預ける心の一つか二つ

「ナマエ、大好きだよ」
「なに突然照れるわ。可愛いこと言いよって」
「ふがっ」

談話室でナマエとロンが全然進まないチェスをやっているところに横から話しかけると、ロンからやっとの思いで取ることが出来たというポーンで頬をつつかれる。僕らの様子を見て、ロンがため息を吐いた。友だちに申し訳ない気持ちはあるものの、ロンはわかっているというように頷いてナマエからポーンを取り返した。

「ああっ!私の馬!」
「ナマエってチェス本当下手くそ」
「おまっ、オセロなら負けねえから!」

吠えるナマエを見つめて、ぼんやりと頬杖をついた。
手を繋ぐと握り返されて、抱き締めると抱き締め返される。口元についたソースを拭ったり、遠くの席からわざわざ隣に移動したり。すごくわかりやすいアピールだと思うのだけど、意中の相手には全くと言っていいほど通じていない。何をしても平静でニコニコと笑うだけ。
お陰で僕の心は今やホグワーツ中が知っているくらいなのに、きっとナマエだけが知らない。

「勝てば官軍負ければ賊軍…持っていきたまえ……」
「たかがカエルチョコだろ」
「ミョウジ国の領地に等しい価値だぞ失礼な」
「なんでそんなに盛り上がれるんだ。幸せやつだな」
「豊かな土地を羨むなよ」
「何様なの?」
「ミョウジ国国王様だが?」

ぼうっとしているといつの間にか勝負は終わっていたらしい。ナマエは負けたのに胸を張って得意げな表情をしていた。ロンがカエルチョコを開けて、一匹ずつナマエと僕にも分けてくれた。
口の中で動くカエルチョコをナマエが少し苦手そうに食べるのを見ていると、ふと目がこちらを向いた。

「視線で穴空いちゃうんだぜ」
「…………ゴメン」

そろりと逸らされた目と、少しとがった唇にドキリと胸が鳴る。どうして大好きだよっていったときはなんともないのにこういうときに照れるんだろう。 不思議な気持ちで見つめていると、ナマエが頬を掻きながら「だから穴空くってば」と誤魔化すように小さく笑う。なんでもない、と言って少し目を逸らしたけど、僕の鼓動は早まったまま、ナマエとロンのチェスの手の反省会のようなものに黙って耳を傾けた。そのうちジニーに呼ばれて、ナマエは「じゃね」と女子寮に上がっていってしまう。残された僕とロンの間に沈黙が広がり、空になったカエルチョコの箱が談話室のゴミ箱に飛んで行く。ウィンガーディアムレビオーサ、と唱えたロンを見て口を開いた。

「さっきの、脈アリだと思う?」
「僕に聞くの!?」
「ロン以外いないよ。ハーマイオニーは図書館だ」
「そういうことじゃないけど……ハア……逆に脈アリだと思う?」
「…………思いたい」
「君もめでたいやつだなあハリー」

やれやれ、と呆れたように首を振るロンを軽く睨む。ロンにはわからないよ、と言うと、わかるわけないだろ!と返される。曰く、ナマエに惚れる奇特なやつは世界で僕くらいらしいけど、それは言いすぎだと思う。
ナマエにアピールしはじめた頃、ロンから「あいつとキス出来るのか?想像しただけで無理」と吐く真似をされたけど、僕はそれを想像してしばらくナマエの顔を真正面から見れなくなったことがある。何があるわけでもないのに照れてしまって、ハーマイオニーから温かい眼差しを向けられ気恥ずかしかったのを覚えている。
なにかの話の折に美人とかよりどりみどりじゃん、とナマエ本人から言われて冗談でも少し傷ついたこともあるけれど、そのとき僕はナマエのほうがいいよ、と伝えることが出来なかった。今なら言えると思うけれど、やっぱり少し恥ずかしい。しかし、このままだと近い未来そのうち自ら打ち明けるくらい必死になるんだろうな、と予感している。 チョウに比べれば確かに美人ではないし、よくいるアジア系の顔立ちだってナマエ自身が言っていた。でも僕にとってナマエはかけがえのない笑みを浮かべ、怒り、悲しんで、楽しく過ごせる大切な人だ。

「だいたいナマエ本人にそういうつもりがないんだから無理じゃない?って言っても諦めないんだろうけど、応援するのも複雑な気持ちだぜ、僕は」
「どうしたらそのつもりになると思う?」
「僕の話聞いてた?」

ラブレターや告白という手も無くはないけど、ナマエにはそういう意味で近づいていると思われたくないって矛盾した気持ちもある。今の距離感が心地よくて、もどかしい。ナマエはきっと僕の下心を知ったら離れていってしまいそうな気がするから、なかなか直接的に一線を超える勇気が出ない。ナマエに隠してることがたくさんあるから少し後ろめたいところもあるし、と自分に言い訳しているけれど、何もしなくてもナマエはどこかに行ってしまいそうなときがあるから、なるべく繋ぎ止めておきたくて彼女に甘えるようにアピールをし続けている。

「ナマエが、僕を好きになってくれたらいいのに」
「誰よりもナマエに甘やかされてる自覚ある?」
「それはそれ、これはこれだよ」
「ハリー、ちょっとナマエに似てきたな」

思わず笑みがこぼれた。もしそうなら、ナマエもそうだと嬉しい。今はまだ静かな恋のままでも、そのうちナマエ自身が気づいてくれて、そのときには僕のなにかがナマエに移っていたらすごく良いなと思う。
ヴォルデモートにも割って入る隙間のない小さな夢が芽生えて笑っていると、用が終わったらしいナマエが降りてきて僕の顔を見てへらっと笑った。その笑みにまた胸が温かくなる。ロンが「付き合ってられないよ」と小さく呟いた。

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