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ALBATROSS

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惰性の剥製

 ジョージ・ウィーズリーは双子の弟の方だ。兄のフレッドとは一卵性の双子で、それはそれはよく似ている。母親でさえ見分けがつかないほどだ。
 そんな双子でも差はある。性格、好み、周囲が気付かないだけで似ているようで似ていない部分は二人からすれば沢山だ。兄のフレッドよりも弟のジョージの方が実は落ち着いていたり、でも兄の方が発想力は強かったり、それは本当に些細な、それこそ365日寝る時も目を離さないほどに観察していなければ普通の人では気付けないくらいのものだ。実際、双子自身自分たちで気づいていないものも沢山あるはず。二人はそっくりの双子だが、確かにそれぞれの違う人間なのだ。

 二人は兄が三人と多いせいか、それとも男という性に生まれたからか、異性への意識は一般的、もしくは少し早熟していた。兄のフレッドはどちらかというと女性らしい豊満な体が好きだ、と隠しもせず言った。それに対し、弟のジョージは体はよくわからないから、とりあえず優しい子がいいと言った。そのとき、ジョージは兄ほど性への興味は強くなかったからだ。
 しかし、ジョージの方が”恋”という感情を意識するのは早かった。

 元々魔法界で育ったジョージは同世代との接触はあまりなかった。親戚だとかその程度だったし、その親戚だって数が少ないため女の子なんておらず、自然とそういった意識はあまり生まれなかった。せいぜい家族で出かけた際にすれ違ったあの子が可愛い、とか、新聞に載っていた女の人が綺麗、だとか。そんなジョージが、初めて意識した恋愛感情は、ずっと待ち望んでいたホグワーツの入学式でのことだった。
 忘れもしない、忘れられない、11歳のあの日。
 ホグワーツ魔法魔術学校、入学式のあのとき。

『みょうじ・なまえ』

 みょうじという名前は純血として英国魔法界ではそこそこに有名だった。ジョージの父、アーサーとは犬猿の中でありウィーズリー家から毛嫌いされているマルフォイや、今は途絶えているがやはり有名なブラック家、そしてブラック家よりは劣るが、ノットやザビニといった貴族の中に混じる家柄としてみょうじの名前はジョージも知っていた。
 父、アーサーの影響か、純血であるウィーズリーの家族にはマグルに対しての差別は無い。そのため、血を裏切る者と蔑すんでくる純血貴族相手と水と油の関係になるのは当たり前のようで、今まで耳に聞く純血の者は皆ほとんど全てがマグルに差別的だった。もちろん違う人もいたが、少数もいい所で、自然とジョージの中では「純血(貴族)=マグル差別」という図式が成り立ち、気に食わない、という印象がついていた。それはもちろんみょうじもそうで、今まで父から話を聞いたことも無ければ会ったことも全くない、ただ名前を聞いたことがある程度だったもののジョージの中ではみょうじも例外なく気に食わないリストに載っていた。載って、いたはずだった。

『――――スリザリン!』

 みょうじがスリザリンに選ばれたとき、当たり前だ、と思った。高貴なお貴族様は違うね、と鼻で笑った。
 しかし、――――同時に、少しがっかりした自分がいた。
 みょうじのローブの色が深緑へ変わり、スリザリンの席へゆっくり歩いて行くその横顔から目が離せなかった。「おい、ジョージ?」ぐい、と手をひかれ、「大丈夫か?」と少し心配そうに己を見つめる双子の片割れと兄達を見つめては、と気付いた。「大丈夫さ、ちょっとぼーっとしてただけ」「おいおい相棒、パーティはこれからだぜ?」にしし、と悪戯に笑うフレッドに、同じような顔をして笑い返すも心の裏では、先程見たみょうじの姿が焼きついて離れなかった。

 その夜、ジョージは寮の部屋で悶々と考えた。フレッドも、同室となったリーも既に就寝していて寝息だけが聞こえる静かな部屋だというのに、ジョージの耳の中で大広間での賑やかな音が鳴っていた。目を閉じても、瞼の裏にはみょうじの姿が。
 すっと伸びた背筋が綺麗だった。
 深緑のネクタイに、みょうじの雪原のような白い肌が映えて美しかった。
 一般的な色だというのに、少し伏せた長い睫毛の下にあるダークブラウンの瞳は宝石のように輝いて見えた。
 ――――そこまで想い起こして、ジョージはブランケットの中で勢いよく頭を振った。(ちがう、あいつはスリザリンだ)そう自分に言い聞かせるが、焼きついたみょうじの姿が頭から離れない。
 ジョージは結局二時間程度しか眠ることが出来なかった。

 翌日の朝食の場に、みょうじはいなかった。自分を含め同室の全員が寝坊したため遅い時間だったのもあるだろうが、ジョージがみょうじを見ることは叶わなかった。それから数日間、食事の場でジョージは無意識に目でみょうじを探していた。しかし、みょうじはジョージの前に姿を現すことは無かった。
 ジョージがみょうじと邂逅出来たのは、憎きスリザリンとの合同授業の時だった。魔法薬学、スリザリンの寮監であるスネイプが教師を務める居心地の悪い授業でジョージはみょうじの姿を見ていた。彼は教壇側の前方に着席していたため後ろ姿しか見えなかったが、襟足から見える白い肌がちりちりとジョージの目に焼き付き、男に向かってどうなんだ、と思いつつも艶やかな黒髪を凝視した。フレッドから「おい相棒、なんか変だぞ?」と何度聞かれても、ジョージがみょうじから意識を外すことは無かった、否、出来なかったのだ。

 それから約二年もの間、ジョージは毎日当たり前のようにみょうじを探し、みょうじを見つめ続けた。まるでストーカーだ。自分でも承知し自嘲したが、いつだってジョージの目玉は魔法にかかったかのように無理矢理にでもみょうじの姿を探し、映していた。
 みょうじは、スリザリンだ。
 みょうじは、男だ。
 何度その事実を自分に言い聞かせても、そんなの問題ではないというように泡の如くふわふわと消え失せる。だが、それでもジョージにはただ一つ、出来ないことがあった。
 みょうじとの接触だけは、どうしても身体が動かなかった。
 話しかける、挨拶する、なんなら嫌がらせでもいい、しかしどれもみょうじの姿を見れば出来なかった。身体が硬直呪文にかかったように動かない。ドクリ、ドクリ、耳元で鼓動がして、心臓がドクシーに噛まれたように痛む。手に汗を握り、指先が痺れて震える。声帯から出る声はどこか上擦り、頭の中が白く染まる。そして、目だけはみょうじを見つめ、みょうじがいなくなってから初めて安堵と後悔の息を吐くのだ。まるで呪いのようだった。「ねえ、父さん、俺最近変なんだ、何か悪い魔法にかけられてるかもしれない」「なんだって?」悪質な闇の魔法かと考えて、父に相談したことさえある。だが、父は何の役にも立たなかった。「ははっ! ジョージ、それは違うよ」快活に笑った父の目じりの皺がジョージには眩しく見えた。「それはね、ジョージ――――恋ってやつさ。世界一素敵な魔法だよ」柔らかく笑んで母さんには秘密だね、と頷く父が、ジョージは信じられなかった。少なくとも、そのときは信じられず、即座に笑って否定した――が、また学校でみょうじを見たとき、それは確信に近かった。一年の時から全く変わらないみょうじの白い肌、この二年間友人と話していても一切の笑みが無かった能面のような表情。夕食の場でちっとも楽しそうではないが、知らないスリザリン生と話しているみょうじにジョージの胸の内にはじわじわと黒い靄がかかる。(そんな男と話して何が楽しいんだ?ちっとも笑ってないじゃないか。俺ならみょうじを笑顔に出来る)嫉妬の叫びを心の中で上げた。『恋ってやつさ』父の柔らかい声が耳の中で聞こえた。

 ジョージは、確かにみょうじに恋をしていた。