- ナノ -

幽暗と目が合えば

アジトに人がいる時間は、実はそう多くはない。たいていは仕事の前後に寄るだとか、お金が無いから食い凌ぐためにだとか、一部は女から逃げるためという輩もいるが、そんなくらいで基本的にアジトには私とリーダーの2人だけという時間も多い。とはいえリーダーは奥の部屋で仕事をしているから、実質一人のようなもので。
私は子供だし、紛れるのも得意だから昼間に仕事を終えることが多い。しかしチームメンバーのほとんどの活動時間は夜間だ。夜中の人のいない時間、あるいは悪い人が活動しているような時間に仕事をして、報告をしてアジトで時間を潰し日が出たら一般人に紛れて家を出る、そういう生活をしている人も当然いるから、朝の時間にアジトに人がいるのはそうおかしいことじゃない。しかし、逆にリーダーがいないのはおかしなことだった。リーダーは私と同じく昼の時間帯に仕事を遂行することが多い。理由はよくわからないが、きっと昼の方が動きやすいのだと思う。しかし、今回は違ったらしい。昨夜からリーダーが仕事で不在だと、朝一番にプロシュートから聞いた。プロシュートはリーダーが不在の間アジトで留守番をしていたらしく、私を見ると交代だとさっさといなくなってしまった。誰もいないアジトなんて新鮮だ。しかしやることは普段と変わらず、私はいつもの位置でぼーっと時間が過ぎるのを待っていた。午前中いっぱい誰も来なかったから、ゲンさんが暇そうにしていた。
昼になり、ガチャガチャと音がして誰かが来た。気配を探ると、おそらくリーダーだ。随分時間のかかる任務だったらしい。しかし、リーダーは一向にリビングに姿を見せず、不思議そうに飛んで行ったゲンさんの視界を覗いて玄関を見ると、大きな身体が横たわっていた。──え、倒れてる。
慌てて立ち上がり玄関へ向かう。リーダーの顔の横でしゃがみ、表情をうかがう。リーダーは目を閉じていた。口元に手を当て軽い呼吸を確認、脈をみても問題ないようで、これは……。

「寝てる?」

ゲンさんが頷いた。触れても目を覚まさないとは、よほど疲れているらしい。呼吸は安定しているようだから放っておいてもいいだろうが、これはどうしたものか。しかし私の身体では運ぶことは出来ない。仕方ないな。ゲンさんを見ると、私の相棒は心得たと頷きいつも使っている男性を出した。
抱き上げられても起きないリーダーをどこに寝かせるか迷ったが、勝手に部屋に入るのはどうかと思うし、ギアッチョを見ていると仕事帰りはシャワーを浴びないといけないらしいので、ここはソファを選んだ。誰もいないし問題ないだろう。
外の天気は曇りで空気は少し冷えている。念の為、と私が指示するまでもなくゲンさんは素早い動きで毛布を出しリーダーにかけていた。リーダーの小さな寝息を聴きながら、ぼんやりいつもの定位置に座る。ゲンさんは楽しそうに寝顔を見つめているが、ギアッチョにするようにちょっかいは出さないらしい。それはそうだろう、リーダーの顔は酷いものだ。
白人だからこそ悪目立ちする隈は濃く、水分不足なのかカサついた肌や、気遣う余裕もなかったらしい無精髭が彼の疲れをより強調した。暗殺メンバーの中で髭を生やしている人はいないから、なんだか新鮮だ。リーダーが不在だったのは昨夜からのはずだが、この様子だとそれよりも前から多忙だったらしい。毎日顔を合わせていたけど、全然気づかなかった。リーダーは背が高いから、見下ろされると骨の凹凸で出来る影に隠れて顔が良く見えないことも理由の一つだろう。気づいたところで私にはなにも出来ないけれども。

「う……う、あ……」

時計の長い針が一周したあたりで、リーダーが声を出した。起きたのかと目だけでそちらを確認したが、どうやらまだ眠っているようだった。

「うう……ゃめ……やめろ……っ、うう……」

だんだん荒くなっていく呼吸と視認出来る程の発汗。魘されているらしい。こういうとき、起こした方がいいのか?残念ながらこの身体になって以来魘されることも魘されている人をみることも無かったから、どうしたらいいのかさっぱりわからない。日本にいた頃はどうしていたっけ。つい助けを求めるようにゲンさんを見るけど、ゲンさんもまた私の顔を見るだけだった。
魘されているということは、夢を見ているんだろうか。夢を見てるってことはレム睡眠なのだろうし、ならば放っておいてもそのうち起きるかな。

「……うあぁ……ぁ……」

とりあえず近寄って早く眠りが覚めるように足音と気配を出しておくが、リーダーはやはり起きる様子がない。それどころか、声にプラスして手足がビクビクと動いていた。毛布がちぎれそうなくらい強く握っている。そして何度かわあわあと呻いた後に、ざわりと肌が揺れる感覚がして咄嗟に窓際まで下がった。私の後ろにゲンさんが隠れる。そして、リーダーが飛び起きた。

「Ti uccido!」

かすれた怒鳴り声と共に、リーダーの肌から無数のナイフや針が飛び出し、一瞬でその場が血濡れに変わる。

「あ、アア、うわああ!」

呻き声が悲痛な叫び声になった。殺してやる、と言いながら死にそうなのは自分だろう。
リーダーから流れ出した血がハサミやナイフに変わっていく。床にバラバラと散らばったそれらに近づくことは躊躇された。鉄の棒が貫通したような喉からひゅうひゅうと音が流れ、虚ろなリーダーの瞳が私を向いた。ぼんやりとした焦点がカチリとあって、赤い色が私を認識するとハッと大きく丸まった。

「ぁ……ナマエ……」
「シー、カルマティ、おちついて」

私もそうだけど、リーダーもスタンドをもって浅いと耳にしたことがある。感情に揺さぶられて暴走したのだろう。特に意味は無いが、リーダーと目を合わせたまま頷く。すると、血だらけの手がまず喉の鉄棒を体内に押し込むように動いた。ロロォ、と聞こえるスタンドの声がズブズブと沈んでいく。リーダーの周囲に落ちていた鉄製のものが全て体内に収められていく。まるでびっくり人間だ。ついでにリーダーから出てきたわけではないはずの棚にあったハサミや引き出しの中の爪切りまで、食べるようにリーダーは飲み込んでいく。血だらけだったのが嘘のように元通りになっても、穴の空いた毛布は変わらない。リーダーは落ち込んだように額に手を当てて、首を振った。

「……すまない、毛布は新しいものを」
「いらない」

パッとゲンさんが消した。膝から唐突に温もりが消え、リーダーは驚いたように顔を上げた。目が合う。私は一歩踏み出したが、先程のように肌がざわざわとすることはなく、リーダーはしっかり落ち着いたようだ。

「……Grazie、ナマエ」

小さく落とされた言葉に、なんと返していいかわからず、うろうろと目線をさ迷わせて探したものの、結局私は頷くだけだった。動揺していたがどこか慣れた様子であったし、スタンドの暴走は初めてでは無さそうだ。もしかすると、このアジトにある鉄製品はメイドインリーダーなのかもしれない。シャワーを浴びに行く背中を見つつ、ぼんやりそう思った。