ALBATROSS

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ここに、いました

 ほやほやと揺れる黒いアホ毛をぽーっと見つめる。カーテンの隙間から注ぐ光が目の前のかわい子ちゃんの綺麗なうなじを照らす。白い肌、少し骨ばっているがほっそりとしたシルエット、生え際にぽつりと小さなホクロの色気。そっと小さなホクロを触ると、「……ん」と掠れた低い声が聞こえた。アホ毛ちゃんが体をひねってこちらを向く。ウワア、びっくりした。なんだその顔。寝起きの顔が良すぎるぞこのアホ毛ちゃん。……というか、これは、未成年では?ドキドキの胸の奥が嫌な予感に騒ぐ。

「なまえ、はよ……なんじ……」
「…………」

 あれ、服着てんじゃん。……いや、いやいや、服着ててもアウトだろ。アウトだ。腰の痛みもないがアウトだ。なんで私は未成年をベッドに引きずり込んでるんだ。アウトだ、もう終わりだ、おまわりさんここです。走馬灯のごとく過去のことが甦ってくる。まさか私がこんな犯罪を犯してしまうとは……しかしこんな顔がいい子がよく大人しく一緒に寝てくれたもんだ。怯えている様子もないしもうこの際楽しんでもいいのでは?そう思い、アホ毛ちゃんのアホ毛を撫でてそっと抱きしめる。ウワア筋肉ちゃんとついてるのになんかふわふわしてる。これがイケメンか。イケメンはこんなにふわふわなのか。なんてことだこんなの知ってしまったらもう普通の野郎と寝れないじゃないか、イケメンも罪だ。一番の罪は私ですけどすみません。フゥー。首元に顔を埋めて息を吸う。ウワアめっちゃいい匂いする。これがイケメンの匂い……缶詰にして売ってくれよ、軽く5万は余裕で出せる。あれ?5万じゃ足りない?ちょっと待って今現金下ろしてクレカの上限もあげてくるから。あまりにもイケメンがイケメンすぎて堪能していると、「くすぐってえよ」とアホ毛ちゃんが笑う。笑った顔がするりと近づいてきて、ちゅ、と音を立てて私のおでこにふれた。───なんだいまの。脳内思考停止。エマージェンシーエマージェンシー。イケメンに萌え殺されてしまう。生きててよかった。最後に人生こんないいことがあるなんて頑張って生きててよかった。「まだねむいな」それにうん、と頷きイケメンの匂いを堪能する。自分のお葬式のBGMリストを脳内で組み立てていると、バタバタと音がして部屋のドアが開けられた。

「あっなまえ姉いち兄と寝てんじゃん!うらやましっ!」
「ったく、朝からうるせーな二郎」
「玄関になまえ姉の靴あったから」

 さらなるイケメン登場。アホ毛ちゃんより細身で色っぽいイケメンがベッドにどーんと乗ってくる。ぐええとカエルのような声が出た。イケメンの前で恥ずかしいなんたる声…お耳汚しを…。土下座する勢いで体を起こすと、「どーん」と次のイケメン……ホクロくんが抱きついてきた。フ、フワアアアア。いいのか、さらなる御褒美をいいのか?冥土の土産にしては豪華過ぎないか?そう焦りながらも心は正直に抱きしめ返しこれまた匂いを嗅ぐ。フスゥー。お花の匂いだ…柔軟剤かな…?ここは天国か?

「なまえ姉おけーり」
「……た、だいま?」
「朝ごはんカツ丼つくった!なまえ姉好きだろ?」

 私の好物ヘビーすぎじゃね?カツ丼なんてここ数年食べた記憶が無い。基本コンビニおにぎりとカロリーメイトの社畜ですよろしくね。ハッ、そうか、過労か……。これは白昼夢か。私の想像力なかなかやるな。しかし姉って、なまえ姉って呼び方はどうだろう、私に弟願望は無かったはずだけど。悪い気はしないけど。

「しゃーねえ、なまえ起きようぜ」
「今日も仕事だろ?早くしないと遅刻するよ」

 こんなかわい子ちゃんに構ってもらえるとは、ビバ白昼夢最高。




 醒めない。
 どうしよう、三日だ、三日目だ、三日間白昼夢を見続けている。なんか嫌な予感。明晰夢?いやいや見すぎだって、一回くらい起きようよトイレとかあるじゃんそういうの。醒めろ醒めろ。そう思っていたって夢は醒めず、もはやなまえ姉という呼び方も三人の弟にも慣れてしまった。美人は三日で飽きる。その通りだ、顔にはもうちょっと飽きてきた。その分性格がかわいいはかわいいが、元より協調性がない私としてはこの共同生活なかなかにしんどい。夢のくせにな。
 この三日間で学習したことは、私には弟が三人いて一郎二郎三郎という安直な名前だということ。すぐに覚えた。そして三人とも未だ未成年だということ。これは確実に捕まる。起きたら大人しく自首しようと思う。そして、この世界が最先端すぎるという事だ。ちょっと古い人間にはついていけない世界線だ。女が主位に立ち税金からお給料まで、もはや国家レベルで女尊男卑、総理大臣や官僚そのほか重要役員ほぼほぼ女性で成り立っている。ついでに中王区は女しかいないらしい。武力は取り上げられ、なんかみんなラップで喧嘩している。そろそろロボットが出てきそうな雰囲気。そんな設定過多な白昼夢だというのに、妙に現実的なのが会社だ。職場だけは変わらない。毎日カタカタパソコンやって愚痴って酒飲んで合コン行って終わりだ。あ、いいや、違うな、酒と合コンはこの弟たちに禁止されてしまったんだった。いや失敗失敗忘れていた。イケメンの独占欲かっわいーとか初日は思ったが無理無理。そんなわけで「残業なう」と送ってin居酒屋。

「山田ちゃん弟くんたち大丈夫なの?」
「おいら酒が飲みたい」
「まあ付き合うけど」

 白昼夢の世界というのに同僚も酒飲み仲間も変わらない。変わらないのに常識が違う。頭がこんがらがりそうな夢だ、はやく醒めてほしい。しかし酒は美味い。

「にしてもあんた今度の異動大丈夫なの?信じらんないよね、ブクロ代表の姉をシンジュク部署に異動とか喧嘩売ってんのかっての」
「……ちょっとなにいってるかわからない」
「え?この前愚痴ってたじゃん遠くなるって」
「は?」

 異動?ブクロ代表ってなに?新宿部署?うちにそんな部署あったっけ?頭の中で混乱しつつもこの三日間で慣れた知ったかぶりを発揮する。あーね、マジだりいのそれなー。同僚は同僚のままだけどなんかやっぱ違う。もぞもぞする心を抑えながら日本酒を煽る。ブーブーッとスマホが鳴った。

『駅前の大通りの水産系の居酒屋?』

「ヒエッ」

 なんで居場所がわかるんや。慌てて周りを見回すも自称弟の姿は見えない。同僚があちゃーという顔をしている。「素直に帰った方がいいよ」「ぼくちんのお酒……」「また隙を見て飲もうや」新宿部署に異動になったら飲むもんも飲めなさそうだけども。そもそも新宿部署ってどこにあるんだ。ゲームのしすぎで月初め既に低速だから帰ったらググらなきゃ。WiFi環境最高、なんで白昼夢のくせにこういうとこ現実なんだ。最後の一本の日本酒を飲み干し、つまみの刺身と汁物とその他色々を次から次へと口に入れて飲み込む。咀嚼しながら財布を覗いたら、1000札が一枚ぽっちだった。嘘だろ諭吉どこいったんだ。さあ、と頭が真っ白になる。

「お姉さんカード払いいけませんか」
「え?奢りですか?」
「割り勘ですけど」
「諭吉出せよオラァ」
「その諭吉が野口でした」
「は?なんで?」
「は?こっちが聞きてえわ」

「ごめん、俺が抜いた」

「ヒエッ」

 レジ前で言い合っていると後ろから聞こえてきた声に悲鳴をあげた。こ、この声は!振り向くと可愛いフェイス。い、一郎くんじゃないですかヤダー。さっきのLINEならぬLIMEの送り主である。こえーわホラーだわ。こんばんは、と同僚普通に挨拶をするな。なんで一郎くんの手に諭吉があるんや。抜いた?えっマジ?マジシャンなの?もしかしてお小遣い足りてない??

「いや、ほっとくと飲みに行くかと思って…流石に金なかったら帰ってくるだろ?なまえ、カード滅多に使わないし」

 少し恥ずかしそうに言う一郎くん。帰って欲しかったのか、そうかそうか可愛いことを言うな。やってることは全然可愛くない。「発想がヤンデレのそれ」「あんたの弟まじやばい」小声で同僚と言い合うと一郎くんからそっと手を繋がれた。帰ろうぜ!じゃねーわ。こえーわ。無事諭吉は何枚かの野口になって帰ってきた。

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