1993-2

 さわさわと不気味な音が窓の外から聞こえてきて止まない。こういうとき、空いていた1階を私室に選んだ過去を恨む。少し前のバジリスク騒動のときもそうだった。はあ、とため息を吐いて、カーテンをきっちり閉める。来年は部屋変えてもらおう。
 どうせ眠れないし、明日はホグズミードの日、つまり休日だからいいやと部屋の灯りをつけたまま、久しぶりに夜を堪能しようと箒と手入れグッズを手元に用意した。夜空ドライブも良いが、生憎今はそんな呑気な状況じゃない。
 というか、そもそも日本じゃこんな近くにいるなんてありえなかったんだけど、流石オカルト大国だ。霊鬼──こちらではディメンターというらしいが、そういう魔法生物は日本じゃ接触出来るのは訓練を積み資格をとっているプロフェッショナルのみだった。日本では、霊鬼は己と同じ魂を呼び、共鳴した者は同じように変貌すると言われていたが、ザックリ言えば取り込まれるのと同義。とても危険ゆえにそう決まっていたし、他にもそういう妖、じゃなくて生物が沢山いたがホグワーツでは魔法生物は日常の隣の隣、ご近所で言う同じ町内区画にいるようなもので驚くことばかり。私もこちらに来て早数年だが、昨年も今年も驚かされてばかりだよ。(といっても、霊鬼に関してはマクゴナガル先生やスネイプ先生だってかなり反対されていたから中々の問題らしい。そらそうよ、生徒が被害にあったらどうするの)
 ぶつぶつと考えながら箒の手入れを進めていく。外でディメンターがわさわさ動いているのを結界越しに感じてげんなりした。1年間こんなの病んでしまいそうだ。
 コンコン、とノック音がした。「ひいっ」
 バッと窓を見たが、どうやら音の主は反対側の扉の方だった。ほっと息を吐いて、扉を開ける。

「はいはーい……おっと、スネイプ先生こんばんは」
「先程妙な悲鳴が聞こえたが」
「ディメンターかと思っちゃって」
「貴様は10代の娘かね。ディメンターは物には干渉せん」

 わかってますけど怖いものは怖いじゃないですか! 私の訴えは鼻で笑われてしまった。  スネイプ先生は深夜のこの時間だと言うのに昼間と変わらないローブ姿だった。私はとっくに部屋着姿だ。いいじゃないの部屋なんだから。というかスネイプ先生がそんな格好ということは、もしやまだ仕事をしていたんだろうか。ありそう。薬作りは時間がかかるし……。お疲れ様です。私の唐突の労いの言葉にスネイプ先生は不快そうに片眉を上げた。

「これを処理しておけ」
「なんです?」

 押し付けられたのは手紙だった。手触りのいいお高い便箋だ。後ろの封を見ると、おそらくどこかの家の家紋。下には綺麗に整った字で、えー ”Lucius Malfoy” ……るしうす・まるふぉい!? スリザリンのマルフォイくんのお父さんじゃないか! ゲッと嫌な声が出てしまった。

「なんでですか……スリザリンの寮監なんだからスネイプ先生がなんとかしてくださいよ……」

 マルフォイくんは先日魔法生物飼育学で怪我をしてしまったのだ。ヒッポグリフとか言ったかな、日本では見たことの無い魔法生物だったから私もはじめてみたとき驚いた。って、そうじゃなくて、マルフォイくんはそのヒッポグリフによって怪我をしてしまったのだ。もちろんその報告はご両親にいくわけで。Mr.マルフォイが文句を言ってこないわけがなく。先日職員室でマルフォイくんの話を聞いて、私の脳裏に昨年のMr.マルフォイ連日訪問騒動が思い出された。
 しかし今回はマルフォイくん個人のことだからスリザリン管轄のはずだろう。私は寮を持っていない、一介のマグル学教師に過ぎない。手紙をそっとスネイプ先生の方に押し戻した。
 が、スネイプ先生は受け取ろうとしないし、なんなら私の方に押してくる。なんなんですか。

「貴様は昨年でマルフォイ氏の対応に慣れただろう。やれ」
「嫌ですよ! それを言ったらスネイプ先生なんて学生時代からのお付き合いでしょ! 慣れまくりでしょ!」
「やかましい」
「誰のせいですか!」

 むむむっと手紙を間に攻防戦だ。たかが手紙かもしれないが、これを受け取ってしまった時点でMr.マルフォイの文句窓口を担当することになってしまう。絶対に嫌だ。仕事の合間にねちねちねちねち文句を聞き続ける日々はもう嫌だ。Mr.マルフォイは魔法省の重役だとかいう話も聞いたが実はニートで暇なんじゃないかと思うほどあの人は毎日毎日文句を言いに来て来ない日は手紙を送って来ていた。ノイローゼになるかと思ったんだぞこっちは!
 危うくスリザリンが嫌いになりかけるところだった。責任転嫁というなかれ、ミスターはしょっちゅうスリザリンが─と挟み込んでいたのだ。洗脳方法と一緒である。嫌だ。

「っていうかスネイプ先生この手紙読んだんですか? 封開いてませんよね。学生時代からの大切な友人へのお手紙だったらどうするんです? ほら、家庭の相談かも」
「貴様が読んで確かめればよかろう」
「同僚のプライベートに踏み込むつもりはないです」
「我輩が許可している」
「嫌です!!」
「やかましい」

 誰の! せいだよ!! ぐぬぬと唇を噛んで攻防戦に負けないよう力を込める。くそう、なんだよスネイプ先生意外と力あるじゃないか……いつも地下でぐつぐつやってるからもやしかと思ってたのに……。
 しばらく睨み合っていた。それが急にふっと力が抜かれて私は勝ったと思った。しかし唐突に力の行き場を失った体はよろめき、スネイプ先生に支えられた。勝ったのに物凄い敗北感だ。すみません、と言うと、上からため息が聞こえた。なんだよあんたのせいだぞ、とは言わない。

「よかろう、では我輩が目を通す。だが、貴様も目を通せ」
「は?」
「手紙の中身だ」
「それはわかってますよ。なんで一緒に見るんですか」
「貴様はこの手紙がマルフォイ氏からホグワーツに対する手紙なのか、もしかするとルシウスから我輩への個人的な手紙かもしれないという”心配”をしている。ならばそれを確かめれば良い」

 な、なるほど……? 仮に文句のお手紙であればその場でスネイプ先生に持っていってもらえればいいわけだし、名案な気がする。眠くなってきたし。
 私はそうですね! と頷き、扉を開けてどうぞと招いた。スネイプ先生は一瞬意地悪そうな顔をした後、呆れた表情に変わる。

「この時間に安易に異性を部屋へ招くのは如何なものかと」
「この時間に異性へ手紙を押し付けようとしに来るのはどうかと」
「猿相手に配慮が必要ですかな?」
「暴論!」

 私の部屋は一応続き間になっている。手前が普通の部屋。元々置いてあった机をそのまま使っていて、ソファは3年前の夏休みにボーナスで買ったやつ。壁側に暖炉があって、並んだ壁側にこれまた元々あった本棚がある。その本棚の中にちゃんと本が入っているのは数段だけで、上の方はトランクとか衣替えした服が入っていて、下の方には書類とかを積んでいる状態だ。スネイプ先生はその本棚を見てだらしないとか言っていたが無視だ無視。やかんを暖炉にかけてお湯を沸かす。電化製品が使えないのはお湯を沸かすのにもいちいちやらないといけないのが少々面倒だ。

「奥には入らないでくださいよ、寝室なので」
「そのような品のないことはせん。貴様とは違う」
「私だってしませんよ」

 いや、友人の家とかならしてしまうっていうかしてしまったかもしれないが、それは子供の頃の話だ。私だって今はいい大人だぞ。しないしない。気まずさから目をそらすとまたため息が聞こえた。
 コトコトと沸いたやかんからお湯を注ぎ緑茶を入れて出すと、スネイプ先生は特にリアクションもせず飲んだ。この人は食にも無頓着だし不味い紅茶でも他の先生のように反応しないのだろうな。
 さて、お茶を飲んで落ち着いたところで手紙を開封した。ペーパーナイフでさくりと開けて目を通すスネイプ先生の後ろから、便箋を覗き込む。

” 親愛なるセブルス
 この度我が息子が醜く穢らわしい下等な魔法生物により怪我を負わされた件について、貴殿より処分を願いたい。
 先日魔法省でお会いした耄碌の老人は、目が濁っていて真実も見通せないようであった。世界一の魔法魔術学校の校長があのような者では嘆かわしいことに、生徒はまともに魔法を使うことも出来ず卒業となってしまうのであろう。
 私は母校の未来を危惧しているのだ。
 貴殿が教員となってから幾年が過ぎ、卒業から貴殿の評判を聞かぬ日はない。
 そろそろ校長の座を考えてもよろしいのではないかね。未だ若輩者であると貴殿は謙虚にも遠慮するであろうが、ときには未来のためを考える英断も必要ではないだろうか。
 双方に色良い返事を期待している。

ルシウス・マルフォイ”

「──げえっ、すごい喧嘩売ってる」
「婦女子がそのような声を出すな」
「スネイプ先生、校長狙ってるんですか? そんな野心があったなんて……」

 軽口のつもりで言ったことだった。
 しかし、スネイプ先生は何も言わず口を閉じて、少し悩むような仕草を見せる。ええっ。う、嘘でしょ!?
 後ろから先生の肩を掴み揺らすと、「鬱陶しい!」と手を払われた。

「スネイプ先生マジですか!? 本気なんですか!?」

 話は思わぬところへ飛んでしまった。スネイプ先生は肯定も否定もせず、「同僚のプライベートには踏み込まない主義では無いのかね」と先刻私が言ったことを利用してつついてきた。プライベートだけどあなたが本当に校長になったら私のプライベートにも関わるんですよ! でも確かにダンブルドア先生もお歳だし、昨年失礼だけれどもロックハート先生を歓迎されたときなんて大丈夫かこの爺とさえ思った。でもそれを考えると次の校長はマクゴナガル先生では……? しかしマクゴナガル先生も若いとは言えないのか……でもマクゴナガル先生も強いし……しかし強さで言ったらスネイプ先生だって強い……いやいやでも……強さで言うのなら……、

「私だって強いですよ! これでも学生時代は先生から”50年に1人いるかいないかの猛者”と言われたんですからね!」
「一体何の話だ」

 指をピンッと立てて鼻高々に言うと、スネイプ先生は怪訝な表情をした後に私を鼻で笑った。島国は文化が発展していないから野蛮な者も上に立てるようですな。なんだと。鎖国のことを言っているんですか、いいですかあれは──と日本史の説明をしようとして、スネイプ先生から手紙を押し付けられる。ついつい受け取ってしまった。スネイプ先生はそのまま何事も無かったかのように出口へと向かう。まんまと流されたことに気づいた私は慌ててスネイプ先生のマントを掴んだ。嫌そうに振り返る蝙蝠を睨みつける。

「親愛なるセブルス! ほら! 書いてあるじゃないですか! ご指名です!」
「委託する」
「受け付けてません!」
「我輩には出来の悪い生徒のレポートの添削と小テストのチェックがある」
「私にもあります、魔法省へのお使いとか城の結界の強化とか試験の準備とか! 今年はこの情勢ですからマグル社会科見学も行けないんですよ」
「知らん」
「そんなにべもなく……」

 いやいやおかしいでしょう、私の仕事ではないのにどうして当たり前のように私がMr.マルフォイ担当になるのだ。昨年は仕方がなかった、スネイプ先生だって治療薬の製作があったから。でも今年は違うじゃないの。脱狼薬作りで忙しい? 月に一度じゃないですか。
 そう言い募っても、スネイプ先生は頑なに手紙を受け取らず、そうして最後には忌々しい手紙を握りしめる私だけが部屋に残った。
 廊下に消えていく黒いマントが憎い。スネイプ先生め、旧知の相手だから賄賂を断るのも面倒だったというのか。私にどうしろと言うんだ。深くため息を吐く。仕方がないな。便箋を出して宛名を書いた。マルフォイ家の家紋はカッコいいな。

「野心云々は素知らぬふりをして、謝罪とマルフォイくんの怪我の状態を報告するしかない……」

 そしてMr.マルフォイからの文句の手紙との戦いの日々が始まるのであった──。

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