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ALBATROSS

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真実は未遂のまま腐ってゆく

アレクサンドロフスクサハリンスキー通称亜港。話の流れに乗っかるなんて思いもしなかったが、ある意味で聖地巡礼……とか思ってた俺は馬鹿だった。まさか置いていかれるとは。お前は足でまといだから、と和彫りを写されただけで灯台夫婦のところに置いていかれるなんて誰が思うんだ。いや、その通りだけどね、戦闘とか出来ないし雪の中ちょっと歩くだけでひいひい言っちゃうけど、なんかこう夢が砕かれた気分だよ。つまり正式名称が早口言葉みたいなロシアの街には行っていない。
ただ、後々のことを考えると確かに行っても仕方ないよなあと冷静に考えた置いてけぼりの俺は、とりあえず樺太を出ることにした。どっかで合流出来ればいいなと思って。

お世話になった時間は長いからとても寂しいけれど、ご夫婦はギリギリのところまで送ってくれ俺たちをいっぱい抱き締めあって涙の別れの挨拶を交わした。彼らには本当に感謝しかない。スヴェトラーナは無事だからね、大丈夫だからねとしか言えなかったが、二人はそれだけでも嬉しそうに笑ってくれた。
そして一人になった俺は、まず大泊へ向かった。そこで一行を待とうとスタンバってみたのだが、港の宿で数日を過ごしてやっぱ移動しようと思った。だって銃撃戦の後の決死の逃亡とか無理だもん。無理よりの無理。即死に決まってるし死にたくないし。船に事前に乗ってる、ってのも考えたけど、流氷の上を移動するのはハードルが高い。
となると次に行くのは江別か、支笏湖か、札幌か。流れ的な最終地点は札幌だから先回りするのもありだが、ジャックザリッパーのことを考えるとやはり悩んでしまう。ウンウンとしばらく宿で悩んだ結果、あみだくじで決めた。テッテレー、江別!そうと決まればすぐさま数日世話になった宿の女将さんに別れを告げ、ご主人からは餞別だとお小遣いをもらって船へ乗った。ここの宿の人たちも本当に良い人たちで、超短期滞在だったのにご主人なんてわんわん泣いてくれて俺までもらい泣きしちゃった。
そんで稚内で一度降りてから馬車と船で江別へ向かう。途中でお金が無くなり、飴売りや芸なんかもしちゃって結構楽しんで移動していたのだが、やっと石狩川周辺についたとき、馬車のおっさんの訛りが酷くて俺は行先を間違えてしまうというお茶目なドジをした。降り立った場所はよくわからないところで、うーんと首を傾げて近くの民家に頼ろうにも、最近賊が多いらしく警戒して取り合ってくれなかった。詰んだか。やはり俺には無謀だったか。そう落ち込みかけたとき。天は俺を見放さなかった。アーメン。全然信じてないけどこれからはマイソウルブラザーだぜ。

「海賊房太郎……」
「あん?」

プリンセス並の髪の長さ、この時代には珍しい高身長、振り向いた顔はヨッ!美丈夫!合流の機会が向こうからやってきたんだからここで乗っからないわけが無いのだ。
俺は初対面で警戒されながらも房太郎に江別まで一緒に連れてってーとお願いした。すると、房太郎は素直に頷いてくれる。えっ一発オッケー?マジ?めちゃくちゃ優しいじゃん逆にこわ……と思ったのは俺だけではなかったらしく、戸惑った様子の仲間っぽい人たちが房太郎に問う。房太郎は彼らの声にハッとしたように目を見開き、口元を笑みとへの字をごちゃごちゃにしたような微妙な顔をして何故か首を振った。

「…………いや、ウン、よくねえな」
「アァ?今頷いたじゃねエか」
「首が勝手に動いちまった。……ま、勝手に動いたっつーことはそういうことだ、いいだろう。江別だったか、俺たちが行くかはわからないが道が同じなら連れてってやるさ」

勝手に首が動くなんてことある?病気か?持病持ちなんて書いてなかった気がするけど。大丈夫なのかな。ちょっと心配になってしまったが、でもラッキーってことで俺はとりあえず海賊房太郎の一味の仲間……ではないが、同伴者となった。

ここで、てっきり海賊一味はもう江別行きの船襲う段階にあると思ってた俺は勘違いしていた。早とちりってやつ。彼らはこれからアイヌの集落に向かい情報を集める段階で、タイミング的には少し早かった。なので俺は観光気分で徳富川周辺を散策したり、道行く人に話しかけたり自然を楽しんだりしていた。アイヌ語はよくわからなかったけど、言葉が通じなくても会話出来ることは灯台夫婦に教えてもらったからな。楽しい民族交流をした後、一味は江別へ川を下ることになった。

北海道の澄んだ川は日の光を通し、泳ぐ魚の鱗に当たってきらきらと水面が光っていた。とても綺麗だ。ゆったりと川を下る時間はまさに癒しで、現実を忘れそうになる。じっと魚が泳ぐ姿を見ていると、隣で櫂を操作していた房太郎が「おい」と話しかけてきた。見ると、思ったより近い距離の顔に少し身を引く。

「お前、陰陽師か?」

陰陽師、とはあれだろうか、占い師的なことを言っているのだろうか。自慢じゃないが俺は未来視が出来るという厨二病設定が現実に扱われて逮捕までされてしまった恥ずかしい過去がある。マジで自慢出来ない黒歴史。そして房太郎は江別の件を言っているのだろう、しかし皮肉混じりの冗談がお上手で。

「いンや、ちょイと勘がイイだけの野郎さ。むしろ、これ以外なンも出来ねエ」

俺も冗談交じりにそう返すと、房太郎は鼻で笑って会話が終了した。感じ悪い、と思うが、この数日で房太郎の性格がだんだんわかってきたためあまり気にすることも無い。ただたまにじっと見られるのがちょっと怖い。ちょっとだけね、ほんのちょっとだけ。……視線で穴あきそう。
さて、このとき冗談でポンコツなんすよーと言った俺だったが、うむ、冗談ではなかった。俺は俺の事をちょっと過信しすぎてたっぽくて、俺は俺自身に現実を見せられてしまった。俺のゲシュタルト崩壊。
房太郎から泳いでみろと言われて泳げば遅い!と怒鳴られる。でもさ、ガキンチョのまだ囲われる前の頃に地元の池とか川でちょっと遊んだ程度の経験では十分じゃね?ってくらいなんだよ、そんなガチの競泳選手みたいな泳ぎはあんた海賊だから出来るってだけでパンピーに求められても困るって言うか……言い訳乙。俺は海賊行為中は船にお留守番と戦力外通告された。そして持たされた銃は重いし、撃ってみたら当たるなんて夢のまた夢って感じで銃弾がどこに行ったかもわからないし、肩も痛くて鼓膜もビリビリした。尾形の凄さがよくわかる。そんでもって短剣はいい感じに振れたと思ったんだけどなかなか上手く当たらない。房太郎にはため息を吐かれてしまった。そろそろ目が死んできた。さらに、やってみろよ、と言われ権堂さんにそばに付き添われながら、火を起こすくらいは出来るってば流石にバカにしすぎじゃないか?と思っていた火起こしも全然出来なかった。煙は出るのに火がちゃんと燃えてくれない。マッチ三本無駄にした。でもこれは三本無駄にするまで集めた木が悪いって教えてくれなかった房太郎も悪くない?意地悪だ。
極めつけは魚も捌けないってことに房太郎は驚いて「……お前さてはボンボンか」と若干引いた視線をくれて俺の心がちょっぴり傷ついた。ピンポン大正解その通りなんだけどその目は嫌です。これから頑張るからァ!教えてとお願いすると、房太郎は目の前でサクッと捌いてくれたが、目で見て盗めなんて無茶を言うものだから俺の捌きスキルが上達することは無かった。
結局俺は監獄よろしくな具合に、一味のみんなに世話を焼かれてぬくぬくとサバイバル生活を過ごした。認めざるをえない、杉元の足でまとい判断は正しかった。

そんなこんなはあったが、話の流れは海賊房太郎が杉元たちが乗る船を襲い、協力関係に落ち着いたはずだ。あまり細かいところは忘れつつある記憶をフル稼働させて、俺は合流の船を探した。外気製蒸気船だったことは覚えてるんだけど、ヒントにしても曖昧かつその種類の船はよく通るため特定が難しく、しかしその間にも房太郎はとっとと江別へ行こうとしてしまう。被害に遭われる方には申し訳ないけどもうちょっとお金欲しいなあと言えば部下さんが房太郎に掛け合ってくれて日を伸ばしてもらった。一日に何度も通る船をじっと観察し、襲うか襲わないかで引き止めては早く江別に行きたいせっかちな房太郎さんに睨まれ、臓腑が縮こまりながら数日が経過。また船が通る。もう次引き止めたら川に沈められそうと確信する眼光の鋭さに、諦めの気持ちいっぱいで頷いた。

「アレで最後だ」
「……やっとかよ、待ちくたびれたぜ」

もう房太郎の目が樺太の吹雪みたいに冷たいんだもの。俺もびくびくしちゃう。一味に同行し始めてから、自分の手は汚してないものの指示を出すなど立派に罪人っぽいことをしてしまった罪悪感と、房太郎の冷たい視線があわさって情緒が不安定になってくる。でもここまで来たらやらねば。
飛び込む房太郎に忠告して見送り、俺も船に乗り込む。一応当たればいいな、と忠告してみたけど本当に自信は無くて、何事も無かったらてへぺろ!と誤魔化す気満々だった。一発殴られてしまうかも、とスリル感で鼓動が早くなる。サッと中に忍び込んでそっと様子を伺った。
窓の中から見えたのは、上から川へ落ちていく乗船員。
あっ無理だわ、そしてビンゴ!俺は素知らぬ顔で震える奥さんの隣に座り怖いですね、なんつって船がめちゃくちゃ揺れてバンバン銃声が聞こえても膝を抱えて丸まっていた。野次馬根性上等な度胸無したぁ俺の事よ。そのうち静かになり、乗客がざわざわと終わったのか?と話し出す。いそいそと外に出て様子を伺うと、「海賊房太郎と手を組もう」という声が聞こえてきた。おっ、杉元だ。しばらく聞き耳を立てていると、埋蔵金がどうのとか、鶴見中尉や土方歳三などの名前が上がる。お、俺、今生でセリフ聞いてる……!テンションが上がってきた。房太郎が協力すると了承した頃にひょこりと顔を出す。

「ヨ、お兄さン方。話は纏まったみてエだね」

その場の注目が俺に集まった。樺太に置いてきたはずの俺が姿を現して予想外だったのだろう、杉元の口がぽかりと開いた。俺はというとウイルクと同じ青い目玉と目が合いドキッとした。それをぶち壊す楽しい声。

「──えっみょうじなまえ!?なんでいる──ああっ未来視。俺お前の言う通りになったんだけど、そういや未来視出来るってマジだったの!?今度お馬当ててよ!」

いや、俺は歴史と漫画の原作知識チートマンだからそれは無理かな。十年近くぶりなのに第一声がそれとは、白石も変わらない。
少しほのぼのとして視線を動かした先で、房太郎が俺を睨んでいた。なっ、俺の言った通りだろ!今回のは奇跡的な偶然だけどさ!そのとき、俺はテンションが上がったままご機嫌でぱちんと片目を瞑ったら、房太郎が今すぐお前の手足を切り落として砂袋に詰めて川底に落としてやるみたいな眼をギラギラさせていて震え上がった。思わずひいっと白石に抱きつくと、房太郎が更に怒った様子で俺の襟首を掴み首に噛み付いてきたときにはマジもんの死を覚悟した。今更だけど囚人怖い。