- ナノ -

才あるものの劣等

 天窓を拭く雑巾の後から、シュッシュッとクエン酸スプレーを吹きかけていく。そしてその後ろからまた雑巾がキュッキュッといい音を立てて、窓はどんどんピカピカになる。霧吹きも魔法化したいんだけど、魔法でやってしまうと一度にシャワーのような量が出てしまうのだ。こればっかりは私の力量というより、相性の良い器がないことにはどうしようもない。だからといって術式を一から練り考えるのも面倒で。
 窓越しに今日も曇った空が見えて、しばらく晴れてないなあとため息を吐くと窓も軽く曇ってしまった。私の故郷である日本は晴れの日が多かったから恋しい気分。
 パンッと耳元で音が鳴った。この柏手のような音は呼び出しだ。雑巾にそのまま魔法を続けさせ、私は校長室へ移動した。

「お呼びですか校長先生」
「うむ、ナマエ、この子に守りを」
「守りですか? わかりました、失礼しま──ハリー・ポッター?」
「……え、えっと、誰?」

 ダンブルドア先生が肩を抱いている少年は、背丈もやけに小さく細っこい子供だった。今年の一年生の中でも細めだろう。(これは厨房に言って精のあるものを食べさせねば!)前髪の下に隠れているようだが、首を傾げてさらりと見えた額の稲妻型の傷は魔法界では有名すぎる。
 ポッター様は、突然現れた私に目を丸くしていた。

「こやつはナマエ・ミョウジ、この城に仕えるミョウジ家の娘じゃよ」
「ミョウジ家?」
「代々ホグワーツと契約を交わし小間使いをしております。……ま、簡単に言えば城の奴隷ですかね。以後よしなに」
「奴隷!?」

 眼鏡の奥で丸かった目が見開かれ、バッとダンブルドア先生を見る。ダンブルドア先生はにっこりと笑って頷いた。

「しもべ妖精と似たようなものじゃ、何かあれば言うと良い」
「しもべ妖精と一緒にしないでください」
「おお、すまんの。してナマエ、守りを」
「どのような種類で? 城と同じものですか?」

 現在ホグワーツにいる同族の中で結界魔法が優れているのは私だから、ダンブルドア先生はよく私に守りを頼む。森の番人がハグリッドなら、城の番人が私だ。だからしもべ妖精とは違う、と何度も言っているのだが、しもべ妖精はしもべ妖精で彼らの妖精魔法を使い城を動かしているため正面から喧嘩しても意味はない。だからといって人間と妖精を一緒にされては困るんですがね、と何度言っても私たちに慣れてしまっている先生方には通じない。
 ダンブルドア先生は私の質問にいいや、と首を振った。

「魔力を弾くものを」
「……魔力を、弾く?」
「ハリーのことは知っておるじゃろう。そういうことじゃ」

 そういうことじゃ、と言われましても。ポッター様を見やると、彼は戸惑うように私を見ている。私も似たような目をしているだろう。

「彼には既にかかっている守りがある。下手に上書きすれば効力に影響が出ますよ」
「…………ふむ? そうかのう」
「魔力と愛のどちらが強いのか、ご存知でしょう」

 当然魔力と答えるところだが、ダンブルドア先生は私の言いたいことを察したように頷いた。命一つ分の魔力という愛の証拠は強固だ。下手すれば私の魔法が弾かれるかも。魔法は時に同種を嫌うものだ。
 先生は頷き、しばらく様子を見るとしようと言い杖を一振する。ポッター様の頭からするりと煙が出た後に小さな身体がふらりとお倒れになり、咄嗟に手を出して支える。軽い体重に少し驚いたが、ホグワーツにいればきっとすぐに重くなるだろう。

「リリーの守護については他言無用、ハリーにも言うでないぞ」
「よろしいので?」
「まだ知るときではない。勇者は時に油断し無謀な果敢を持つ」
「承知しました」
「ハリーをグリフィンドールへ連れていきなさい。それから賢者の石の点検と、目くらましの物をグリンゴッツへ。わしは魔法省へ行く、フォークスに餌をやり、みぞの鏡を奥へ移動させておいてくれ」
「承知しました」

 フォークスに挨拶をしてからダンブルドア先生は暖炉から魔法省へと向かわれる。ポッター様の身体を抱えて、頭の中で順番を整理しながらグリフィンドール塔へくるりと移動した。
 談話室に突然現れた私だったが、生徒たちは特に驚くことなく素知らぬ顔だ。いや、一年生は驚いていたが。
 ポッター様を椅子へ座らせ、彼の鼻元で親指と人差し指を擦り合わせ出てきた煙を吸わせる。すると、ポッター様はハッと目覚められ驚いたようにキョロキョロとあたりを見回した。

「あれ、僕校長室に……」
「突然お倒れに、貧血でしょう。魔法界に来て間もない、環境の変化は身体に影響を及ぼすものです」
「あ……えっと、」
「ナマエ・ミョウジですよポッター様」

 微笑んでもう一度挨拶をすると、ポッター様も控えめに微笑まれた。ではごゆっくり学生生活を楽しんで、と残し移動しようとすると、裾をくいっと引っ張られた。
 いたのはキラキラしたそっくりの二つの顔を筆頭とした悪戯に勇敢なグリフィンドール生徒たち。思わず苦笑してしまう。

「さっきの煙なんだ!?」
「どうやったんだ!?」
「教えろよナマエ!」
「ただの気付け魔法の応用ですよ」
「わかんねえ、教えろよ!」
「命令だぞ!」

「ちょっと、あなたたちさっきから偉そうになんなの?」

 悪戯少年たちの質問攻めには慣れたものであと少し驚かせれば静かになるものだが、今日は珍しい横槍が入った。私たちは同じように声の主を見る。たっぷりの栗毛がふわふわと揺れる、新入生の女の子だった。
 どうやらマグルから来た子のようだ。毎年一定数、しもべ妖精とは違い人間であるミョウジを受け入れられない子がいるがさてこの子はどうだろうか。少し屈んで目を合わせる。

「こんにちは一年生の方、私はナマエ・ミョウジと申します、ホグワーツの小間使いです。何かございましたらなんなりと」
「ハーマイオニー・グレンジャーよ。小間使い? 大人なのに先生ではないの?」
「当たり前だろ、ミョウジだぜ」
「ミョウジってなに?」

 他にも不思議そうな子がいるので、見回しながら説明をする。
 代々城と契約を交わしている小間使いの一族であり、しもべ妖精よりは少ないが私の他にもいるので何かあれば声をかけてくれと言うと、早速複数名の子達から手紙を出してくれ、レポートを届けてくれ、本を返却しておいてくれ、罰則を代わってくれ、箒を直してくれと頼みを受ける。
 はい、はいとひとつひとつに頷いたが、罰則の君だけは駄目ですよと言うと、その子は魔法族出身のようで憤慨したように「寄生種族のくせに逆らうのか!」と怒鳴った。それを聞き、グレンジャー様が「なんてこというの!」と怒る。まあまあと諌め、肩を竦めた。

「私共は魔法を使うのに、契約者の魔力を使用するのです。ですから主がいなければ魔法使いではなくなる、魔力に寄生する一族だと言われております」
「そんな……どうして?」
「先祖が少々やらかしまして。ですが循環魔力さえあれば元々の魔力を解放出来ますので、契約者がいるミョウジは魔法使いです」
「けれどしもべ妖精より劣っているわ!」

 飛んできた声を見ると、七年生の生徒が充血した目で私を睨んでいた。よほど試験で精神的に追い詰められているのだろう。仕方ない、八つ当たりも受け入れるのが大人だ。私は苦笑して「長居しすぎたようです、失礼します」と頭を下げると、頼まれた手紙やレポートを手に抱えて寮を出た。

 指で宙をなぞり手紙をフクロウ小屋へ飛ばしながら箒小屋へと移動する。覗くと確かに真ん中からぷっつりと二本に折れた箒があり、それを修復。預かったレポートは複数あり、それぞれの先生のところへ飛ばす。厨房に顔を出して担当のミョウジからフォークスの餌をもらって、ついでに食事内容について話してから校長室へ。フォークスが餌を食べ終わるのをしばらく待つのがつかの間の休憩、しゃがみこんでこれから沢山走るだろう足をマッサージしながら少し目をつぶって休む。フォークスが食べ終わると器を魔法で厨房に送り、本を抱えて図書館へ行く。預かった分厚い本たちを返却し何故か私が怒られてから(みんなちゃんと計画的に返却して!)、奥へと進んでみぞの鏡を小さくしポケットに収納する。そして地下へ移動し扉をノックした。
 のそりと出てきたのはスネイプ教授で、ペンを片手になんの用だと片眉をあげる。

「お忙しい中失礼、レプリカとなる鉱石を分けていただけませんか?」
「ご自分で取りに行くことも出来ないのかね。……ああ、そうであった、貴様は城に縛られた哀れな魔法族もどきでしたな」

 嫌味な言葉を涼しい顔で流し、ブツブツ言いながらも渡された柘榴石に魔法をかけて布で包む。ありがとうございます、と挨拶をし失礼しようとすると、スネイプ教授は私を引き止めた。

「アスフォデルの球根を1グロス、ハナハッカを10kg、根生姜を3kg、月長石を8kg、アスフォデルの球根と月長石は全て粉末に。陽が落ちたら城に干してあるイラクサを全て回収して、材料をまとめて保管庫へ」
「承知しました」

 頷くとスネイプ教授はバタンとドアを閉めた。
 内心ムムムと思いながら、四階の廊下の奥へ移動し、みぞの鏡を設置。ふう、と一息つくとみぞの鏡はむくむくとお風呂を満喫する私を映し出し、なんだかどっしりと疲れた心地になった。
 スネイプ教授からの命令は男のミョウジに任せたいが、私たちは城を出れば魔法が使えなくなるからこぞって外出の用を嫌う。頼んでも受けてはくれないだろう。一体総重量何キロになるんだ。しかし城仕えのミョウジである以上私にはやる以外の選択肢がない。
 頬を叩いて気合をいれると、私は必要の部屋へ移動して暖炉からダイアゴン横丁へ向かった。

 まずグリンゴッツへ向かい、賢者の石のレプリカを入れる。小鬼にも馬鹿にされるのは癪だが、魔法が使えない今では仕方がない。
 陽が落ちたら、と指定されたため時間はある──と思いきや陽は既に傾き始めている。銀行から出て店へ一直線に走った。言われた通りのものを注文すると奥から箱が運ばれてくる。数と重さをチェックし、箱をバランスよく積み上げて持ち歩いている紐でまとめる。多少の隙間に腕を入れて背中に背負うと、ズシリと重さに潰れそうになった。しかし根性で足腰に力を入れて立ち上がる。
 無茶じゃないかと見てくる店主に礼を言い、外に出ると思っていたよりも重さと格闘していたらしく黄金色の空になっていた。やばい、と頑張って走るが、一歩一歩が地に沈みそうになる。ヒイヒイと息を切らしやっとの思いで暖炉に飛び込みホグワーツへ戻った。
 崩れ落ちた体はそのまま、箱を床に下ろしてから重たい手を無理やり動かし、アスフォデルの球根と月長石を粉末に変えてから、全ての箱を保管庫へ転移させる。そしてこれまた重たい足を踏み出してくるりと城の森側へ移動し、干しイラクサをまとめて箱にしまい保管庫へ。終わった頃のギリギリ陽が沈む一歩手前といったところの空模様にホッと息を吐き、冷たい地面で足を冷やす。

 しばらく休んでいると、トントンっと床を叩くような音が耳元で鳴った。仲間に呼ばれている合図だ。
 夕食の時間だろうか、と少し回復した足でミョウジの住む塔へ向かうと、皆がスープを飲んでいた。その中の一人に「ナマエ、窓掃除」と一言言われぽかんと口が開いた。が、すぐに思い出して頭を抱える。

「誰かやっといてくんなかったの!?」
「俺らだって忙しい」
「そもそも城の掃除はしもべ妖精の仕事なのに……」
「でもトレローニー教授に言われたのはあんた」
「ちくしょう……」

 ご丁寧に温くする気遣いはあったらしい私の分のスープを出され、勢いよくかっこむ。まだ口の中に具材が入っているが手を合わせて「ごちそうさま!」と塔を飛び出して一番最初の天窓へ向かうと、雑巾はとっくにパタリと落ちていたらしい。そりゃそうだ、私は一度外出したから効力は切れる。
 くいっと指を動かしてまた雑巾に魔法をかけた。その場に置きっぱなしだった霧吹きを片手に、がくがく震える足に力を入れて立つ。時折止まってふくらはぎや太ももをさすりながら、懸命に動く雑巾に挟まれつつシュッシュッと吹きかけていく。
 元々そこまで汚れてはいないが、磨かれ透明度が増していくガラス越しの空はやはり曇っていて星のひとつさえ見えなくて、私の疲労度を表しているようだった。早く城務め辞めたい。