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幸福ゆえになくしたもの

粉を買いすぎちゃったの!とラベンダーが今グリフィンドールで小麦粉をくばっていることは、グリフィンドール生なら誰だって知っている。なんでもパイを作ろうとして沢山注文したのだが、桁を間違えたんだとか。買いすぎちゃったどころじゃない。ドジっ子にもほどがある。しかも食品類だから返品が出来ないと来た。そして今日は休日かつホグズミードデー。もちろん私はお留守番。と、いうわけで。

「フッフーン、バッレーンタインデーキィッス」
「ハイ!」「ハイ!」
「美しい歌声ですお嬢様!」
「苦しゅうない」

明日は特別、といきたいところだけどもうそんな日はとっくに過ぎて、今はイースターのほうが盛り上がる季節だ。しかしそんなものは関係ないのである。
生地を作りながら適当に歌っていると、それこそ歌詞なんてぐちゃぐちゃの鼻歌のようなものでも合いの手を入れられちやほやされる。厨房はホストクラブだった……?いやホストクラブでもされないレベルでちやほやされている。この私がだぞ。うむ。満更でもない。
ボウルの中に牛乳を入れてぐるぐると混ぜ混ぜ。ちやほやされてご機嫌で作るお菓子はきっと美味しい。なお、粉以外の材料は普通にホグワーツの厨房から拝借している。本来の厨房の主たちは材料を勝手にもらうことについて何も言わないどころか、自分たちから「これは必要ですか!?」「これは!?」「お砂糖が足りないのでは!?追加しますか!?」と声のボリューム大きめに出してきてくれるから逆に困ってしまった。こやつら、人の見た目はしていないが親切すぎる……人に騙されてしまう……。ハーマイオニーが危惧するわけだよ。しもべ妖精は心の底からはっきりと親切をぶつけてくるから、薄汚れた心にはとても眩しいです。
ドロドロになった生地にドライフルーツやナッツをどばどばと入れてさらに軽く混ぜ、適当に型に入れてオーブンにinする。魔法でやってくれるという申し出があったけど、彼らには夕食の準備があるので遠慮した。また今度頼むわー。というか魔法で料理が出来るなんて本当に便利なファンタジー。魔法界のおふくろの味は魔法の味なんだね。とかつらつら考えつつ細かく動くしもべ妖精たちを観察すること数十分、歴史のありそうなオーブンがチン!と大きめの音を立てた。

「とても綺麗に焼けました!」
「素敵です!」
「お、おう……みんなが手伝ってくれたからだよ、ありがと」
「お、お嬢様……!」

あやっべ地雷踏んだかも。うるうると目を潤ませ、目玉も一緒に落ちるんじゃないかと焦るくらいの大粒の涙を零す数人(…匹?)に頬が引き攣った。ちょくちょく何かが彼らの涙腺に引っかかるらしいんだけど、まだ地雷がどれかわかってないんだよ。親切心強すぎてメンヘラ特殊型妖精なんだなあ……。
完成したパウンドケーキを味見ついでにおすそわけしたらまた泣かれ、最後今生の別れレベルの号泣フェイスでまた来てください!とお見送りをされた。好待遇すぎてバグかと思った。

ホグズミードデーの校内は本当に静かだ。今日はハニーデュークスがセールをしてるとかなんとかで、朝早くからみんな戦士の顔で出ていった。数少ない娯楽だからしゃーない。でも昨日の夜からお菓子の話ばかり聞いていたせいで私もお菓子が食べたくなって、こうして作ったわけだ。粉消費もあるけど。 まだ少し温さが伝わってくる紙袋を持って寮へ戻る。角を曲がるとドンッと思いっきりぶつかってしまいアウチ。鼻を抑えてごめんなさーい!と声を上げると、舌打ちされた。うわ治安悪。しかしその人を見て納得した、マルフォイくんだった。

「前すら見えないのかモンキー!」
「ごめんなすって。どっかぶっけた?怪我した?」
「うるさい!」

うわご機嫌ななめだな。いつもなら長い嫌味を話してくれるけどそれもないらしい。珍しく1人だし、何かあったのかもしれない。少し乱れたオールバックの前髪をいじっているマルフォイくんをじっと見ると、チィッという舌打ちのあとにぐぅぅと音が鳴った。……なんぞ?首を傾げると、また舌打ちされる。えっなに?今の音源マルフォイくんなの?

「お腹痛いの?」
「うるさい」
「あっわかったお腹ぺこぺこなんだ」
「うるさい!」

これはビンゴだわ。そしてナイスタイミングだ。私は紙袋からパウンドケーキをひとつ取り出してマルフォイくんに渡した。

「出来たてほやほやだよ、はいおすそわけ」
「この僕に恵むなど何様のつもりだ!馬鹿にしやがって、覚えてろよモンキー!」

とか言いながら持って行くんじゃんねぷーくすくす。慰謝料みたいなもんすわ、せいぜい味わいたまえ。

マルフォイくんの背を見送り、少し軽くなった紙袋を持って階段をあがっていると、窓からぶわっと風が吹きこんだ。突然の冷えに思わずビクッと飛び跳ねる。さ、さみい!誰だこんなとこの窓開けたのは!そろりと外を見ると、なんと目が合った。はっ!?

「ぎゃあああ!!」
「うわっ!?」
「なんだ!?」
「シャァベッタァァァァァァァ!?」
「そりゃ喋るだろ!?」

足がもつれて階段から落ちそうになり、慌てて手すりに手をかけて体勢を持ち直した。心臓がすげえビート奏でてる。胸を抑えて、また窓に目をやった。赤毛がチョロチョロしている。

「っんだよ双子か……はーびっくりした……」
「俺らもびっくりしたぜ?」
「ナマエだ!と思って声をかけようとしたら」
「いきなり悲鳴あげられちまうんだからな」
「俺らのことなんだと思ってるんだ?」
「えっなんで私が悪い感じ?地上から5メートルは確実に離れてる外と目が合ったら誰とてそうなるわ」

げんなりとため息を吐いて、改めて窓の外にいる2人に手を振った。なるほど、箒か。納得した。ファンタジーはクレイジーだな…。双子に呆れられ苦笑すると、目ざとい片方が私の紙袋に目をつけた。

「なんだそれ」
「ナマエちゃんお手製パウンドケーキ」
「ふうん。そういや、俺たちハニーデュークスで期間限定のフレーバーの争奪戦に負けちまったんだ」 「そりゃドンマイ」
「だからそれくれよ」「イイヨ!」
「ブッ、いや、は?」
「サンキューナマエ!」
「じゃあな!」
「は???」

返事してませんが??と言う前に紙袋はサッと彼らの腕に飛んで行った。ア、アクシオされた…だと……!?しかもなんださっきの裏声は。持ち逃げされて怒りたいのに笑いが込み上げてきてしまう。あっという間に遠くなる箒たちに何も言えずンフフフと肩を震わせる。怒涛の展開だったな。逆に清々しい、けど私のおやつ…。

仕方が無いので夕方までソファでふて寝していたら本気で寝てしまったらしい。ドスンッという腹への衝撃で目覚めた。ウグッ。たぶん胃が出た。おはようR15G。

「ナマエー!もうー!」
「う、ぼぁ…ハリー……ぎぶ……しぬ……」
「それはだめ!」

腹の上から消えた圧迫感にゼェハァすると、頬をふくらませたハリーがじっと私を見ていた。いつの間に帰ってきてたの。バイオレンス目覚ましをどうも。おかえり、と言うとただいまと返されそのまま口に棒付きアメを突っ込まれた。……なんだこれ、なんか…変な味する…。

「それお土産、ハニーデュークスの期間限定ザリガニフレーバー」
「ザリガニ」

ザリガニ……。甘いかっぱえびせんのような味だけど、まあ、お土産というのならちゃんと食べようじゃないか。しかしハリーはむっと私を見つめたまま、「なにかいうことは?」と言った。えっ。

「……お、おかえり?」
「さっき聞いたよ」
「楽しかった?」
「うん。マルフォイが仲間割れしてて面白かった」
「……ああ、なるほど……」
「でもすぐ面白くなくなった。どうしてだと思う?」

なんでこんな尋問されてるんだろうか。え、ええっとぉー。答えに迷ってきょろきょろすると、チェス盤の前に座ったハーミーとロンがつまらなさそうな顔をしながら指をさした。その方向を見ると、ゾンコの商品がどうのこうのと盛り上がっているグループの中に赤毛が。

「……あー、今日マルフォイくんに会ったときお菓子のおすそわけしたんだ」
「そうだね」
「うん、そ……そうだね!?ご存知で!?え、ええ、まだ続く感じか……?答えこれじゃな、あ、そう、さいですか……」

顔怖いよハリーくん。うーんと頭を悩ませると、ハリーはため息を吐いて手を出した。うん?なに?

「僕のは?」
「ん?」
「僕の分」
「あー……無い」
「無い!?どうして!?マルフォイにも、フレッドとジョージにもあげたのに!?」
「それで完売です」

両手をサラリとあげると、ハリーはぽかんとした後にまたむっとした表情を浮かべ、勢いよく赤毛のいるグループに突っ込んで行った。うわ元気。ハラハラしながら様子を見ていると、ロンとハーミーが百味ビーンズを食べながら隣に来た。

「美味かったらしくて、フレッドたちに自慢されてさ。ハリーは羨ましかったんだよ」
「マルフォイも悪くないって言ってたわ。あなた、意外とお菓子作り上手なのね」
「えっマジ?照れる」

照れくさく頬をかきつつ乱闘が始まりそうなハリーにまた作るよー!と声をかけると、ハリーは赤毛のどちらかの頬をぱちんと叩いてから戻ってきた。ロンをどかして私の隣へ腰掛けると、拗ねたようにぷいっとそっぽを向く。ザリガニフレーバーをガリガリ噛みながら、これは可愛らしいかまちょだなあと苦笑した。