- ナノ -

さみしいとさみしいを束ねて

休暇に帰る皆の背中を見送る。トランクがゴトゴトと鳴る大合唱が去ると、私とハリーは寮へ戻った。そこそこの人数が残るとはいえ、ハーミーもロンも今回は帰省するのだと先程見送った一団の中の背中を思い出す。
暖炉の前で膝を抱えぼうっとしていると、ココアを持ったハリーが隣に座った。渡されたマグカップの上にはマシュマロがふたつ乗っている。黙って口をつけると、ゲロ甘だった。しかし体にじんわりと広がる温かさはありがたい。魔法界のフードって本当に不思議だ。
トン、と肩に重みが加わり、ハリーの頭がぐりぐりと擦り付けられる。うーむ甘えたか。

「ロンもハーマイオニーも行っちゃったね」
「…………寂しい?」
「まさか、ナマエがいるもん」

ふふふ、とハリーが笑う振動が私に伝わる。いつもなら反応するところだが、残念なことに今の私にそんな元気はなかった。んー、と音だけの返事をしてココアを飲む。ハリーは私の様子に不思議そうに首を傾げたが、何も言わなかった。
暖炉の火が燃える音と、遠い場所からかすかに聞こえる生徒たちの楽しそうな声だけが耳に入ってくる。しばしの無言が広がった。

家に帰るというのはいい事だ。いつまでもあると思うな親と金、なんてよく言うもんで、私の場合はいつまでもあると思うな家族と家といった具合だけど。死別というわけでもない特殊な状況に、たまに嫌気がさす。現実かも怪しい世界で現実逃避したくなる。たまたま今日がその日だったってわけだ。 家族に会いたい、なんて家を出てからあまり思うことは無かったのに、魔法界に来てからしょっちゅう思うようになった。
帰りたい場所があるのに帰れない私からすれば、帰れる子は当然今のうちに帰った方がいい。しかし、帰りたくないっていう感情もまあわかる。友達といるのが楽しいから、今でしか味わえないものがあるから、その通りだ。その通りだからこそ、私は後悔をしている、のかもしれない。もっと帰っておけばよかった、会っておけばよかった。そんなことを、違う国に来て思うなんて馬鹿げている。もっと早く気づけないものか。ため息ばかりが溶けていく。

いわゆる、ホームシックってやつ。
柄じゃないのはわかっているけど、これでも私だってちゃんと感傷的な気分になるときがある。前とは違い友人も増えて、日常の中で意識しなければ1人にはならなくなった。だからこそ逆に、以前よりも1人になったときに考え込んでしまう。今はハリーが隣にいるというのに、なんだか会話を続ける気もあまり湧かない。子供に気を遣わせてわがままだな。ハリーも文句を言っていいのに。しかし本当に文句を言われてしまったら、今の私はきっと面倒になって部屋に引きこもるだろう。マジで面倒臭いわがまま野郎だな。自覚があるから自分でも嫌になる。
うじうじと考え落ち込むのは嫌だ。どんどん自ら穴に落ちていく感じがする。というのに、こういうとき、私はどうしたらいいのかよくわからない。やけ食いをしても胸焼けに後悔するし、お酒を飲んでも二日酔いで後悔する。大人っぽいことも何も出来ないから、子供に混じって子供になったのかも。おとぎ話のような話はアホらしいけど、魔法界にいる今信じられない話じゃない。
ああ、だめだ、本当にダメな思考になってきた。軽い頭痛に、一旦目を閉じて視界を暗くシャットアウトする。馬鹿なこと考えてるんじゃねーぞナマエ、踏ん張れ。

校内の時計がボーンと鳴り、ようやく午後になったのかとすっかり飲みきったまま握っていたマグカップをテーブルに置く。少し動くと、トサリと重みが倒れてきた。

「……ハリー?」

閉じられた瞳に規則的な呼吸、寝てるらしい。そういえばずっと寄りかかられていた。気づくと右肩が少し痛みを訴えてくる。くるりと回すとバキッと鳴った。あらら。どれだけ不毛に考え込んでいたんだか。このままでは押し潰されそうだったから、ハリーの頭をそっと膝の上に置く。椅子に転がった空のマグカップを広い、先程置いた私のものの隣に置く。すると、しゅんっと一瞬で消えた。ぱちくりと瞬きをして、それからあっ妖精さんかと気づいた。何度も目にしてるけど毎度驚いちまうな。
さて、鐘が鳴ったってことはお昼ご飯だ。しかしスヤスヤのハリーを起こすのもなんだか忍びない。私のわがままに付き合ってもらったわけだしなあ。もう少し待って、お昼過ぎても起きなかったらお菓子でも食べてダラダラ休日を過ごそうじゃないか。そう思っていると、ふっと下から伸びてきた手が私の頬に触れた。おろ?

「…………起きた?」
「ん……」

見下ろすと、ぼんやりとした翡翠の瞳が私を映している。温かい部屋アンド暖炉の前アンド寝起きでハリーの頬が少し赤みを帯びていた。ぽかぽかハリーだ。

「ナマエ……おわった……?」
「…………おわった?」
「僕も、そういうときあるから……ふふふ、いっしょだね」

目を見開いた。撫でられた頬から熱が広がる。心地よい温かな熱がじんわりと身体に染みていく。一緒か、そっかあ。

「ナマエ、寂しい?」
「…………いーえ、ハリーがいるからね!」

ニッと笑うと、ハリーもまた楽しそうに破顔した。その笑みが大変に眩しいです。ハリーポッター、癒しのパワーがすごい。うじうじした感情が一気に吹き飛ばされてしまった。全く敵わないな。友人に、いや、ハリーに支えられていることを痛感する。お返しだとハリーの頬を撫でると、ハリーはふふふと笑い、私もまた笑っていた。