1993

「ナマエ先生、ナマエ先生、わしから素敵な提案とお願いがあるんじゃがのう」
「なんでしょう校長先生」

 散々頭を抱えさせてくれたロックハート先生が入院なされたため、これまたDADAの先生を探さねばならぬし、秘密の部屋だのバジリスクだのの件で騒動だらけだったため、各方面に謝罪状とこれからもよろしくねのお品物を献上せねばならぬし、やることが沢山で私の頭はそろそろ処理落ちしそうだという頃。
 目の下に隈を作った私の顔を見ておや、と一瞬片眉をあげたダンブルドア先生が、お気に入りだというチョコレートの包み紙を指先でくしゃりと遊びながら機嫌良さそうに言った。

「来年度のDADAの先生なのじゃが、適任のお人が一人、わしの頭に浮かんでおるのじゃよ」
「………それは素晴らしいことですね」

 出来ればマーリンなんちゃら賞を受賞なさって忘却術が得意で自著の本を教科書にしない方がいいのだが。ついでにバレンタインにキューピッドを放流せず、自分の写真を配り歩かない方がいい。生徒からどれほど苦情が来たか。あんなのもう嫌だ。
 そんな私の希望を知ってか知らずか、しかしどこか含ませるような言い方でダンブルドア先生は「じゃが、彼は今どこにいるのやら」と遠くを見た。
 握っていた万年筆の先がポキリと折れた。またやってしまった……。羽根ペンが上手く使えないから万年筆を試してみたはいいものの、折るのはもう5度目だ。私には向いていないらしい。いや、それよりも、なんだと?

「所在が不明なんですか?」
「そのお人は少し、ほんの少し……ティースプーンにも満たないほんの小さな問題を抱えておられるでな、常に同じ場所には留まることが出来ぬようなのじゃ」

 不運なことにのう。ダンブルドア先生は心底残念そうに息を吐いた。
 同じ場所いられないって、なんだその人種は。前科でもあるのか? 私の小さな頭では想像がつかない。仮にまあ、前科があったとしても、ダンブルドア先生がOKと言ってしまえばOKになるだろうさ。実際、ロックハート先生は前科があったんだし。あ、でもロックハート先生の場合はバレてないから、前科ではないのか。どちらにせよ罰せられることをしていたのは事実だ。

「……その方って、少なくともホグワーツに一年しっかりいていただけるんですか?」

 途中で辞められたらとても、ええ、とっても迷惑なんですけどもね。その言葉をごくりと飲み込んでダンブルドア先生を窺うと、先生は今度は自分の長い髭に新しいリボンを結び直した。

「教授を引き受けてくだされば、わしが彼を辞めさせることはないはずじゃ」
「一つの場所に留まれないのなら、ご自分から辞められる可能性も無きに非ずなのでは?」
「ふむ、そうじゃのう…。しかし、おそらくあのお人は途中で辞任されるようなことはないはずじゃ。なにか、大きな問題が起きて、彼の手や牙が赤く染まらぬ限りは」
「…………はい?」

 目が点になった。いま、すごく、ふおんな、ことばを、きいた、きがする。
 彼の手や牙が? 赤く染まらぬ限り? ああ、なんて不穏なワード。赤く染まるって血でしょ? 十中八九血液でしょ? 染まる可能性があるってことでしょ?

「…………あのう、ダンブルドア先生? 今年度、かなり大きな問題がですね、ありましたでしょう? 生徒が赤く染まりかけたことがありましたでしょう? 危険因子を招くというのはいかがなものかと思いますが」

 こほん、と軽く咳払いをして言うと、ダンブルドア先生は大きく頷いた。その通りじゃ。(その通りじゃってなんでよ。なら提案しないでくださいよ。)
 ダンブルドア先生は大きく3回ほど頷いた後、杖を振って校長室の扉に鍵をかけ、ついでにと防音魔法を使った。唱えられた呪文に空咳が出た。
 そして、秘密のコショコショ話をする声のトーンに変わる。なぜ。

「ときにナマエ先生、日本では、危険種族とはどのように扱われているのか教えてはいただけませんかのう」

 真剣な声に戸惑う。危険種族? なんだって?

「は、はあ、危険種族というのはどういった…?」
「たとえば、巨人族はいかがかな」

 なぜ唐突にそんなことを聞かれるのか。話の筋が全く見えないがしかし、そうだなあ、日本での巨人族と言われてもなあ。

「巨人族、日本では大人(おおひと)と言うんですが、種族が集う集落がありまして、そのコミュニティの中で生活していたと思います。基本的に民族や種族には暗黙の了解であまり手は出さないですよ」
「ほうほう、素晴らしいことじゃ。しかし、わしは思うのじゃよ、みなお互いを尊重し共存しあうことも時として必要なのではなかろうか」

 感動したように目を潤ませそう言ったダンブルドア先生に、そうですね、と頷く。
 確かに共存だとか、そういう深い話は軽々しく出来るものではないかもしれないが、えーと、つまり巨人族の人なのか? 私は実際の巨人族に会ったことないけど、確かハグリッドは巨人族とのハーフとかじゃなかったっけ? なら別に問題な、あ、もしかして校舎が小さい……? 校舎をそれ用に改造するのはなかなか骨が折れるから個人的には嫌だ。ついつい難しい顔をしてしまう。

「では、人狼は?」
「……人狼?」

 話の流れから巨人族だと思っていたが、どうやら違うらしい。先程とは全く違う、真剣な目つきにハッとした。
 おそらく、人狼の人が正解だ。

「そ、う、ですね……先天性の人狼族も、個々の縄張りで暮らしているはずです。後天性の人狼の場合は、確か満月付近になればそういう場所に行っていたような」
「そういう場所?」
「なんて言うんですか、倶楽部とはまた違うんですが、シェルターみたいな場所に集まって、ある意味隔離地帯にはなってしまうんですけど、そういう場所に行っていたはずです」

 確か、先輩に一人人狼族がいたはずだ。丁度クィディッチチームでゴールキーパーをやっていて、ああそうだ、めちゃくちゃ強かった。被ったのは一年ほどだったけど、同胞が点を取るのに苦労したのを覚えている。それにあの人速度がすごく早かった、まるで隼だった。 ……あれ? あの人本当に人狼族だったか? 今更ながらに疑問。
 ダンブルドア先生はやはりそうか、と顎に手をやり頷いた。曰く、件のお人はホグワーツの卒業生だという。監督生をも務めた優秀な生徒だったらしい。

「なら、問題無いのでは?」
「しかし、人狼という小さな問題はときに大きな問題となるでな、皆が賛成するかどうかじゃ」
「教師決めるのって賛成とかいりましたっけ?」

 去年、私はロックハート先生を採用するとき賛成した覚えが全く、これっぽっちも、子爪の皮ほども無い。おそらくマクゴナガル先生もそう仰るはず。スネイプ先生に至っては忘却術ですかな? くらい言いそう。うわ言いそう。あの人嫌味が本当に似合う。(悪口じゃないよ!)
 学生時代、そのお人は叫びの屋敷とやらに満月の夜は行っていたのだそう。ならまたそこに行けばいいのでは。私がそういう前に、ダンブルドア先生は言った。

「しかし、しかしじゃナマエ先生。満月付近に授業を休むということは、あまりよろしくない。 ……他の先生がお手伝いをされるなら別じゃが」

 チラッチラッと見られる視線に頬がひきつった。ははは、またこのパターン。
 眉間に指を当て、ぐりぐりと押す。息を大きく吐いた。

「……私が、お手伝いをすればよろしいですか」
「引き受けてくだされば、リーマスはゆっくり養生出来るはずじゃ」
「はあい…かしこまりました……」

 お給料は変わりませんか、そーですか。
 せめてそのリーマスさんとやらが素晴らしい人格者であることを願うばかりだ。


 洒落たドアベルが鳴り、店の扉が開く。とあるマグルの町、人気がほぼないカフェでミルクティーを飲みつつ、出入口に注目しながら人を待つ。
 本日、ここで面接ーーではなく、勧誘をする。新たな先生を。私が。

 ダンブルドア先生がご自身の権力を駆使し、探し出された件のお人は現在、この静かな町で細々とウェイターをして暮らされているらしい。いわゆるアルバイト生活。
 しかし休みが安定しないため、その職も失いそうだとかで、これは好機と驚くほどの早さで手紙を出し、アポをとったのだ。そして向かわされたのが私。ついでに手紙を書いたのはダンブルドア先生だが、出したのは私だ。
 言っておくが、私だって暇なわけではない。確かにマグル学はDADA時代に比べたら大変なこともない、が、雑用仕事もあるんだから忙しい。今日だってこれが終わったら城周りの警備を強化するため術をかけなければいけない。私が。そういうものは呪文学とかの方が強そうだが、誰でもないダンブルドア先生の念には念を、せっかく東洋の術があるのだから出来るだけ強固に安全にしたいというご意向だ。私みたいな下っ端はね、逆らえないんですよ、世知辛いね。
 それもこれも、今現在の魔法界での話題の中心、脱獄犯殿のせいだ。

 約13年前に、英国魔法界を揺るがす大事件があったという。ヴォルデモート卿関連の。(本当に厄介者ばかりで呆れる。)
 なんでもシリウス・ブラックという人物がおり、その人がヴォルデモート卿の手先で、親友を殺し、マグルの街で大規模な殺人を行ったらしい。なんて猟奇的、なんて恐ろしい。
 しかも、その親友というのはあのグリフィンドールの2年生、Mr.ハリー・ポッターのお父さんだという。詳細はよく聞いていないが、悲しい話だ。彼も苦労をしている、去年といい一昨年といい、お祓いを勧めた方がいいかもしれない。
 その犯人であるシリウス・ブラック、何故かすぐに取り押さえられアズカバンに投獄されたらしいが、この度、ついこの間の話だ、脱獄したそうで。
 さ、ら、に、行き先はなんとホグワーツだとか。つまり、ホグワーツに危険が迫っている。
 Mr.ポッターが狙われているというのはもっぱらの噂で、仮に違ったとしても、学校が警備を行わないわけがない。どこにいるかもわからない化け物に怯える次は、どこにいるかもわからない脱獄犯に警戒しなければならないとは。

「本当に世知辛い……」
「せ、世知辛い?」「え?」

 戸惑うような声に顔を上げると、白髪まじりの鳶色の髪を持つ初老っぽい男性が机を挟んだ向かいに立たれていた。
 だれですか、と驚き言うと、男性は「Ms.ミョウジでいらっしゃいますね」と言った。ええ、そうです。そう頷いたところで私はやっと気づいた。

「Mr.ルーピン! し、失礼しました、全く気づかず……初めまして、ナマエ・ミョウジと申します」
「お気になさらず。リーマス・ルーピンです、遅れて申し訳ない」

 草臥れた、という印象が強いだろうか。それでいて柔らかな空気を纏っていらっしゃる、見た感じまさに大人の男性。第一印象はなかなか好感度高めだ。
 Mr.ルーピンは席に着くと、キャラメルラテを注文し(なにそのかわいいチョイス)、数回咳き込んでからまた失礼とおいて、「本来なら私がホグワーツに向かうべきですが、ご足労いただきありがとうございます」と言った。

「いえいえ、こちらこそお忙しい中お時間いただきありがとうございます。突然のお手紙、さぞ驚かれたでしょう」
「ふふ、ええ、驚きました。 ……単刀直入に失礼ですが、あのお話は本当ですか? いえ、ダンブルドア校長先生を疑っている訳ではありませんが、どうにも未だに信じられなくて────私の事情が、事情ですし」

 目線を少々下にし、Mr.ルーピンは言いづらそうにシリアスな雰囲気だ。
 シュゴゴ、と機械が頑張ってラテのミルクを作っている音がした。
 私には存在が遠すぎてあまりわからない事情だが、おそらくMr.ルーピンはその事情で、ダンブルドア先生曰くティースプーンにも満たない小さな事情で今まで多量の辛酸を飲まされて来たのだろう。彼の数秒の間が、それを物語っていた。
 私は何も言うことが出来ず、しかし私は今Mr.ルーピンのそんな思いを払拭するためにここにいるのだと、鞄から書類を出し机に置く。Mr.ルーピンにも見えやすいように、大きく広げた。

「こちらが、担当していただきたい教科の、前年度の主な授業内容でした。どう思われますか?」
「え? は、はあ、失礼します。 ────ふむ、その、これらは…教授はどなたがお務めになられたのですか?」
「Mr.ギルデロイ・ロックハートです」

 私の真顔に、Mr.ルーピンが一瞬遠い目をした。ご存知のようだ。「あの物語の…」という小さなつぶやき。もしや著書を既読されたのかもしれない。すごいな、私あらすじだけでギブアップしたのに。作者の経歴は、いくら主人公とはいえあらすじにも載せなくていいと思うんだよね。
 Mr.ルーピンは、苦笑した。

「ユーモアな先生だったのでしょうね」
「いいんですよ気を遣わずに。とある教師はあと少しで授業の乗っ取りを行うところでしたから」
「乗っ取りですか」
「ええ、まあ残念ながらその教師、学生人気があまり無かったものですから、仮に乗っ取っていたとしてもブーイングの嵐だったでしょうね」

 顔ファンは性格関係ないからね、マジで。顔面格差というのも世知辛いものだ。
 Mr.ルーピンは愛想笑いかわからないが少し笑ってくれた。

「Mr.ルーピン、ダンブルドア先生はあなたを推薦しておられます。私は未だ英国には不慣れですのであまり強いことは言えませんが、最大限の補助は出来るつもりです」

 そのままのノリと勢いで話してしまうと、Mr.ルーピンは自嘲気味に笑みを作り、「大変ありがたいですが、」とおく。

「定期的に休養が必要で、少なからず危険のある身です。私は、最大の恩がある学舎を自ら穢すような真似はしたくない」
「穢されるようなことなんてありません。教員は皆あなたを歓迎しますし、あなたの人柄なら生徒達とも上手く付き合えると思います」
「少なくとも、スネイプ先生は歓迎されないでしょう?」
「ええまああの人は来る人皆歓迎しないタイ、────えっスネイプ先生をご存知で?」

 途中まで、いいやしっかり言ってしまってからハッとした。やめて不穏な事言わないで。チクられたら私はまたあのねちっこい嫌味を受けなければならない。地獄だ。
 そんな私の反応を見て、Mr.ルーピンは噴き出しおかしそうに笑った。失礼、面白い人だ。それはどうも。

「スネイプ先生とは同学年でして」
「それはそれは……Mr.ルーピンはどちらの寮でいらしたので?」
「グリフィンドールです。そしてスネイプ先生はスリザリン」
「うーわ……」

 犬猿の仲だろうな、と容易に想像がついた。スネイプ先生、グリフィンドールなら皆敵だと思ってそうだ。
 ゲッ、と若干顔を顰めたところで、Mr.ルーピンが注文したキャラメルラテが来た。キャラメルの香ばしく甘い香りに心がほっとする。砂糖を入れようとする手元に可愛いな、と心がほんわかした。が。

「えっ」
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ。 …………Mr.ルーピン、その、砂糖……」
「ああ、私甘党でして」

 初対面の人にはよく驚かれるんです、と笑うミスター。そりゃそうだろう、驚く、私も驚いた。キャラメルラテってそんな苦くないやつじゃん。それにお砂糖どっさり5〜6杯は入れたぞこの人。山盛り5〜6杯だぞ。見ているだけで胸焼けがしそう。美味しそうに飲むMr.ルーピンに頬がひきつった。この人血糖値とか大丈夫なのかな。

 ラテを飲み一息ついたところで話は戻る。Mr.ルーピンは、人狼は危険を及ぼしてしまうし、他の先生方に迷惑はかけられないと仰った。確かに人狼は危険なのだろうが、今は人狼薬というのもあるらしく、養生は必要だがそれを飲んでいれば狼男にはならないらしい。幸運なことに、人狼薬はスネイプ先生が作ることが出来るそうで。

「ならホグワーツが最適じゃないですか。薬を飲んでいれば危険もないですし、元より養生中は私がお手伝いをするということで先生方にもお話は通っております」

 スネイプ先生とフィルチさんとハグリッド以外には。
 スネイプ先生とフィルチさんは単純に先に教えると面倒臭そうだから、ハグリッドは秘密に出来ない質だからという理由で教えていない。まだ本決まりでもなかったし。
 そんな事情は素知らぬ振りだ。

「Ms.ミョウジもお忙しいでしょう」
「否定は出来ませんが、前年度よりはゆっくり出来そうだと、あなたとお話して思いました」

 にっこり笑って言うと、Mr.ルーピンは一瞬言葉に詰まった。少し苦しそうな笑みに、これはいけると畳み掛ける。折れてくれ、教師になってくれ、おそらくこれでダメとなってもあと2回くらいは私がまたお誘いをしに来させられるぞ。出来れば一発で決めたい。

「Mr.ルーピン、あなたに是非受けていただきたいのです。給与は安定しますし、休みだってちゃんとあります。──正直なところ、現在、DADAの教職を頼める方がにあなた以外いないんです。そして、校長はあなたが適任だと仰られています」

 まあ、休みに関しては、休めるかは別なんですけどね。だめだめ、下手なことは言ってはいけないわ、逃げられてしまう。お口チャックをきゅっとして、真っ直ぐ目を見つめる。Mr.ルーピンは静かに凪いだ目で見つめ返してくれた。

「…………私で、本当によろしいのですか?」
「もちろん! もちろんです!」

 少し間が空いてからの返答に食いつく。いや、食いつく、というより食らいつくくらいの勢い。このタイプの返答はね? そうだよね? 承諾だよね? ね?
 私の期待が透けて見えたのか、Mr.ルーピンは柔らかく苦笑し手を差し出した。

「お話、お受けさせていただきます。私に出来ることなら、なんでもやりましょう」
「よろしくお願いいたします!」

 ガシリ、Mr.ルーピンの手を握り固く握手をした。やったぜ教員ゲットだぜ! ミッションクリア! パーフェクト!
 承諾をもらえればあとはトントン拍子に進む。書類を渡して、期日までに提出してもらえばいいだけだ。
 とりあえず第一の仕事は終わったぞ。なんとなくいい調子だ。気分がいい。はー、このあとの術仕事面倒臭いなあ…。

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