らしい。メローネは自分の部屋に現代の立体的なアートを作ったようだ。
暗殺チームの仕事はあくまで殺しであって、盗むのは違うチームの仕事……というより、この絵画は既に盗品であって今頃持ち主は必死な顔をしてオークションを渡り歩いてるとか。元々偽物の絵画を盗み出し、持ち主を殺して名実ともにパッショーネが持っていることにする、らしい。

「……本物、は?」
「ボスのケツの穴の中さ」

真相は闇の中というわけだ。あまり深追いすると危なそう。私はこくりと頷き、話が終わった頃にふわりと出てきたゲンさんは興味深そうにメローネの現代アートをつついていた。





元々教会にあった絵画の持ち主は、教会の関係者だ。神父を殺すのは宗教的には危ういだろうが、神を信じていたら暗殺チームにはいられない。
メローネに着せられた服は子供用のくせに少し重くて動きにくい。ゲンさんが作った偽物そっくりの絵画も重たくて、どうして私がこんなことをしなきゃいけないのかと今頃地下室でスタンドを操作しているメローネに恨めしい気持ちになった。贋作は本物そっくりに作られているから、きっとこれも本物に似ている。偽物の偽物を布に包んで背負い、朝日が眩しい中スラム街を練り歩いた。わざとらしくぶつかって来ようとする子供や、わざとらしく蹴飛ばそうとしてくる大人を避けて通りを片っ端からひとつひとつよろよろと歩く。一時間くらい経った頃、黒い服を着たふくよかなおじいさんに声をかけられた。

「先程から重そうだね。大丈夫かい、ここらでは見ない子だ」
『ナマエ、ソイツだッ、ソイツが stronzo ( クソ野郎 ) だッ』

私の後ろをぴったりと張り付いて歩いていたベイビィ・フェイスがびしりと指を差して言う。私が背負う絵に乗っかっていたゲンさんが真似をしてビシリと指を差した。確かクソ野郎は絵画を盗んだチームのことじゃなかったのか。つまり、神父が持ち主で盗み出した? おかしな話だ。この人は標的とは違うのかわからないまま、メローネの台本通りに喋る。

「絵を買ってください」
「絵?背中のそれかい」
「お父さんの絵です。買ってください」
「画家の娘か……。いやいや、困っているなら教会へ来なさい」

分厚い手が私の背中に触れる。ぞわりと鳥肌が立ち嫌な気持ちになった。ゲンさんが嫌そうに姿を消した。私の背中に張り付いているベイビィ・フェイスは『ッカーッ!気色悪イぜこのジジイーッ!』と怒っているが、『こんなジジイについていくのかよォ、俺嫌だよォ』とべそべそしているから、このままついて行けばいいのだろう。このベイビィ・フェイスは随分と意思が強く成長しているが、現代アートの影響だろうか。
おじいさんについて教会へ行くと、広間で丁度炊き出しをやっているところらしい。おじいさんは私の背から絵をとると、私を炊き出しのシスターに預けて絵を持って教会へ入っていった。ベイビィ・フェイスはそのまま絵に張り付いておじいさんと共に教会へ入っていった。
今のところゲンさんが複製を作ったのみでこの件に私の仕事はほぼ無い……と思われそうだが、私の仕事はここからである。もらった炊き出しの飯をその辺に置いて広間を離れる。飯は飢えた誰かしらが勝手に食べるだろう。

住宅街の奥、比較的高級らしい土地に移動しとある一軒家に入る。離れのアトリエに標的はいた。家は大きいし庭にはスプリンクラーも設置してあるのに本人はガリガリにやせ細っている。金持ちに飼われているのかと思ったが、確かここは彼の持ち家だ。床に散らばる絵の具のチューブに混じって注射器が落ちている。なるほど、ガリガリなわけだ。ゲンさんが注射器の針そっくりの細い針を作った。こちらには、というより周囲を一切気にせず一心不乱にイーゼルに向かっている背中に投擲する。グサリと後頭部のど真ん中に刺さった針はスッと空気に溶けるように消えていった。画家は何も言わずどしゃりとイーゼルに倒れ込み、風景画らしき絵は赤黒く染っていく。

「ディモールト・ベネ! 遺作に相応しい作品だ! これでこの絵は贋作では無くオリジナルで完成した! ベネッッ!」

窓がガラッと空いてTシャツにジーンズという滅多に見ない学生のような格好をしたメローネが入ってくる。早口で何を言っているかあまりよく聞き取れないが、背中にはベイビィ・フェイスと同じくらいの大きさの布袋を背負っている。マスクの代わりは赤い縁の眼鏡になっていたが、どうもその眼鏡にとても見覚えがあった。ギアッチョのだ。
メローネは血に染った絵を眺めた後、どこかに電話して「あとよろしく」と言って切る。もぞもぞと布袋が動いたが、メローネがバシッと布袋の端を叩くと大人しくなった。それ持って帰るのかと見ていると、メローネは照れ臭そうに笑った。

「アートを気に入っちゃってね、僕も自分の色を使ってみようと思って」

それはつまり。察した私は何も言わずこくりと頷いた。あの絵の具のチューブの中身は使われることなく廃棄処分らしい。




アジトで報告を終え帰宅すると、ギアッチョに「くせえ」と鼻をつままれながら風呂へ放り込まれた。脱いだ服を嗅いでみると血の匂いはとれていたもののかすかにクスリの匂いがした。そこまで深い匂いではないようだし洗って落ちるかと洗濯機に入れようとしたらギアッチョに取り上げられ、ゴミ箱に突っ込まれた。南無三。
ゲンさんと一緒に全身綺麗に洗いサッパリした風呂上がり、オレンジジュースを飲みながらアートは私にはよくわからなかったなと思っていると、風呂場からギアッチョの怒鳴り声が聞こえた。

「んだよこの気持ち悪ィのはよォーッ!」

なんだなんだと見に行けば、風呂場の一角には絵の具のチューブの山があった。

「あ…メローネの」
「気色悪ィもん作ってんじゃあねーぞクソガキ!」

私ではないが、多分私だ。あれ、気に入ったんだ。ゲンさんは私よりもアートに造詣が深いらしい。
キレながらチューブの山を蹴りあげて崩したギアッチョを、ゲンさんはむっとした様子でぽかぽかと叩いていた。


どこかだれかのための棄教

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