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ALBATROSS

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残るのはどうせ美しさだけ

実は中身は、な裏話/勘違い


崖から落ちて死んだと思ったら転生して過去の人物になっていた。どこぞの3巻あたりから出版が途絶えるラノベタイトルのような体験をしてしまったのは俺、みょうじなまえだ。気軽になまえちゃんって呼んでくれ。うそ、なまえくんの方が嬉しい。
俺は東京生まれの東京育ち、江戸っ子のじいちゃんっ子で幼少の頃は”ひ”が言えなくて近所のひろこちゃんをしろこちゃんと言っていた時代もあった。大体高校生くらいの色気づいて来た頃に必死に直したものだ。「君の瞳に乾杯」ってよくある気障な台詞も「君のしとみに乾杯」なんてなったら格好悪いだろ。 そうして直したはずの口調が、今や謎のべらんめえ風だ。一体どんな成長の仕方をしたのか、と生まれてからを思い返してもこれがなかなか奇譚。

そう、あれは確か夏。
俺は3年付き合った彼女に子供が出来たと喜んでいたが、その子供が俺の子じゃないと知り絶望のまま一人で無心で鍛えて道具を揃えて登山をした。精神がどうにかなってたんだろうな、それくらいショックだったから。まあ下山するときに崖から落っこちて死んだんだけど。多分親には失恋で自殺なんてふざけた死因だと思われてそうだ。

だが過去を憂いても仕方がない、俺は崖から落ちて死ぬという色んな意味でのショック療法で立ち直り、新たな生を受け取った。
というのに、俺が新たに生まれた時代は明治だ。明治だぞ?あの明治、お菓子とか大学とかじゃなくて時代の明治。つまり過去だ。過去を憂う気はないのに過去に生まれてしまった。

俺には記憶がある。未来の記憶だ、それは俺が生きていく上で大切な道しるべの一つとして取っておかなければならない。俺は前世の記憶を頼りに、とある地震から村を守った。するとどうだ、俺は未来予知をしたのだと、神の子だと言われ崇められた。そのときの俺は……まあ、満更でもなかった。ただの転生者だけど、転生ってのも選ばれし者的なとこもなくはないだろうし?みたいな気分で甘やかされたもんだ。
しかし甘やかされる反面、俺は実家からしたらいい稼ぎだった。多分家の人たちは俺よりも甘い蜜を啜っていた。そのうち俺は無駄に守られるようになった。家から出してもらえないのだ。もう最悪、その頃には俺後悔したもんね。ずーっと庭から空見上げるくらいしか出来ねえんだもん、俺だって蛙と遊びたい年頃だったのによ。
そしてあるとき、村に大雨が降った。家の裏は山だ。これはもう過去とか未来とか関係なく普通に予想つくだろ、土砂災害になるもんだって。だから俺は周りに危険を訴えた。しかしな、なんでかな、そういうのは信じねえのな。気のせいだと笑いやがる馬鹿な親父に、俺は死んでたまるかとこっそり家を抜け出した。ちなみにこの親父がべらんめえ口調だったから、俺もそうなったんだと思う。
そして案の定家は土砂に巻き込まれてぐしゃぐしゃになった。家族も皆死んだ。俺は天涯孤独となった。

で、俺が捕まった。

アホみたいだろ!アホみたいだろ!?俺が未来予知できるのに敢えて黙ってた敢えて殺したって冤罪もいいところだ!俺は必死に無罪を主張したのにも関わらず聞く耳は持たされなかった。裁判も何も先立つ金さえ土砂の下、俺は囚人となった。この頃には俺は地震なんて放っておくんだったとめちゃくちゃ後悔していた。

囚人となった俺は、毎日必死に刑務所の中で生きた。まずい飯を食べ労働をし怖いおっさん共の中に紛れる。だが俺は甘やかされて育ったのだ、前世の俺ならともかく今世の俺にその生活はしんどかった。そして俺は檻の中で倒れた。原因は多分ストレスと栄養失調。 目覚めたとき、俺は清潔な布にくるまれ医務室にいた。医務室のじいちゃん先生は優しく俺を介抱してくれた。前世の大好きだったじいちゃんが懐かしくて俺は泣いた。そして回復し憂鬱な気分で檻に戻ったとき、俺の周りは劇的に変化していた。
まず看守が優しい。それはもう優しい。くしゃみをすれば上着をかけてくれ布団を厚くしてくれた。そして囚人たちも優しかった。最古参の、抜きん出て刑期が長くて犯した罪もクソ怖いおっさんも俺が疲れたら俺の分まで働いてくれたし、苦手な食べ物はこっそり食べてくれるような優しさだった。とても遊女たちの内臓を捻り出して食ってた殺人鬼には思えない優しさだった。これが二面性か、と俺は震えた。
しかし周りが優しくなると、俺にとって世界は有利に回っていった。監獄の中が快適になった。場所は限られるが外に出れるし、食事は慣れれば大したこともない。俺は長きに渡る実家での軟禁生活のせいで物欲が底辺ギリギリだったし、強いて言うなら看守長のおっさんが顔を赤くしながらくれた煙管が俺の相棒だった。手放せないし気付いたら吸ってるんだよな、もう立派なニコチン中毒。この色々混ざってるらしい煙草にニコチンが含まれてるのかは知らないけど。俺前世では禁煙者だったからわかんない。

そしてそのうち俺は熱い視線に気付いた。あれは監獄の中で無事に二十歳を迎えた頃だったかな。よく見られるとは薄々気付いていたが、まさかその視線が崇拝と恋慕だと誰が思うんだ。俺はあるとき新人のヤクザのおっさんに求愛をされた。跪かれて愛を乞われた。言っておくが、俺はホモではない。しかし命が惜しい俺は黙って煙草を吸って誤魔化した。
すると翌日、ヤクザのおっさんは監獄から姿を消していた。最古参のおっさんが言うには、「俺ァ信じちゃいねえが、神さんに手ェ出したら信者ってのは黙っちゃいられねェよ」だそうだ。おっさんの着物の袖に見えた赤いシミは見なかったことにした。俺はその夜怖くて医務室のじいちゃん先生のところに駆け込んでひっそりと泣いた。

そうしてたまにじいちゃん先生に泣きつきながら、俺は監獄の中で暮らしていた。ら、あるとき、脱獄王と呼ばれる男が新たにやってきた。名を白石由竹と言うらしい。穴が多い名前だなあと思った。
白石は脱獄王と名が高く、なんと俺の隣の檻になった。坊主頭の普通の男に見えたが、普通の格好をしていたら最古参のおっちゃんだって峠あたりで茶屋でもしていそうな見た目だ。人は見た目によらない。俺はどんな恐ろしい男なのかと警戒していた。だが、白石の姿に俺はどこか既視感があった。坊主頭ばかりだからみんな知り合いに見えるのかもしれないとそのときは気のせいにした。

「なあそこのあんた、聞きたいことあんだけどさ」

白石自身も俺に警戒をしながら話しかけてきた。話を聞いてやると、絵の中のシスターに会いたいのだという。もうずっと恋をしているそうで、恋のために脱獄をしてきたらしい。なんと情熱的な男か。俺は感動した。しかし愛は脆い。そして俺はそのシスターを知っている。昔この監獄にも来たことがあった。ばあちゃんに似てて懐かしくなってちょっと泣いたら優しく俺の話を聞いてくれたいい人だ。メンソールの匂いがしたのを覚えている。乾燥肌で悩んでいる話を聞いた。ぶっちゃけ俺は女としては見れないが、白石は違うらしい。流石脱獄王は美醜感覚が違う。きっと魂の美しさを見てるんだろう。
シスターの絵は、本当にそっくりで懐かしくなって俺は泣きそうになった。しかし俺はじいちゃん先生の前以外で泣かないことに決めている。シスターは例外だ。

白石は脱獄するまで俺と多くの話をした。外の話を聞くのは好きだ。でもおっかない話ばかりだから俺は刑期満了したら安全に生きようと思った。
そして白石がお隣さんになりしばらくして、俺はようやっと気付いた。

「でさー、狸に噛まれたんだよな頭。血が出たんだけどすぐ治るとかって看守が相手してくれなくてさ、酷くない?だから脱獄しちゃった」
「…………シライシ、ヨシタケ」
「うん?なあに?」

お前、脱獄王の白石由竹じゃねえか。

俺は前世の記憶を思い出した。
不死身の男、日露戦争、鍵を握るアイヌの少女と金塊と変態だらけのカオスな漫画。
俺はマジかと白石を見た。白石はきょとんとした顔で、目が合うと恥じらうように逸らす。二重の意味でマジかよこいつと二度見した。
一番使えるが約立たずでネタキャラの白石はぶっちゃけ俺の中ではまあいるな、程度のキャラだった。しかしこうして実際話してみると白石は普通にいいやつだ。俺の煙管落っことして火傷したドジも超真剣に心配してくれる優しいやつだ。まあ犯罪者だけど。って俺も今は犯罪者か。冤罪だけど。

おそらくこれは所謂異世界転生というやつだろう。漫画の中が異世界になるのかは知らんが、既知のようで既知ではない世界というわけだ。世界の大筋は変わらないが、一部北海の地では漫画の大筋通りに時間が進むのだろう。とすると、シスターを探しているし、白石はまだ刺青もないはずだ。確かに皮を剥がれるのは可哀想だけど、白石はあの話には無くてはならない男。俺はせめて同じ監獄で過ごした身として、白石の恋を応援しようと思った。

「次は日本一の監獄へ行くンだ」
「……日本一?網走のこと?」
「さてなア。……そこでお前は地獄を見るンだ」

恐怖ののっぺら坊とかおっかねえ囚人共とか土方歳三とかな。

「地獄?ええっ、嫌だぁ」
「文句を言うンじゃねエ、行け。そンで地獄を見て、生きるンだよ」

不死身のおっかねえ男と出会ってアイヌの少女たちと旅をして。自然の美味いもんたくさん食って生きるんだ。おっかねえけど楽しそうだよな、あの旅は。読んでて何度もうずうずしたもんだ。変態ばっかりだけど。
そんでまたいつかここへ来て、いや、俺が刑期満了してからかもしれないな。俺に旅の話をしてくれたら嬉しい。そんな思いを込めて話した翌日、お隣さんはもぬけの殻だった。



白石がいなくなってから数年が経った。俺は前よりも成長したし、監獄の中は年が経つ毎に快適になっていく。なんだろ、俺やっぱり崇められてるよな。見目がそんなにいいとは思えねえけど、熱い視線も感じる。そこまで女っぽくもないのにな。この世界にはそもそも変態が多いのかな。
ついに布団はふかふかになり寒ければ火鉢を与えられ、外が暑ければ外役を免除されるようになった。どんだけ甘やかされてんだよ、まあ俺はそれを喜んで受け入れたんだが。そうして甘々に生活していたからかな。ちょっとお前甘えすぎだよって天罰かな。

「……みょうじ、お前は……網走監獄行きになった……」
「…………うそオ」

俺よりも悲壮感漂ってる看守長にそう通達された。