ALBATROSS

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神話が前を横切る

ひとつ、食事は一日に一回、1500kcalを基準にして量は最低限。
ひとつ、酒類は口にしない。
ひとつ、他人と体液を交わさない。輸血も当然不可。
ひとつ、生活必需品以外のものは持たない。
ひとつ、約束をしない。
ひとつ、本名は決して明かさない。

 五年間、ずっとこの約束を守り続けている。
 黄泉竈食や処女体、それから真名。
 思いつく限りの身を守る術だった。
 元々処女じゃなかったから効力があるかはわからないけど、キスだって絶対にしない。
 そうして私は今日も帰る日を待ち望んでいる。

「おーい、なまえー!」
「エース」

 気づいたときには海で溺れていた。
 制服姿のまま溺死しかけたところを拾ってくれたのは海賊船だった。
 海賊? 馬鹿みたい、いつの時代よ。
 そう思っても現実は事実だった。
 大航海時代だのグランドラインだの白ひげ海賊団だの、まるで御伽噺だ。
 鏡の国のアリスとどちらがマシだろう。
 ここはワンダーランドみたいな可愛いものじゃなくて、シリーランド……いや、ステューピッドランドだ。
 血と泥と汚いものにまみれているくせして夢を語る世界。

「なまえ、釣りしようぜ!」
「おれが今何しているのか見えないの?」
「掃除!」
「よくわかったな、すごい。だからあっちへいって」

 拾われてすぐに船は海王類に襲われて沈み、また海に溺れて島に着き、排他的な島民に追い出されるようにたまたま立ち寄っていたこの船へ身を寄せてから五年もの月日が経ってしまった。
 だからこそ有利に動けたものの、思いつく限りの帰れる条件を死守するために、私は私であることを隠し、バレないためになるべく人を避けて年単位で俺という人格を刷り込み努力していたのに。
 最近入ってきた新入りに台無しにされつつある現状が気に入らない。

「なんでそういうこと言うんだ!? お前友達いねえだろ」
「ブッ……やめろエース、なまえはそういう質なんだからよォ」
「その通りですイゾウ隊長、友達が欲しいならあっちのほうがいいんじゃないか」
「兄弟で友達ってヘンだろ」
「なまえも兄弟じゃねェか」
「……ンン? うんん……そうなのか?」
「新入りのくせになまえを否定すんじゃねェぞクソガキ!」

「でも、ナマエって刺青入ってねェんだろ?」

 いつの間にか私を置いて始まっていた言い合いがピタリと止む。
 誰もが知っていることだ、誰も言い返すことが出来ず戸惑ったように私を見る。
 エースもまた私を見て、私はそれを無視してデッキブラシを擦った。
 即座に「無視すんな!」と肩を掴まれそうになり避け、ついでに鼻で笑い言い返した。

「刺青を入れなくても白ひげのマークは持っている、オヤジも認めてくれている。お前に文句を言われる筋合いはないよ」
「でもよォ」
「白ひげの紋章を大きいだけの恥にするなよ」

 皮肉を織り交ぜた忠告が癪に触ったのだろう、エースは途端に顔を赤くしてわなわなと震えだしたが、周囲はどっと笑いだし軽く腫れているまだ彫ったばかりの彼の背中をバシバシ叩く。
 新入りがもみくちゃにされている間に磨き終え、道具を持って船内に引っ込む。
 久々に張りのある新入りだから皆嬉しいのだろう、喧嘩しやすい子を気に入る野蛮な海賊たちは暇をしている時間が長かったから。

「よ、なまえ。今日も暑そうな格好してんなァ」

 廊下をすれ違う際に声をかけられ、軽く会釈していく。
 長袖に長ズボン、身体の線を隠すためにわざと大きいサイズを夏島も冬島も身につけて誤魔化してきた。
 だから彼らの中で私は身体が小さいのを気にしている船の雑用の男でしかない。
 身体が小さいから戦闘には不向きで、その代わりちょこまかとよく動くから雑用の腕はピカイチ、それに服の全てにわざわざ自分で白ひげのマークの刺繍をしているから刺青を入れなくても堂々と身内を名乗れる。
 全て私の努力の賜物で、やはり文句を言われる筋合いはないのだ。

 新入りが船にやって来たのはかなり前だが、正式に仲間になったのはほんの数ヶ月前だった。
 白ひげに噛み付いては投げ飛ばされを繰り返して家族になったという、まるで寂れた映画館でやっているお涙頂戴物語のような経緯を経て加わった能力者の若者は、雑用の私の手を掴みまず「ほっせえな、女みてえ」と抜かした。
 何度も言われてきた言葉だったから、いつも通りその手を振り払い舌打ちして頭からバケツをぶっかけるパフォーマンスをしてやる。
 わかっていたように周囲は喜び、エースは唖然としていたが獲物を見つけたように愉しそうに笑いだした。
 それに引いたのは私の方で、気持ち悪い奴とその場で言ったし、エースの方は二番隊の隊員に引きずられていって、それからは特に何も無い──はずだった。
 不思議なことにエースは毎日毎日事ある事に私のところへやってきては色々と喋っていく、初めはあまり自分に構ってこない珍しい奴だから興味本位だろうと思って無視していたが気づけば日常化していて、私は今まで生きてきたトータルで本名よりもなまえという名の方が多く呼ばれているんじゃないかとさえ思い恐怖した。
 名は縛りになるはずだ、なまえが私の名前に変わってしまえば帰れる可能性が減ってしまうのではないか。
 だが今更名前を変えることは出来ないし、となれば船を降りるしかない。
 私が船を降りたらどこへ行けばいいのかわからない、それが最近の悩みの種で、一定の場所へ留まるのはあまりよろしくないと思うから名前を変えながら放浪すればと思う反面、拠点を決めて帰還計画を練り研究する必要性もあると思うし、しかし私は気づけば海にいたのであるから海から離れるのは危険だとも思う。
 この世界は力を持たぬものには優しくない世界だから、結局強いものに寄生して機会を伺うのが一番だった。
 船を降りる選択肢は、あくまで選択肢のひとつでしかないものの、生きて帰るにはちょうど良い現状だったのに。

「あっ、なまえこんなとこにいたのかよ! 置いていきやがって、この野郎」
「釣りするんだろう、して来いよ」
「なまえを誘ったんだよバカ。なあ、腹減った、昼飯食おうぜ」
「おれは夜しか食わないって言ってるだろう、一人で行ってこい」
「そんなんだからちいせえままなんだよ! ちぇ、つまんねェの……やっぱ腹減った! なまえ、あとで釣りしような!」

 返事を返さぬままエースを見送る。酒、喧嘩、買い出し、エースはなんでもかんでも私を誘う。
 断られるのは明白なのによくやるもんだと言う船員たちに内心大きく同意する。
 酒は飲まないと決めているし、喧嘩をすれば怪我をするのはこちらで、怪我をすれば消毒液などを吹きかけられる。
 些細なものも身に入れたくない、この世界のものを摂取するのは危険だから。
 でも食事をしなければ死んでしまう、死んだら元も子もない、だから最低限食べて生きて、いつか帰る。
 そのためには縛りを少なくしなきゃ、私と世界の繋がりをなるべく薄くしなければ、そう思いながらどんなに苦しくても我慢して約束を守り続けてきた。

「なまえはちっさいし細いし女みてえで、いやバカにしてるわけじゃねェぞ!? でも、だからなんつーかその、よく目を引くっつーか、ずっと見ちまうっつーか……────おれ、お前のこと、好きかも」

 だから、どうか私の約束を壊そうとしないでくれ。

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