あたらしい日々のような終わり

教会というのはたくさんの善と悪が集まる場所だ。本当の善人か、善人のふりをした悪人か、自分が悪だと自覚していない悪人か、悪の道に行き罪悪感に苛まれた悪人もどきか、そのほかにもたくさんの種類の人々が信仰という名の自らの誤魔化しをしに行く場所だ。そう言ったのは、今回の仕事のパートナーであるホルマジオだった。
ソルベにお金を払い磨かれたばかりらしいピカピカの車を明るい街に走らせながら聞く話は、あまり宗教に明るくない私にはよくわからないことだったが、ふうんと頷いた。やけに教会にアタリがきついようだけど、何かあったのかもしれない。ギャングは総じて薄暗い背景があるものだ。踏み込むつもりはないが、これからの仕事に私情を持ち込まれても困る。じっと頬を見つめると、ホルマジオは嫌そうに方手を振った。

「ンなに見るんじゃあねーよ、穴が空くだろうが」
「…………」
「言っとくが、教会の人間の中にはとんでもねえヘンタイがいっから、お前俺から離れるんじゃあねえぞ」

ぱちりと瞬きをして頷いた。ホルマジオから離れるつもりは無いが、彼はリトル・フィートで私の胸ポケットに隠れるはずだろう。ヘンタイとやらはよくわからないが、私も注意は欠かさないつもりだ。とはいえ、日曜のミサは人も多いだろうし、その中で派手な行動は起こせないがひとりぼっちの子供も目立つのに変わりはない。いっそゲンさんに付き添いの大人を作ってもらうか、と考えているうちに車は目的地周辺に到着した。
しかし、予想に反してホルマジオは車から降りても大きいままだった。首を傾げると、なんだよ、と頬をつつかれる。

「いいか、俺のことは兄ちゃんと呼べ。兄弟で来たってんなら神父の懐にも入り込みやすいだろうよ」
「…………」

ホルマジオが兄役?それは無理があるんじゃないか。彼は赤毛のイタリア男で、私は黒髪黒目のアジア系だ。見た目の違いはハッキリしている。だとすると義理ってことになるが……それは何回か時間をかけて兄妹の刷り込みをターゲットにしなくちゃならなくなる。期日までに時間があるとはいえ、そんな面倒なことを?そんな思いを込めて見上げると、ホルマジオは深いため息を吐いた。ガシガシと頭をかいて、その上からハンチング帽を被る。

「しょうがねェなあ、へいへいわかったよ。しかし父親っつーのは……俺ァそんなに老けて見えるか?」
「…………兄?」
「…………んな顔すんじゃねーよナマイキ」

まだ父親の方が、アジア系は母親の血なんですとかなんとか言えば済むだろう。しかし兄は無理がある。そもそも、家族設定にするのなら私では無理があるんじゃないか。人種の違いは大きい。そんな感情が顔に出ていたのか、ホルマジオはぎゅむと私の鼻をつまんだ後、自分と同じようにハンチング帽を私の頭にも被せた。サイズが違うため自然と目深くなった帽子を少し後ろにずらし視界を確保する。おら行くぞ、と言われその背中を追った。

次々と吸い込まれるように人が教会へ入っていく。それに紛れて私たちもまた中へ入る。後ろの方の席に座ったホルマジオの隣に座した。
蝋燭の灯りと差し込む陽の光が明るく照らし、正面のマリア像はカラフルなステンドグラスから注ぐ日光によって虹色の後光が差していた。きれい、と聞こえた声に内心で同意する。きょろきょろと辺りを見回すと、私と同じくらいの子供が聖書を持って親らしき人と手を繋いでいた。首からロザリオを下げている。信仰心の厚い家なのだろう。私が見ている方をホルマジオも不思議そうに見たが、すぐに顔を歪め目を逸らしていた。じっと見上げると、帽子を抑えられ目深にされた。

「Dio disse "La terra produca esseri viventi secondo la loro specie, bestiame──」

シンとした空気の中、ターゲットである神父の低い声が歌うように朗読していく。イタリア語はよくわからないが、聖書の内容はさらに分からない。暇潰しにターゲットの観察をする。細身の老人で非力そうな、すぐに折れてしまいそうな見た目をしている。が、こういう人に限って死にしぶとかったりするものだ。そう思っていると青い瞳と目が合い、ぞわりと立った鳥肌に首を傾げた。
ホルマジオの真似をしてたまに立ち上がったり、何故か周りも本を片手に朗読をしているのでよくわからずぼんやりしながら待っていたり、完全にアウェイなままあっさりとミサは終了した。行くぞ、と言われて炊き出しの方へ向かう。事前調査通り神父もまた食事を配る列にいるため、予定のまま何かしらの軽いボディータッチで小さくなった毒針を仕込む流れだ。毒針は私が持っているが、ホルマジオも仕込んでいそうだ。

「初めまして、教会へようこそ。お父さんとミサへ?」

私たちの番になったとき、神父が私に木の器の中に入れた煮込み料理を渡してくる。グラッツェ、と返すと、何やら受け取ろうとした片手を握られ撫でられたため、ついでに爪の間に仕込んでおいた毒針を脈のあたりに刺しておいた。握ってくる指の付け根を押して手を離す。質問に頷くと、後ろから「ミラ!」と知らない名前で呼ばれたが、ホルマジオの作った偽名だろう。

「ああ、すみません神父様。ミラ、ちゃんとお礼を言ったか?」
「チェルト」
「Certo、な」
「ははは、まだ舌足らずのようだ。可愛らしい娘さんですね。お母上はアジアの方ですかな?」
「ええ、妻によく似てくれてよかった」
「そしてあなたに似て信心深く育つでしょう」

あなたに似て、というのに”お父さん”の顔を見上げると、ホルマジオは苦笑して小さく頷いた。信心深いのか?車ではあんなに教会をボロくそ言っていたのに、と思いながらミサを思い返すと、周りの人が聖書を読んで朗読している中、ホルマジオは暗唱していた。神父がそれを見ていたのかはわからないが、老人はゆるい服の懐からコンパクトな古びた本を出して器を持つ私に差し出してきた。

「聖書を持っていなかっただろう?持ち歩きやすいのはいいのだが、私ではもう字が小さくて読めなくてね。君にあげよう」
「……パードレ」

断ってもいいものかとホルマジオを見上げる。ホルマジオはにっこりと笑って、私の代わりに聖書を受け取った。それを見て、グラッツェと神父に言う。また来てくれ、と手を差し出れ、その手もホルマジオが握った。指先が小さく動いたのを見るに、彼も毒を放ったようだ。これは予定より早く死ぬかもなあ。
ぼんやり考えながら、ホルマジオに肩を抱かれて列から離れ、教会を後にする。車に戻る途中で炊き出しの煮物の匂いを嗅ぐと、トマトとスパイス、そして薄らハーブの匂いがした。なるほどなあ、と立ち止まりゴミ箱へ捨てようとすると、前を歩いてきたホルマジオがやってくる。

「お前にゃ手遅れだろーが言っておくぜ、信じるっつーのは所詮洗脳に過ぎねえし、信じたからといってなんの得にもなりゃしねえ。薄汚ぇ欲に殺されるだけだ。それから、俺の前で聖書なんざ読んでみろ、瓶に閉じ込めるからな」

そう言って煮物の入った器の中に神父からもらった聖書を突っ込み、そのままゴミ箱へぶち込む。一連の流れを見ながら、よくわからないままこくりと頷いた。ホルマジオと教会に何があったのか謎だし、知ろうとも思わない。
翌日の新聞に溶けた遺体の記事が載っていたらしく、ご機嫌なメローネの話を聞いた。どうやらメローネが配合したらしい。私は聞いていないから、仕込んだのは彼しかいない。流石にやりすぎではないか。呆れた視線を送ると、ホルマジオは私の鼻をぎゅむと摘みゲンさんにぽかぽか叩かれていた。

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