果実に似た命

朝一番にデブに呼ばれサクッと仕事を終わらせてきた。唯一デブのいいところといえば何かしらの食べ物が無料で出てくることだ。今日は仕事を終えるのが早かったからか何かあったのか、デブが機嫌良さそうに私にお菓子を進めてきた。しかしデブは気に入ったものを繰り返し食べる癖がある。私はそろそろ飽きてきている。前の前の前に呼ばれたときからお菓子の種類が変わらない。なんだかよくわからない愚痴と褒め言葉を聞き流しながら口の中のクリームをもっちゃもっちゃと少しずつ飲み込んだ。チーズは腹持ちがいいのが利点だ。
そうして解放された頃にはお腹の中は甘いものでいっぱいで、少し胸焼けがするくらいだった。吐かないようにそっと歩きながらアジトに戻ると、いつもの騒がしい声は聞こえずシンとしている。普段ならば誰かしら話している声が聞こえたりするものだけど、生憎出払っているらしい。私がいない間に仕事があったのかもしれない。居間へ入ると、台所の方からのっそりと大きな身体が顔を覗かせた。

「ナマエ、戻ったか」

リーダーは台所にいたようだ。黒いエプロンをつけて、今日は帽子を被っていなかった。こくりと頷き定位置に座る。少ししてから、リーダーがまた私に声をかけた。

「ナマエ、すまないが鍋を見てくれるか」

鍋。どういうことだ。見上げると、リーダーはちょいちょいと私を手招きする。誘われるままに台所へ足を踏み入れた。アジトにきてからそれなりに経ったが、初めて入った。ギアッチョの家よりも少し立派でよく整頓されている。コンロには、鍋がひとつ置かれていた。鍋の中は黄色い、コーンポタージュのような見た目をしていたが、匂いはトウモロコシではない。

「すぐに戻る。だが焦げると風味が悪くなるから、焦げないようにかき混ぜてくれ」

こういう風に、とリーダーはお手本のように木べらを鍋の中にゆっくり泳がせる。よほど急いでいるのか、リーダーは私に頼むと言ってすぐに部屋を出ていった。何かあったんだろうか。リーダーのことだから大丈夫だろう。大丈夫じゃないのは私だ。背伸びをしてギリギリ鍋の中が見える背丈ではかき混ぜるなんて到底出来ない。私は仕方なくゲンさんを呼び、台を造ってもらった。上に立つと、ゲンさんも興味深そうに一緒に台に立って鍋の中を見る。鍋の中身は見たところ液体のようで、様子を見つつ手は止めないでいるとだんだん粘り気が出てきた。
粘り気が強くなり混ぜるのに力が必要になってきた頃、ガチャンと音がして数人の足音が廊下から聞こえてきた。

「お、なんか作って……ナマエ?」

台所へ顔をのぞかせたのはジェラートだった。私とゲンさんの姿に目を見張った後、細い目がゆるりと弧を描く。

「いい子でお手伝いしてんの?」
「は?お手伝いって……ナマエだ……」

ジェラートに続きメローネが顔を出す。うるせえぞと紙袋を抱えて入ってきたのはプロシュートだ。皆一様にまず私の姿に驚いている。そんなに驚くことかな。ゲンさんが不思議そうに首を傾げた。
プロシュートはずかずかと歩き私の後ろに立つと、フンと鼻を鳴らして紙袋をテーブルに置き、次々と中身を出していく。山盛りのオレンジの香りがふわりと舞った。ジェラートが私の隣に立ち、鍋の中を見る。こんな台なんてあったか?という呟きに、ゲンさんが誇らしそうに胸を張ったがそれを見た人は私以外いないだろう。ガチャン、とまた音がした。ぼそぼそと話し声が聞こえてくる。少しして、リーダーが台所に戻ってきた。

「2人も戻っていたのか」
「おう。なんでこんな面白いことになってんの?」
「面白いこと?ああ、ナマエか。ありがとう」

リーダーの言葉にいいえと首を振り、木べらを手放してひょいと台からおりる。降りた途端台はふわっと空気に消え、隣にいたジェラートが目を丸くして「そんなことも出来るのか」と呟いた。ゲンさんは興味を失ったように居間へ行く。リンクした視界に、ソファに座るギアッチョが見えた。先程ジェラートたちと来たのかもしれない。私も定位置に戻ろうとする。が、首根っこを掴まれた。誰に?

「おい、どうせなら手伝え」
「プロシュート、ナマエの首が絞まるだろう」

チッという舌打ちとともに首の締め付けが無くなる。振り返り見上げると、ぽんとオレンジが飛んできて思わずキャッチした。はい、とジェラートからナイフを渡される。プロシュートを見上げると、さっさとしろと言われた。オレンジを投げてきたのはプロシュートだが、彼は別のものを作るらしい。……まあ、いいか。テーブルの前に移動して、ナイフをオレンジに刺し入れていく。柑橘の匂いが強く、自然なすっぱさの香りがする。くるりとナイフを手の中で回して皮を切り取った。サッと横から剥かれた皮たちが入っているボウルが差し出され、差出人のプロシュートを見ると顎で入れろと指示された。中身はもう少し切ってから別のボウル行きのようだ。2つ目を剥いていると隣にリーダーが来た。目を細めて私と同じようにオレンジを剥いていく。

「パネッレにアランチャを入れんのなんて初めて聞いたぞ」

プロシュートが徐に言った。リーダーがそれに頷く。単純に俺の好みだからな。ジェラートが美味そうだけどなと笑った。なんの話しだろうか。私の疑問が伝わったのか、リーダーがちらりと私を見る。パネッレは知っているか?という問いに首を振った。

「そうか。パネッレはひよこ豆のペーストを揚げたものだ。シチリアの料理で、おやつによく食うんだがここらへんではあまり見ない。故郷の味と言うやつだ、久々に食べたくなって作っていた」
「パニーノにすると美味いぞ」

後ろから伸びてきた手にうにうにと頬をいじられる。ジェラートの体温低めの手だ。黙ってされるがままの私にリーダーの目は丸くなってから細くなった。まるで猫の目のようだ。じっと見ると、リーダーもまた私を見る。

「……ナマエは何か食べたか?」
こくりと頷いた。
「何を食べた?」
「お菓子」

食うことは出来るのかとプロシュートが呟いた。ジェラートが噴き出し、そりゃ人間なんだろと返している。2人とも私をなんだと思っているのか。リーダーは穏やかに2人を見てから、私に問いかける。なんのお菓子だ?それには言葉が詰まった。よくよく考えると、私はあのお菓子をデブのところで何度か食べているがそれがなんなのかよくわかっていない。名前も知らないし、味も毎回違うし。正直にわからないと首を振ると、リーダーは少し戸惑ったようだった。

「形と味と食感」

ふいに聞こえた声に、台所の出入り口を見る。ギアッチョが片手に空の瓶を持ち、その片足にゲンさんがくっついていた。お、保護者だ。ジェラートが楽しそうに言う。保護者、なんだかむず痒い響きだ。居候のつもりだったのだけど、確かに私たちの見た目ではギアッチョは保護者なのだろう。形と味と食感。思い出して口を開いた。

「筒型。パリパリで、クリームが挟まってる。味は、いつもちがう」

おお……と誰かの感嘆したような声が聞こえた。目をやると、メローネがドアから顔を出している。もしかして、ずっとそこで観察していたのだろうか。

「ギアッチョすげえ」
「やるな」
「うるせえどけジジイ共」

誰がジジイだクソガキ!どたんとプロシュートの足が出るが、ギアッチョはそれを避けて瓶をゴミ箱へ放り入れた。用はそれだけだったようで、台所を出ていくギアッチョの背中に割れないよう気をつけろ、とリーダーの注意が飛んだ後、低い声は同じ平淡なトーンで私に向かってくる。

「ナマエ、今日のクリームはどんな味だったか?」
「チーズ」
「……それはおそらく、カンノーロだろう」

リーダーが呟いた。かんのーろ、繰り返すとリーダーはそうだと頷く。それもシチリアのお菓子らしい。リコッタチーズという名前は聞いたことがある。確かにピザで食べるようなチーズとは風味が違った。
リーダーと分けて剥いていたオレンジもいつの間にか最後のひとつとなった。その最後のひとつがリーダーによって斬られていく。中身も切り分けられ、一口サイズの果実が私の口元に差し出された。ぱちりと瞬きをひとつして、オレンジとリーダーの顔を交互に見る。食べろと。一瞬迷った後、口を開いてオレンジを食んだ。匂いに見合う酸っぱさが口の中に広がる。美味いか?その声に素直に頷いた。酸っぱいがすっきりして悪くない。その後、無事オレンジが混ざり揚げられたパネッレのパニーノをひとつ食べた。美味いか?それにも素直に頷くと、リーダーはそっと私の頭を撫でた。目が細まっていたのは、笑っていたらしい。なんてわかりにくい人なんだ。

title by 誰花

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