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ALBATROSS

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花沢家次男

元はコレ


 今は田舎の一等地で悠々と余生を過ごしている母方の祖父が遊びに来ると連絡があった。
 母方の祖父は父方のクソジジイと違いそれはそれは俺に甘いのだ。小遣いをたんまり貰えるし、美味いものをたらふく食わせてくれる。俺は飛び上がり大喜びした。喜びのスキップをしたら母に「はしたない!」と叱られた。そんでもって俺に新しく紅葉の散ったそれはもう可愛らしい着物を着せたのだ。耄碌クソババアは早く現実を見てほしいのである。
 着物は仕方ない、いつものこととして俺は駆け足で道場に向かう。戸を開けて勇作を呼んだ。

「勇作!お爺様が来るぜ、お菓子買ってもらおう!」
「稽古中だ馬鹿者!」
「キィエエエエ!!!」

 最後のは猿叫ではなく俺の素っ頓狂な悲鳴だ。俺は父上の木刀をもろに受け、頭を抱えてその場に蹲った。ボロボロと涙が出てくる。うえええん!いたいよお!父上のばかあ!

「馬鹿は貴様だ愚か者、出ていけ!」

 父上は俺の可愛い着物を引っ付かみ汚いものを見るような目で俺を道場から外へ放り投げた。俺は泣いた。俺の泣き声を聞いて乳母がやってきた。乳母は父のお手つきだけど自分が正当な妾扱いされないのは俺と勇作のせいだと思っている可哀想な奴なのである。一度手を出されたくらいだからどう考えても一夜の遊びなので早く現実を見た方がいい。乳母は俺の頭のたんこぶを抉るように殴り、母上に俺がやんちゃをしたと報告し、母上は俺にお怒りになった。俺は泣いた。こんな家いつか滅ぼしてやる。
 しかし新しく着替え傷を化粧と髪で誤魔化した俺をお爺様はそれはもう可愛がってくれた。可愛い娘の可愛い子供だからな、性別はちょっと違うんだけどお爺様ったらお茶目だからマジで信じちゃってるんだよね。死ぬ前に気づいて欲しいものだ。俺はお土産のカステラを頬張りご機嫌になった。

「ちはや、わしと逢い引きせぬか?」
「えぇ〜お爺様とぉ〜?」
「ほほほ、たまには祖父に甘えなさい。勇作もおいで」
「いいえ、勇作さんにはお勉強がありますからね。ちはやにも刺繍の練習があるのですけれど、お父様?」
「いいではないか、年寄りのわがままだ」
「ですが、……わかりました。ちはや、いってきなさい。勇作さんはお勉強ですからね」

 なんだそれ勇作が可哀想だろ。俺はお爺様を見た。お爺様はにっこりと笑う。そうだこの爺、勇作はちょびっと父上に似てるからあんまり好きじゃないんだった。勇作を一度誘ったのは社交辞令か。クソジジイだな。勇作が寂しそうにしたから、俺は必ず土産を買うと約束しお爺様に連れられて遊びに行った。しかし、結果的に勇作が来なくてよかったと思う。

 お爺様の遊びというのは、さすが金持ちと言うだけあって東京では収まらなかった。茨城だ。しばらくだからと買ってもらった着物は上等な女物ばかりで嫌だったし、ひたすら女のふりして我慢しなければいけないのは腹の底がムズムズしたが、列車の中で食べた弁当は美味かったし、家から一時的でも離れることが出来たのは嬉しかった。だがお爺様の最終目的場所で俺の胃はストレスで悲鳴をあげた。
 ちゃんちゃかちゃんちゃん、俺にはよくわからない三味線の音楽に合わせてひらひらと着物が舞う。化粧を施した女性たちは確かに綺麗だが、いかんせんどうも芋臭い。俺はおしろいにあまり慣れないようだ。いいや、それよりもこの場に慣れないというか。
 どう見たって芸者遊びだ。お爺様ったらお茶目にも程がある、どこの世界に孫娘を連れていく座敷があるんだ。しかし俺は黙ってお爺様の膝の上で料理を食べていた。お爺様はご機嫌に酌をされ、芸者の踊りを楽しんでいる。この親にしてあの娘ありだな。

「お前さん、名をなんといったかな」
「はい、もものすけともうします」
「ではおもも、お前もなにか踊らんか。孫に女子とはなにかと見せてやらねばな、なあちはや」
「お爺様、この天ぷら美味しゅうございます」

 何が女子とはなにかだ、俺は男だぞ。しかし気付かぬ爺、というより体のいい言い訳で単に遊びたかったんじゃないのか。俺は利用されてしまったのだ。ショック、しかし天ぷらは美味い。山菜が豊かでいいな。そう呑気にぱりぱり食べていた俺は、まさかの言葉を聞いてしまう。

「婿の妾にしておくはもったいない……」

 ぼそりと呟かれたお爺様の言葉に、俺は白目を剥いた。む、婿の妾?今の芸者が?おももが?婿って父上のことだな?妾?花沢幸次郎の妾といえば──尾形百之助の母親だ。

 急に天ぷらの味がしなくなった。俺は今すぐあの地獄のような家に帰りたくなった。なんつうところに連れてきたんだこの爺、俺はてっきりいい温泉にでも入れるのかと期待していたというのに……っ!俺は心の中で涙を流し、ヤケになって炊き込みご飯にがっついた。うう、美味いけど心做しか味が落ちている。確実に心因性だ、俺の心は繊細なのだ。
 しかし、ある意味これはすごい機会なのではないか。楽しそうに合いの手を入れるお爺様をよそに、俺は炊き込みご飯を食べながらよくよくおももを見た。もしかしてもものすけって字は……俺の予想通りだとすればなんたる地獄だ。俺は尾形に心底同情する。お互い母親には苦労するが、父親は同じなのでつまり両親共クソということだ。だがあいつは優しい祖父母がいるようだが俺には酔い始め芸者に脱げと言いよったクソジジイのようなやつしかいない。金は俺の方が苦労してないが隣の芝生は青いな。
 おももの踊りはそれはもう綺麗で、確かに器量の良い娘さんだったのだろうなと思った。しかしお爺様はおももよりも年下の芸者が気に入ったらしい。俺を置いて部屋を出ていく。お爺様ったらやっぱりただ遊びに来ただけじゃないか!置いておかれた俺は単調な音楽と踊りに飽きてデザートのぜんざいを食べ始めた。すると隣に、おももが座る。

「どうぞ」
「……どうも……」

 お酒のように注がれたのはただのお茶だが、ほっとする味だった。ぜんざいとの相性はそこそこだ。

「もものすけにございます」
「もものすけ…………字はなんとかくのですか?」
「数字の百に之と助六の助ですよ」

 おももは俺の手を取り、こうかくのですと実際に指で書いて見せた。俺の手は冷えていった。予想通りだった、地獄だ。

「わたしはちはやともうします。平仮名でちはやです」
「ちはやちゃん、素敵なお名前です」
「えへへ」

 もちろん本名ではないし、なんなら嫌いな名前だが美人に褒められたら嬉しいのである。俺は謎の罪悪感に苛まれながらも普通に照れた。

「ちはやちゃんはぜんざいが好きなのですか?」
「甘いものはおいしいです」
「ええ、もものすけはあんこう鍋が好きにございます」
「あんこう鍋」

 頷くおもも。俺は固まった。尾形百之助の話を思い出したからだ。あんこう鍋は食べたことがあるが、アレが毎日なのは本当にしんどいと思う。俺は尾形百之助に同情した。が、あんこうは深海魚だ。あのアホみたいな精度を誇る目はあんこうによって育てられたのかもしれない。現実逃避である。

「あんこう鍋は幸次郎様がお好きだったのです。もものすけも好きになりました」
「……こうじろうさま?」
「もものすけの旦那様です」
「ちょいとおもも、やめな!」
「いやっ!おねえさん!」

 おももの発言に踊りをやめた芸者が怒る。おももは自分の身を隠すようにぎゅっと縮こまった。唖然とした俺に、おねえさんとやらが頭を下げる。

「申し訳ございませんお嬢様、もものすけは白痴でございまして……幼子のように振る舞ってしまうのでございます。すぐに下げますので、」
「え……あ、いや、だいじょうぶです。お爺様もいらっしゃらないし、わたしお話ができてたのしいわ。おもも、わたしの相手をしてくださいな」
「ちはやちゃん……」

 はあ、そうですか?と戸惑った様子のおねえさんに笑いかけ、俺はおももの手を取った。細いが、水仕事をする手だ。
 おももはたくさん話をしてくれた。このあたりでは夜になると虫がよく鳴くことや、自分の父はとても気難しいこと、幸次郎様はおももによくあいすくりんを食べさせてくれたこと、それから──

「ちはやちゃん、ひみつの話ですよ。もものすけには実は、子供がいるのです」

 ぎくりと俺の肩が揺れた。知ってます。俺は勇作と双子なので知ってます。

「もものすけの子だとわかるように、もものすけの名をつけました。きっと幸次郎様はすぐに気づいてくださるはずです」
「……どんな子なのですか?」

 幸次郎様云々は悲しいが俺の触れられることじゃない。そしてまさかの名づけの理由を聞いてしまったが、これは一生墓場まで持っていこうと思う。母親の源氏名とかしんどすぎるだろ。俺は話をそらすため、そして興味本位で今の尾形のことを聞いた。するとおももはうーんと悩みながら、紅が塗られた口を開く。

「まだ幼いのですが、銃がとっても上手なのです」
「…………銃。勇ましいのですね」
「はい、父が教えたようで、大人でも一日に数羽しか取れない鳥をあっという間に撃ってしまうのです」
「それはすごい才能です、素敵な阿子殿ですね」

 人がゴミのようだ状態の中でたった一人の後頭部を撃ち抜く所業を今すぐにでもやってのけそうだな、それは。俺は頷いた。おももは俺が褒めたからか、嬉しそうにまた話し出す。とても幸次郎様に似ているから嬉しいのだと言っていた。鳥をよくとってくるのだと。でも幸次郎様に似ているからきっとあんこう鍋が好きだと言うので、俺は鳥鍋も作ってあげてねと言っておいた。が、多分効果はない。我慢してくれ尾形。しかし、おももは案外尾形の話をよくした。身長はこれくらい、大人しくあまり話さない、そして幸次郎様に似ている。二言目には幸次郎様が挟まれたが俺は耐えた。
 しかし最後の方はイライラしたし、おももの子供について性別を聞いたわけじゃないので着物を押し付けることにした。上野でお爺様に買ってもらった浅葱色の着物だ。もちろん女物だがいいだろ。おももは喜んで受け取った。あれまさかそっちも娘だと思ってるとかないよね?ね?ホラーはやめてくれよ?