ALBATROSS

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やおよろずにも好みあり

 拝啓上野で豪遊なさっているお爺様へ、あなたの娘をいい加減どうにかしてください、敬具、可愛い孫より。そう書き綴っては紙を燃やす。部屋に置いてある火鉢はバチバチに燃えてあっという間に紙を灰にした。一緒に燃やしたいという欲求を抑え嫌々ながら花と白粉の香りがほのかにする気色悪い手紙を開く。誰からだと思う? ヒントはきから始まっていで終わる人。男しかいない士官学校の寮にいもしない娘宛ての手紙を送ってくる奴も奴だがそれを持ってくる勇作も勇作だよ。いいかい、花沢ヒロと書いて気狂いって読むんだよ。これ進級試験に出るからよろしく。
 10枚にわたる手紙の1/3は架空の娘へのお言葉だから飛ばして良い、残りは父と家の愚痴だからこれは読んでも読まなくても良い、そして残りはいかに自分が苦労しているかという心底どうでもいいものだから読むだけ時間の無駄。これがいつものパターンで架空請求より悪質な手紙はさっさと燃やしたいところだが、返事を書かないと5通になって返ってくる悪魔仕様ゆえに俺は奥歯を犠牲にして手紙を開けるしか無いのだ。ペーパーナイフでピリッと開けて中身を取り出し、つらつらと書かれた母の細い文字を読む。えー、拝啓以下省略省略飛ばして省りゃ

「勇作がお見合いダァ!?」

 見過ごせない一言に俺はひっくり返った。父は聯隊旗手をさせたいが母は跡取りを残したいので民間のお見合い斡旋所へ依頼したらしい。
 母の中で俺は陸軍士官学校という名の女学校に通っているらしく俺の行き遅れがどうのこうのとという部分はちぎって燃やして灰を窓の外にぶちまけて置くとして、勇作がお見合いというのは許せない。母曰く、これで花沢家は安泰だという。
 完全に勇作と双子で弟で男の子で家を継ぐことも出来る迅作くんのことをお忘れになられているようだ。苛立ちと嫉妬で腸が煮えくり返りそう。
 別に勇作の死を望んでいるわけではない、どうせ死ぬしという思いはあれど奴とて俺の大事な兄だ。かなり癪に障る奴だけど。そして家を継ぎたいわけでもない。もし継いだとしてもこんな家さっさと潰してしまいくらいには恨みがある。どちらかというと俺はさっさと家を離れて自由になる夢を見てる。大陸渡ったらどさくさに紛れて逃亡出来ないかなあとか。嫌々戦争に行かされるんだからそれくらいのリターンはあって然るべきでは?でも敵国に捕まったら捕虜後どこに回されるかわかったもんじゃないからきっと俺は大人しく戦場で死ぬしかないんだ……いやだあああ!金持ちのお嬢さんのとこに婿入りして平和に暮らしたあい!俺の野望を叶えるためにも勇作に先を越されるわけにはいかんのだ。
 とはいえ、多分というか確実に母がお見合い斡旋所に話を持っていったことは父にバレている。なぜなら父は気狂いの母がいつ自分に不利な発言をするか怖々していて常に監視という名の使用人をつけているからである。ちなみにその使用人の女中おことちゃんは父のお手つきなのだ。母は知ってるんだか知らないんだかわからないがこれが地獄花沢ワールド。多分家で知ってるのは使用人と俺くらいかなあ……しかし案外勇作もわかっているかもしれない。あいつは父の手前遠慮と謙遜とよくわからない消極さばかりだが、思慮深いという言葉がぴったりな優秀くんなのである。すぐに文句を口に出して怒られて殴られてびえんびえん泣く俺とは大違いで、あいつは父に殴られたことなど俺が見る限り一度もないのである。そんなところも癪に障る。話を戻して、そういうことだから、きっと聯隊旗手にしたい父はすでに手を回しているだろう。そう──菊田教官とか。

 正直なところ、軍人が出てきたなら俺が口を挟める場所はないと思う。実力的にも、能力的にも、何せ父の部下にはあの鶴見中尉もいるわけだし、母の気狂いは今に始まったことではない。だが万が一というものがあるわけだ。俺がここにいることがイレギュラーに繋がるかもしれない、そう考えるといてもたってもいられなくなった。

「勇作!」
「ちは」「なまえ」
「コホン、あーなまえ。どうかしたのか?」

 言い間違えそうになりやがった勇作クソ野郎に訂正を入れついでに俺の尻より若干高い位置尻をバシンと叩くと、勇作はグゥ…と唸った。ざまあみろバーカバーカ。
 俺は素朴な花柄の手紙を勇作に渡した。宛名はお母様へ、である。

「明日の晩餐に呼ばれてんだろ? 渡しておいてくれ」
「それは構わないが……また帰らないつもりか? 長期休暇の際も友人と旅行へ行ってしまったし、正月くらいしか帰っていないだろう。母上はご心配なさっている」
「母上が心配してるのは俺じゃなくて”ちはや”」
「お前もちはやも、同じだろう?」
「勇作お前まだ寝惚けてんの?」

 喧嘩売ってんのかこのいい子ちゃんの皮かぶった糞野郎がよ。寝言は寝てから言え、世迷言は死んでから言ってくれたまえ。大体父と母のご機嫌取りをしながらギスギスした空気で食う飯の何がいいんだ、あんな中でにこやかに食ってられるのは勇作くらいである。多分こいつにはあの刺々しい空気は刺さってないんだろうな、皮膚と精神は合金製だから。勇作の分まで俺に向かっていると言われても納得してしまう。つまり不味い飯は食いたくない。家で豪華で糞みたいな飯を食うんだったら汚い下町でべちゃべちゃの麺を啜った方がマシだ。
 じゃあよろしく、と勇作に笑いかけて俺は外出届を提出し宿舎を出た。
 目指すは結婚媒介所である!





「花沢なまえ様……申し訳ございません、ご登録することができません。お引き取りください」
「エッ。……ど、どうしてですか」
「申し訳ございません」
「せめて理由を教え」
「申し訳ございません」

 意気揚々と飛び込んだのに受付の人に機械のように同じ文言を繰り返されて俺は諦めるしかなかった。とぼとぼと哀愁漂う姿で媒介所を出る。ああ、空が青いなあ……。

 どうしてーーーッッ!! がくりと膝をついた。ズボンに埃がついてしまうが精神がそれどころではない。えっ? どうして? 申し訳ございません? どうして? 疑問乱舞である。ここまで納得いかないことってある? 俺初めてなのにそんなに断られることある? なんかした? 実は前科あったりするの?
 ブツブツと文句を垂れて泣きそうな顔を俯いて隠した。路面バスに乗り込んで一番奥の席にギュッと縮こまって座る。シャツの胸元をくしゃくしゃにして握り心を落ち着かせる。ぶっちゃけパニック状態である。俺がいったいなにをしたというんだ……。二駅ほど乗った先でお隣さんになった男の子は俺の呪詛を聞いてドン引きしボンタンアメを恵んでくれた。幼子が気を遣うほど俺は情けなく落ち込んでいた。
 俺が断られる理由ってなにがある? 前科持ちとか? ブラックリストとか? 初めて行くのにいきなり登録されてるなんてことある? 詐欺もいいところじゃないか訴えて勝つぞ。軍国主義の時代、花沢の名前はそれなりにつよ……い……。

「花沢か……」

 俺は勇作よりも出来が悪いがそれなりに頭がいいので気づいてしまった。つまり、先回りされたのだ。誰にかと言われると確定ではないが、おそらく父だと思う。母はそもそも俺の名前をなまえとして認識していないからリストに入らないはずだ。しまった、ちはやの名前も確認しておけばよかった。しかし今から戻る気にもならない。
 少し意外だった。父が俺をブラックリストに入れるなんて、というかまあ俺が駆け込むことはバレバレだったというわけで、わかっているんだったらさっさと結婚させてくれればいいのに。父は俺を勇作の代わりにする気かもしれない。旗手となれば死亡率は高いし、そうなれば俺が次期当主──かもしれない、が、そう上手くいくはずがない。つまりここまで全て俺の妄想。どちらかというと、いつまでも俺を母の精神安定剤にするという可能性の方が高いのではないか。絶対そうだろ。ははーん、結局俺は戦地で死ぬしか選択肢がないというわけだ。絶望した。
 思考はどんどんずぶずぶとネガティブの沼に入っていき、電車もぎゅうぎゅうになってきて外の空気が欲しくて萬世橋で降りると目の前を楽しそうなカップルが通り過ぎて俺は嫉妬と怒りと失望で荒れ狂いそうだった。萬世橋の川って何川だったっけ? これに飛び込んで流されていったら外国行けるかな? 逃げられるかな? 到底無理な夢とはわかっているものの奇跡は起きたりするものだろう。期待を抱き俺はじっと川を見下ろした。きったねえな。ここに飛び込んだら死にそう。嫌だ、死にたくない。神様お願いだからころさないでください。単純な俺はその思いだけで神田明神へと向かった。神様、神様お願いしますと思いを込めて坂をあがり階段をあがった。すれ違う初々しいカップルを片っ端から睨みつけて手持ちの小銭を全て賽銭箱に投げ入れる。うっうっと涙を流してお願いしますうううと神頼みしたからきっともう大丈夫だろう、俺は今から川へ行ってアメリカンドリームを掴む。ウキウキでシャツの第二ボタンあたりまで外し陽の当たる参道を歩いていると、「なまえ!」と声をかけられた。じんましんが出た。

「なんだ、参拝に来ていたなら一緒に来ればよかったじゃないか」
「勇作……いや偶ぜ」
「勇作さん、お知り合いかし……マアちはや! 帰ってらっしゃらないと思えばまたそのような格好をして!」
「イ゛ヤ゛ア゛ーーー!!!!」

 なんだよ、神様も勇作の味方かよ。そりゃそうだよな、ダラダラ泣き喚くなよなよしい奴よりも晴れやかな美丈夫のほうがいいよな。俺の神は死んだ。

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