- ナノ -

ALBATROSS

http://nanos.jp/maskkkk/

あした幽霊になるの

 目を見開いた。
 目の前には爆弾、狭いコンテナの中には私しかいない。

『神室町の爆弾、一つ残らずぶち壊せ』

 耳に残っている、電話口での真島さんの声。
 ごくり、生唾を飲み込み、腰にまいたポーチに手を掛けた。




 過去20数年間、この神室町にも、真島建設、ひいては東城会になんの縁も無かった私が今、なぜこうしてこの場で爆弾を見つめ合っているのか。思い返せば、今までにないくらいに短くも濃い日々を過ごしたと思う。
 もしかしたら、というより私の場合確実に死ぬかもしれないので、走馬灯ついでに私の過去話に付き合ってはくださいませんでしょうか。なんて、誰に言ってるんだか。


 コッコッコッコッ、機械的な音を発する爆弾の時間は、一秒、一秒、減っていく。モニターから目を離さず、ポーチから取り出したペンチだかニッパーだか差もよくわからない工具を握る。おっと、手汗が。


 私が今回死にそうになっている状況の元を辿れば、それは約半年前に遡る。
 当時私は大学在学中からバイトしていた地元の小さな会社で働くOLだった。卒業後には正規雇用してもらうほどには、思い入れがあったというか、慣れがあったというか。
 バイト時代は接客、社員となってからは営業として働いていて、地元で付き合いも長かったし、なんだかんだで上司とも、同僚とも、後輩とも、上手くやれていたと思っていた。
 だからこそ、なんだろう。

『なまえちゃん……本当に、本当に申し訳ない……!』

 前々から会社の経営がきつい状況にあるという話は聞いていた。残業が当たり前にはなっていたし、残業手当がないのも当たり前、その上社員がそれを理解するほどには経済的余裕がないのは周知の事実だった。
 が、まさかクビになるなんて思ってもいなかった。
 今考えれば、あの中で一番年下なのは私だったし、一番歴が浅いのも私だったから、当然のことなのかもしれない。他の社員には家庭だったり、借金だったり、色々事情があったから。
 けれど、私のショックは大きかった。


 ――――私爆弾解体なんてやったことないです!!
 ――――安心せえ、俺もやったことないわボケ。とりあえず勘で切ってくんや、ええな!

 勘、カン。本当にあの人は、野生かっつの。私の勘がどんなものか知らないくせに。  心の中で悪態をつきながら、もうやけくそで白い線に手を掛けた。



 会社を辞めた後、私はとにかく次の仕事を探さなきゃと必死だった。だが今時地元で長期で働ける場所もなく、安定した職もなかった。
 そんなとき、私の様子を見かねた母が、気分転換に都会へ行ってみたら?と言ってくれた。勿論自腹ではあるが、仕事続きだった私の貯金はそこそこあり、私はその言葉に乗っかった。
 初めての都会は、町全体がキラキラしていてとても楽しかった。が、その反面、私の中で焦りもあった。
 そして都内の観光場所を大体遊びまわった後に大学時代の仲間と会うためにやってきたのが、ここ、神室町だった。

『なまえおっひさー! どう? 最近』
『久しぶり。どうもこうもないよー……』
『きゃは、クビになったんでしょ? 何やらかしたのあんた、マジウケル。昔から唐突にやらかすよね』
『何その認識』

 神室町は、まるで眠らない街だった。どこか危うい雰囲気のある、ミステリアスな場所。私のような芋女が行くには少し躊躇してしまう。
 久々に会った大学の友人は、昔とは変わってまさしく神室町が似合うような女になっていた。派手な化粧、派手な装飾。性格こそ変わっていなかったが、喋り方から仕草まで昔の面影はなく、少しさびしくなった。
 近況を聞けば、彼女も苦労していたらしい。なんでも、惚れたホストの借金背負って今は風俗で働いてるとか。驚いた。すごく、驚いた。でも、中々に面白い人生でしょ、と笑う彼女はとても強かった。逞しく、私にはとても美しく見えた。
 悩んだらこういうとこで遊ぶのもいいかもよ、あんたには似合わないけど! そう笑い飛ばした友人と昔と同じように軽口を叩きあってその日は別れた。


 パチリ、軽い音がコンテナの中に響く。切るたびに耳にその音が残る。いつ爆発するかわからない怖さがある。ペンチを持つ手が震える。
 でもここで逃げたところで数分以内には爆発する。私の鈍い足で逃げ切れる保証なんてないし、逃げ切れたところで確実に真島さんから殺されそう。生き残れたら、早く転職先探さなきゃ。



 その夜は神室町から二駅離れたところのビジネスホテルに泊り、翌日、友人が案内してくれるということで神室町を散策した。
 昼間から営業している居酒屋や、一見お断りという賭場にも行った。今思えばかなり物騒なところに行ったな。酔っ払いにはそんな判断どうでもよかったのか。お酒はやっぱり控えておこう。生き残ってれば、の話。
 一日神室町を遊びまわって、最後に建設途中だけど、というヒルズの話を聞いた。神室町一番の建物になるんだってー、とミレニアムタワーの上のバーから建設現場を見下ろして言う友人に、ふーんと相槌をうった。
 そしてその帰り、駅に行く道の途中にたまたま、本当にたまたまだったのだ。

『従業員募集のお知らせ』

 その広告に、私の目は吸い寄せられた。
 建設業だが事務作業員の募集で、自給も中々に良い上に昇給や頑張りによってはボーナスあり、作業服支給の交通費支給。
 普段ならバイトは遠慮するところだが、もうそれでもよかった。我儘なんて言ってられない。幸い事務業は以前と変わらないし、この機に一人暮らしするのもいい。母の言葉通り、ある意味一種の転機、いい機会だと思った。
 それが、全ての始まりだった。


 表示されたタイマーの時間も残り10分ちょい。ぐずぐずしてはいられない。とはいえ焦って爆発させてもだめだから、慎重に、慎重に。プレッシャーでもう汗だくだ。


 帰宅するとすぐに従業員募集のチラシの主、真島建設に電話をした。電話口には男の人が出て、少しビビったが快く応じてくれ、一週間後に面接をするとのことだった。
 最初は少し怖かったが、思ったより気さくな方で「どうせ合格だと思うんで物件探しちゃった方がいいっすよ!」と言われたときは笑ってしまった。社員寮は一応用意されているが、ぼろいし男だらけなので入るのはおすすめしないらしい。私は素直に宿泊したビジネスホテルのある神室町から二駅離れた駅前のアパートを借りることにした。
 そして約束の日、私は履歴書を持ち、久しぶりにスーツへ腕を通して、面接場所だという建設途中のヒルズへ向かった。バイトの面接には大げさすぎるかもしれないが、私のモチベーションの問題だ。

『おう、どちらさん……で……?』
『し、失礼致します。本日面接をお願いしております、みょうじと申します』

 最初、入り口で出てきたのは、なんと上半身裸のごつい男の人だった。ムッキムキの筋肉をさらけ出し、怠そうに首にタオルをかけていた。お、おう、とぎこちなく私を案内してくださったが、その背中には刺青が入っていた。建設業にはそういう方もよくいると聞くし、と私は不安を飲み込んだ。


「はあ、はあ……」

 額からだらりと流れてきた汗を袖で拭う。プレッシャーによる冷汗と、暑さから来る汗と。背中なんてびしょびしょだ。今日、どうしてグレーの服なんて着てきたんだろう。



 面接の相手は、真島さんという、この会社の社長さんだった。まさか社長直々になんて思ってもいなかったから、正直焦りまくりだったけどなんとか乗り切れた。というよりも、真島さんのキャラが濃い、濃すぎる。あと怖い。
 屋内でもつけている黄色いヘルメットに、上半身は蛇柄の派手なジャケットを羽織っているだけ、更に片目には眼帯で……まあどうみてもヤバそうな人だった。

『おう、社長の真島吾朗や』
『は、初めまして、みょうじなまえと申します。本日は、』
『あーええ、ええ、そんなんいらんわ。まっじめやな〜、もうちょい気ィ抜いたってええんやで?』
『は、はあ』

 謎だった。面接と言いつつ仕事の話は全くせず、ほとんど真島さんの世間話を聞く時間だった。
 真島さんの愚痴やら趣味やらの話を聞くこと3時間程、最後は部下らしき人が飛び込んでくることで終了した。真島さんが部下を躊躇なく殴ったところで面接を受けたことを後悔し始めたが、後戻りするにはもう遅かった。

『ほんなら嬢ちゃん、明日からよろしゅうな』

 その笑顔が、私にとって悪魔の微笑みだったのかもしれない。


 パチリ。赤い線を切ったところで、爆弾に変化が起きた。
 タイマーは表示されているが、その他にあったランプの光がいくつか消えた。それがいいことなのか悪いことなのかもわからなくて、更に汗が噴き出した。こわい、こわい。

「……っし!」

 パシン、頬を叩いて目を見開く。ここまで来たんだ、最後までやるんだ、私。



 翌日、時間より少し早目に私は出勤した。指定された時間は思ったより早く、少しきつかったがなんとかスーツを着て行く。
 着いた途端に真島さんの部下だという方に作業着を渡され、それに着替える。S・M・Lという三種類の中で普通にSを選んだが、どうやら男の人のサイズだったようで少し大きかった。余った袖や裾部分を捲り、私のお仕事現場という場所に直接向かう。研修期間などはなく、というより早く!と言われるくらいには切羽詰まった状況だったらしい。
 そして、部屋の中、机の上。積み上げられた書類の山を見て、どんな状況か大体察した。更にその山の上にうっすら埃があるのを見て、これが終わったら、早急に、辞めようと思った。

『す、すげえ……!』
『あんたスゲーよ……!』

 バイトのシフト時間、とかそういうものの相談も何もしていなかったためいつ上がりなのかもわからず、というよりあまりの量に時間なんて気にする暇もなく捌いていくしかなかった。
 そして、気が付けば外は暗くなっていたし、携帯には引っ越し業者さんと大家さんからの留守電が入っていた。時計を見れば終電間際、大分スペースが出来た机の上にはコンビニのおにぎりが三つとペットボトルのお茶と、お疲れ様ですと乱雑に書かれたメモがあり、少し和んだ。
 でも、仕事を残して急いで帰った翌日、私はさらなる地獄を見ることになった。


 タイマーの音がコッコッというものからピッピッという、ずっと聞いていると耳が痛くなるような音に変わった。
 これって、喜んでいい所なんだろうか。落ちてきた前髪をかきあげて、手汗を拭いて、ペンチを握りなおす。
 静かな中で聞こえるのはタイマーの音と自分の心音くらいで、それが更に恐怖を煽って来る。ああ、もう、もう。いよいよ終わりなんじゃないか、何度も頭に浮かぶ死の予感。
 私、来世は鳥になりたい。



『お嬢ちゃん、昨日ほんまごっつすごかったんやて!? 聞いたでェ、目にも見えん速さやったとか……、ええ拾いモンしたわ!』
『お、親父、拾ってないです、その扱いはどうかと……』
『うっさいわ、お前は黙っとき!』

 初日と同じ時間に出勤をした二日目。部屋で私を出迎えたのは、山の高さが低くなり、山の数が少なくなった書類たちと、真島さんだった。正確には部下の方もいたけど、とにかく真島さんの笑顔を見て私は嫌な予感を感じた。

『あーんなでっかいお山がこないに小っちゃくなってまうなんてなぁ〜、おっちゃんびっくりぽんやで』
『あ、ありがとうございます』
『ええなあ、嬢ちゃん。うちで働いてもらおか!』

 真島さんの言葉の意味が解らなくて、間抜け面を晒したと思う。だって、本当に意味が解らなかったんだ。既にバイトとして働いてるのに。というかこれが終わったら辞めたいのに。
 だが、真島さんは止まらない。薄々感じてはいたけど、この人、止まらない、止まる気がない。

『社員としてよろしゅーな!』
『……え』

 ひくり、頬が引き攣った。後ろで部下の方が私に憐みの視線を向け、合掌しているのが見えた。
 社員として、社員として、社員と……頭の中でその言葉が延々に回り続けた。つまり、それって。
 こうして、私の地獄のお仕事が始まってしまったのだ。


 パチン。パチン。もう何本切ったかなんて覚えてない。順番も、何もかも。ここまで勘で切って来たけど、勘で生き残れるとは思っていない。これで死ぬかもしれないし、何かのエラーが起きて死ぬかもしれないし、この他にも神室町には爆弾が仕掛けられたって言うからそれに巻き込まれた二次災害で死ぬかもしれないし。
 これで死んだらとにかく真島さんは恨もう。いや、真島組を恨む。夜な夜なヒルズに出てやる。何気に気が弱かったりする社員、いや、組員の方々が泣き叫べばいいんだ。シャインの子に振られてしまえ。



 バイト生活二日目にして突然正規雇用となってしまった私には初日いきなりの残業代と共によくわからない特別手当(真島さん曰く、お小遣い)が支給された。それは嬉しかったが、今後の事を考えるとすぐにお返ししてもいいほどにはいらないものだった。
 正社員として真島建設に雇われてからは、色々大変だった。

『天下の真島組やでェ〜!!』

 薄々感じてはいたけど、真島建設はヤクザだったし。
 しかも建設業と組業を分けられないのかわからないが、両方の書類がこちらに回って来たり。

『お前が真島の女だな?』
『ぎゃああああ』
『おい、待てやゴラ!!』

 そのお陰で敵対している組の方々に狙われるようになってしまったり。
 そんな日常に耐えられるわけもなく、私は辞表を出した。沢山出した。10枚以上は確実に書いた。

『……あ? なんやのこれ、嬢ちゃんえらいおもろい冗談やなぁ〜!』
『なんやなんや、この間と同じやないけ。つまらんわ』
『ええ加減にせんかい!』

 が、全て。全て、真島さんの手によって木端微塵に切り刻まれ、破られ、シュレッダーにかけられてしまった。

『ほれ、お小遣いや』

 そして、そのために特別手当を出されてなあなあにされてしまう。無理です、と言えば更に札束が出されるわ、男か?なんて言って組員だがとお見合いさせられるわホストクラブ連れ回されるわで、結局私が折れる。その繰り返しだ。
 でも、


「これが終わったら絶っっっ対辞める!!!!」

 思い出したらむかついてきた。勢いよく線を切る。汗は止まらないし、中は熱いし、爆弾はいつ爆発するかわからないし。そもそもこの会社、福利厚生についてよくわからないのだ。ヤクザ経営はこんなものなの?
 ああ私の馬鹿、本当に馬鹿。どうして最初に確認しなかったのか。世間知らずの田舎娘の自業自得っぷりに、我ながら情けない。娘って歳でもないけど。

 ピッ、ピッ。タイマーの数字は、あと5分も残っていない。

「これで死んでも、慰謝料だけは絶対ぶんどる!!!」

 死んでどうやってやるんだ、なんてツッコみは野暮だ。
 ぽたり、汗が床へ落ちた。暑くて、暑くて、コンテナの中で湯気が立ってるように見える。

「辞めて、慰謝料ぶんどって、実家帰って、そんで、そんで、」

 そんで、どうしようかなあ。家事の手伝いしながら細々と内職して貯金頼りの生活でもしようかなあ。それとも、お父さんの畑の手伝いしてもいいなあ。そういえば、従妹の所に子供産まれたんだっけ。いいなあ、結婚もしたい。

「死にたく、ないなあ」


 パチン。最後の線を、切った。









「だっはっは! ほんまか、ほんまにそないなこと思ったんか! あの嬢ちゃんが!」

 あひゃっ、と気持ち悪い笑い声を漏らして、むしろ笑いすぎて呼吸困難になり始めている真島さんの脇腹をど突く。
 この人はどれだけ人を笑うのか。私だって結婚願望くらいあるっつの。

「っだ! ……なんや、前より可愛げなくなってへん?」

 脇腹をさすりながら、真島さんが眉を寄せて言う。それに私は誰のお陰でしょうかね!と返し、ウーロン茶を飲んだ。
 そして、ダン、と勢いよく置くと、懐から封筒を出す。今日こそ、受け取れ。

「……あかん、あかんわ、まだあきらめてへん」

 私が突きだした封筒……辞表を受け取ると、真島さんはやれやれといったように首を振りすぐに灰皿へ入れ、更に火をつけてしまった。
 ああ、私の辞表……!